見学


「何言ってるのマルク? 」


「いや、何でもない・・・夢を・・・」


「マリー、そんなにさわがないで、レースの先生がおっしゃっていたでしょう? 落ち着いた気持ちでなければ良いレースは作れないって」


「はい・・・」


「さあ、あなたは教室に、私たちはマルクと先に見学してから行くから」


「はい、じゃあいってきます」


マリーはすぐに車を出て行った。私もゆっくりと車のドアを開けると、自分が石造りの建物の前にいることに気が付いた。アーチ型のほとんど飾りのない入り口で、私はお母さん(マリーとマルクの)と手をつなぎ、多分車を止めに行っているお父さんを待っていた。

 

「外国だ・・・」


 私は海外旅行に行ったことがない。こんな風景はテレビでしか見たことはなかった。大人の背の高さくらいのレンガ造りの壁がずっと並んでいて、それが全く同じではなく、所々別の色で修理されている。そして壁の反対側には、まるでブロックで作ったような二階建ての家が、ずっときれいに並んでいた。赤い窓枠がとってもかわいい。周りにはビルのような建物がなく、屋根はオレンジが茶色に変わっていったような色、町の屋根はその色ですべてが統一されたように見えた。しかも道はアスファルトではなくて、壁がそのまま地面になったよう、これをきっと石畳というのだろうと思った。


「確か、ヨーロッパの国は古いものをなるべく残しているって言ってた」

壁のすぐ横には車が何台か止めてあって、それは明らかに今のものだった。


「さあ、中に入ろう」お父さんが戻ってきて、私、つまりマルクと三人で建物の中に入っていった。



「うわー! 」


私は思わず声をあげてしまった。建物の至る所にはレースが飾ってあったのだ。丸いもの、ひし形の物、美しい花模様のレースが、額に入れられている。白いものもあれば、少し茶色いものもある。


「マルク、この前見た時はつまらなそうにしていたのに、全く違うわね」

とお母さんが言ったので、私は慌てて口をつぐんだ。


ちょっと逃げるように飾られた作品を近寄ってよく見ていると、急にもぞもぞと胸のポケットが動きだした。ボタンで閉じられたポケットを開けてみると、ぴょこりとミミミが顔を出した。

そのあと、プルプルと頭を振ってポケットの端をつかんでジャンプしたりした。

そのしぐさが面白かったが、もちろん壁に向かっているので、誰にも見えてはいない。


「ごめん、ミミミ、気が付かなかった、せまかったでしょう? 」

「だいじょうぶ、上手くやっているじゃない、糸ちゃん」

「うん、ミミミ、ありがとう。ここはおとぎの国みたい、それにレースがきれい」

「僕はまたここに隠れているからね、何かあったら呼んでね」

「うん」



するとお母さんが近寄ってきて

「マルク、レースを作ってみる? 」

「は・・うん」

「それは良かった、集中力や忍耐力をきたえるにはいいことだ。マリーも楽しそうだから、きっと好きになるさ」

お父さんがそう言うと、カタカタと小さな音が聞こえてきた。


「二時だな、ボビンレースのデモンストレーションが始まった」


 遠くで女の人が椅子に座って、テーブルの上で小さな何かを動かしている。歩きながら、私はその始めて見るものに驚いた。テーブルの上にはとても小さなピンが無数に刺されたものがあり、手の大きさと同じくらいの、小さなマラカスのような形のものもたくさんある。それをものすごい速さで動かしている。右から左、今度は逆、マラカスには白い糸がまかれているようだった。


「さっきボビンレースって言ってた、これがそう? 」



この一番最初の旅で、生まれて初めてボビンレースというものがあることを知った。それを見た時のうれしさと楽しさが、この後の私の旅をずっと包んでくれていた。



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