第1章 明日の光明

第1話 人工浮島京都

 海上都市セイレーン。

 人類は衰退した。生物の頂点に立つ七匹の生物によって。

 大罪の名を冠する七匹の”龍王”が世界の覇権を争い、その争いに巻き込まれた人類は、生存域と人口の一部を残して消滅した。



 陸地と陸地の間にある海峡で戦闘音が響く。

 天橋立海水浴場と呼ばれていた場所。陸地に挟まれた広い海上で激しい戦闘が行われている。


『悠馬! そっち行った!』

「了解!」


 銃声が響く。

 ヘッドホン型の電気信号増幅機——エレクトロニック・シグナル・エンハンサー、通称、ESE——から通信が聞こえてくる。

 海の上を滑るように移動するトカゲのような怪物が悠馬に向かってくる。

 悠馬は海面付近を蹴って走る。

 通信で叫んでいた少女——立花愛理はサポートととして狙撃銃で牽制しながら乗っているボートで移動する。残念ながら銃弾は怪物の皮膚にわずかな傷と、顔を背ける程度の衝撃を残して逸れていってしまう。


「愛理! 普通の弾だとこいつらに通じない! サポートに徹してくれ!」

『了解! ああ、もう! 最悪だよ! どうして”龍の眷属”が三匹もいるの!』

「文句を言っても仕方ないだろ! 雑種だったのがまだ救いだ! いくぞ!」


 悠馬は叫んで怪物に突貫しながら、腰に下げた直剣を鞘から引き抜く。直剣は朝日を反射し白く光る。


「ふっ!」


 一閃。うまく銃弾で出来た傷を狙い、たった一太刀で怪物の首を切りとばす。

 返す剣で向かってくるもう一匹の首も落とそうとするが入刀角度によって鱗に弾かれてしまう。


「愛理!」

『わかってるよ!』


 瞬間。銃声が鳴り怪物の顔が弾かれる。

 その隙を見逃さず体勢を立て直すために悠馬は飛び退る。


『悠馬! 10秒頂戴! 弾を変える!』

「わかった! 急いでくれ!」


 離れたボートからサポートをしてくれる愛理と通信でやり取りする。

 悠馬はESEに通信の機能をつけたことを心から良かったと思った。

 だが、通信機能をつけた代わりに瞬間的な火力を捨てたのを少々痛いとも思う。

 このト怪物の鱗は非常に硬い。海上を素早く移動するのも厄介なところだ。

 悠馬は白いジャケットを翻しながら、急いで体勢を立て直して直剣を正眼に構える。

 向かってくる怪物は一匹。他の一匹が見当たらないことに動揺しかけるが、冷静に目の前の一匹に対処することに頭を切り替える。

 大きく口を開いて飛び上がる怪物を横に一歩ずれて躱す。すれ違いざまに口の内側から刃を入れて舌を切り取る。

 ゴボゴボっと不快な音を立てて着水する怪物に向き直ろうとした、その時。足元の水面が隆起する。


「しまっ……!!」


 気付いた時にはもう遅く足元から飛び出したもう一匹の怪物に吹き飛ばされてしまう。

 空中で体勢を立て直そうともがく悠馬が怪物を見る。

 今飛び出した怪物の頭が潰れたザクロのように吹き飛んだのが視界に入る。


『ごめん、遅くなった!』


 愛理の援護射撃だったことを通信で気づく。

 相変わらずの命中精度だな、と関心しながら海面に着水する悠馬に舌を切り落とされた怪物が襲いかかってくる。

 もう体勢を立て直し構えていた悠馬は焦ることなく首を飛ばす。

 戦闘が終わったことを確認した愛理が、乗っているボートで近くまでやってくる。


「お疲れ、ごめんね。援護遅くなっちゃって。怪我はない?」

「ああ、怪我もなければ心配もない。大丈夫だ」

「……それにしても悠馬の能力は便利だね」


 ボートに乗った愛理が悠馬の足音を覗き込んで言う。


「まあな、一応レアな能力だしな」

「日本の希望! 空間操作系能力者は重宝するからね! 戦闘でも、生活でも!」

「わかってる。だから、早く任務を終わらせて帰らないとな」

「うん! 早く乗った乗った! 足場を空間操作で作ってるんでしょ? 能力は無駄遣いしない!」

