猫のジャンプ


すると三人共に、私の方を向いて


「お前は本当に賢いわね、クロもそう思うでしょう? おばあちゃんに結婚式に来てほしいって思うでしょう? 」


若い女の人は白い肌で、とてもきれいなピンク色の頬をしていた。瞳の色はマリーとよく似ていて、そして同じ年ぐらいの若い男の人、もう一人はおばあさんだった。でもおばあさんの目は少し白く濁って見えた。



「この目ではお前の花嫁姿をしっかりと見ることもできない。目の悪い年寄りがいては式の邪魔だろうに」


「そんなことはありませんよ、おばあさんぜひいらしてください、あなたがレースの名人だったことはみんな知っています、会いたいという僕の身内もいるんです」


「ありがとう・・・やさしい人と結婚できることがわかって、私は幸せだよ」


「お祖母ちゃん・・・」そう言って若い女の人はおばあさんと抱き合った。


「ありがとう、こんな森の奥まで、おいしそうなお菓子まで持ってきてくれて。さあ、遅くなったら大変、結婚前なのだから気を付けて帰っておくれ」


「お祖母ちゃん・・・・」


「ありがとうございました、見せていただいて。聞いたとおりの素晴らしいレースでしたおばあさん」


「ごめんね、間に合わなくて」


「お祖母ちゃん・・・ありがとう、私のために」

また二人は抱き合って、そしてドアが開き、とても気持ちのいい空気が入ってくるのと反対に、若い二人は家をあとにした。

私はゆっくりと家を見まわした。


大きなお家ではないようだった。部屋の端にはベッドがあって、少し離れた所にもう一つ別のテーブル、その上にはどこかで見たことのあるものがのっていた。


おばあさんは座ったまま動かずにいたので、私はそっとそのテーブルに近づいた。でも床の木の古さからなのだろうか、キイという小さな音がして私は少しびっくりした。するとおばあさんが


「クロ、またレースを見に行っているのかい。お前は本当に私のレースがすきだねえ、それもそうだよね、お前と一緒に大きくなったようなものなのだから。お前を育て始めた時に「この子が完全に大人になるまでに完成をさせたい」と思ったものだけれど・・・」

私はおばあさんの方を見ていたが、おばあさんは私、クロの方を見ずにテーブルの上を悲し気に見つめていた。

猫の私はそのテーブル用の椅子の近くに来たが、ちょっとどうしようかと思った。これくらいの高さだったら猫はぴょんと飛び上がれるだろうけれど

「猫になったばかりの私」にもできるのだろうかと。

すると私のお腹の下から何かが出てきた。


「ミミミ! そんなところにいたの? 」


「気が付かなかった? 糸ちゃん。まあ、毛の中に隠れていたからね。

本番の旅ではいつも僕はこんな風だと思っていて」


でもミミミは本当に私の目の前に立っていて、縁取りの色が、灰色がかった木の色と不釣り合いなほどにピカピカと光っている。


「おばあさんに見えるよ、いいの? 」


「多分・・・大丈夫・・・見えていないだろうから・・・」

ミミミも悲しげに言った。

私はふっと「アルプスの少女ハイジ」を思い出した。そう言えばハイジの友達のペーターのおばあさんも目が見えなかった。よく見ると家の中もアニメで見たものとよく似ている。暗い感じの木の色ばかりだった。


「えらく今日は良く鳴くね、クロ、人がきたからうれしかったのかい」

おばあさんは少し微笑んだ。ミミミの声もおばあさんには猫の声に聞こえているらしい。



「糸ちゃん、猫の体の具合がよくわからないだろう? 軽く上にジャンプをしてみるといいよ」

とミミミが言うので私はなるべく真上に、テーブルに「絶対に当たらないように」ジャンプをしてみることにした。


「えーっと、まず座ってみよう、それから真上に、後ろ足に体重を乗せてみて、よし、せーの! 」


「高く飛び過ぎだよ、糸ちゃん!! 」


ミミミが言ったけれど、しかし私は見た。テーブルより高く飛んで本当に良かったと思った。

ボビンレースを作っているのはわかってる、でもそれ以上に驚いた。

何故ならそこには、ものすごくたくさんのボビンと、それと同じくらいの数刺された小さなピンと、出来上がった部分の大中小の花々、天使も見える。そしてきっと今作っているのは、女の人が小さな子供を守るように、支えるようにしている姿だった。


「すごい! すごい! ミミミ! きれい! すごく細かい! 」


私は何度も何度もジャンプした。そのたびに色々な発見があって、そしてその美しさが、とても細い糸で作られているからだと気が付いた。


「あの時、現代でもわからない技術って、ボビンレースのおばあさんが言っていた、そしてこのおばあちゃんは、本当に名人なんだわ」


「本当にどうしたんだね、クロ、飛び上がっているのかい? お前が黒いから何となくわかるけれど、白猫じゃわからないだろうね。でも今日は元気だねえ、お前もそんなに若くはないだろうに」


そう言われて急に、私は足のどこかに痛みを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る