「そうだな、それじゃあ失礼して」


 悠馬が直剣を鞘に収めながらボートに乗り込む。悠馬が乗ったのを確認した愛理は任務のために目的地へ向かう。


「もう一度確認するよ?」

「ああ、頼む」


 愛理が念を押すように人差し指を立てる。


「まず第一に”龍王”に襲われた街の情報を持ち帰る。第二にその街の生存者の確認と救出。第三に街の資源の回収。第四に襲った”龍王”の特定。

 最後。これは出来たらでいいけど、”龍王”の居場所と住処の確認だね」

「最後のは出来たらでいいのか? 上層部は必ずみたいな感じで言ってなかったか?」

「いいのいいの! 危険すぎるし、居場所も住処も日本じゃなかったらお手上げだもん」


 そうか、と呟いて頷く悠馬、愛理は満足そうに腰に手を当て鷹揚に首を縦に振る。

 狭いボートのためその発育のいい胸とセミロングの茶髪が間近で揺れて目をそらす悠馬。


「ん?」


 小首を傾げる愛理にどう反応していいか戸惑う。


「……なんでもない」

「そう? 質問があれば作戦行動前に言ってね?」

「ああ……」


 自覚がないのかと心の中で呟くに収める悠馬だった。


          ✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎✳︎


 水の都と呼ばれるようになった京都。そこにある都市が今回”龍王”に襲われた。

 今の時代かなりの規模の都市だと聞いていたが、見る無残な有様になっていた。

 植物が絡みついた建物は崩れ去り。風化しかけていたビルは粉々に砕かれている。

 水上に浮かんでいたと思われる人工浮島も砕かれ、ポツリポツリとしか浮いていない。

 きっと人類の最盛期である旧暦2000年代前半の人間だったら、ハリケーンか何かが通り過ぎた後に見えたかもしれない。もしかしたら震災が起きた街の光景にも見えた人もいるかもしれない。そんな惨状だった。

 今のこの時代で【天災】と呼ばれるものはただ一種類のみ。

 それは大罪の名を冠した七匹の”龍王”。


 《傲慢》の”龍王”バハムート。

 《暴食》の”龍王”ヨルムンガンド。

 《憤怒》の”龍王”ジャヴァウォック。

 《強欲》の”龍王”黄龍。

 《色欲》の”龍王”八岐大蛇。

 《嫉妬》の”龍王”リヴァイアサン。

 《怠惰》の”龍王”ウロボロス。


 この七匹が現れたら人類には一つの例外を除いて抗うすべがなく、ただ蹂躙されるのみだと、そう意味を込めてこの七匹は【天災】と呼ばれる。

 その一匹が日本の都市の一つである京都に現れたと言う報告があった。それを受けた海上都市開拓軍の悠馬と愛理が偵察で様子を見に来たのだ。


「二人だけで偵察って本当に意味わかんない! なんで悠馬はこの任務受けたの!?」


 愛理が喧しくなってきた。先ほどのトカゲのような、爬虫類によく似た怪物。”龍の眷属”の話をしていたらいつの間にか愚痴になっていた。


「まあまあ、実際に”龍王”にあったら数が多いと不利になる可能性が高い。俺一人で部隊を逃す時間を稼げるほど”龍王”は甘くない」

「……それはそうだけど!」

「だけど、愛理一人を逃がすだけの時間だったら俺なら稼げる」

「……それで悠馬が死んじゃったらどうするの! 悠馬は日本で唯一の”希望”——エルピス——なんだよ!」

「死ぬまで戦うつもりはない。俺にはやらなきゃならないことがあるからな。死にそうだったら一目散に逃げるさ」

「うー……」


 愛理が悠馬といる時にだけ見せるレアな表情を見れたと内心喜ぶ悠馬。

 話をしながらも京都の残骸に目を向ける二人。

 愛理の視界に一瞬動く影がいた。


「あっ!」


 愛理が声を上げながら指をさす。その方向には瓦礫に身を隠しこちらを見ている青髪の小さな少女がいた。

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