初めての変身


「よく噛んで食べているわね、えらいわよ糸」


「うん、そうした方が消化に良いんでしょ? 」


「えらいなあ、お姉ちゃんもお兄ちゃんもしなかったことだ」


「末の子は怒られているのを見ているからね、門前の小僧習わぬ経を読む、かしら。意味が分かる、糸? 」


「知らない間に出来るようになっているって言うことでしょう? 」


「ほう・・・糸は少し変わったかな? どうもミミミを作ってから」


「え? そんなことないよ、お父さん、同じだよ」ちょっとドキドキした。



「でも最近計算間違いが少なくなったって言ってたわ」


「誰が? 」


「京子ちゃん、京子ちゃんのお母さんから聞いたの」


「えっと・・・それはね・・・インド数学の本を借りたから」


「へえ・・・・」 「フーン・・・」


本を借りて読んでいると、ミミミが言った。

「簡単に計算できるコツなんだよ。数字という決まりの中で、必ずそうなることを覚えておけば、全部を計算しなくてもいいだろう? 」


「そろばんのフラッシュ暗算とは違うんだ」


「あれは計算の短距離走だよ。訓練がいるし、どうしてもできる人とできない人がいる。でも数字の決まりを覚えることはどちらかと言うと簡単だろう? とにかく難しく計算しないこと、そうすると間違えやすくなるからね」

言っていることもとってもわかりやすかった。算数の正解が多くなれば、少しずつ楽しくもなった。


「ありがとう、ミミミ」

「僕も糸ちゃんの成果を見るのが楽しいよ」

数学で人が変わるお父さんのように、厳しくないから助かった。

夕食中そう思いだしながらも、口はちゃんと動いていた。


「糸ちゃん、旅の前のご飯はしっかりとよく噛んで食べてね、急いで食べると、お腹が痛くなったりしたら大変だから」

「はい」


とにかく「今夜」なのだ。

私がにこにこしながら食事をしていると


「末の子で、甘やかして育てたと思ったけれど・・・」

「そうだなあ、大きくなったなあ・・・」


お父さんとお母さんはなぜかしんみりとしていた。



 お風呂もちゃんとミミミと入り、毎日のストロー入りのコップは

「お祭りの笛の先生が、ストローでぶくぶくする口の形が横笛を吹く形なんだって、そうやって練習するといいって」とお母さんに説明した。

「そう、今までサッカーで、お祭りに出れなかったから、今年は行きたいのね」

「うん! 」


私の住んでいる所では、夏祭りに女の子たちが横笛を吹き、男の子たちが太鼓を叩く。だからお姉ちゃんは横笛を今でも吹けるし、お兄ちゃんは太鼓が好きだ。小さい頃はその練習を見たけれど、サッカーを始めると、いけなくなった、というのか疲れて行かなかったというのか。

とにかく笛の先生(お兄ちゃんの同級生のお父さん)には悪いけれど、ミミミのために「使わせてもらうこと」にした。


部屋にもどって

「ちょっと緊張してる? 糸ちゃん」

「ちょっとだけ、ミミミ・・・早く寝たいな・・・」

「いいよ、眠って」

「本当!! 」

私は飛び込むようにベッドに入った。興奮して眠れないかな、と思ったけれど、

「おやすみ、糸ちゃん」

「おやすみなさい、ミミミ」

そう言って目を閉じて、何回か開けたのは覚えているけれど、とても眠たくなって

「これもミミミの魔法? 」

と思ったあと、きっと私は眠りについた。


「この後、本当に旅が始まるのかな・・・・・」





 しばらくたってから、私は体を大きく揺さぶられているのに気が付いた。目はまだ閉じたまま、心の中では「どうなるんだろう」という不安でいっぱいになっていた。目をゆっくりと開けようかと思ったけれど、その前に


「マルク! マルク! 着いたわよ! 」


という女の子の声と車の匂いがした。目を恐る恐る開くと、本当に目の前に、肌の色が透けるように白くて、そばかすがあって、今までこんな近くで見たことのない、薄い青い目の色の女の子の顔があった。

そして風景は車の中、見上げると、運転席の男の人と助手席の女の人がこちらを見ていて、どこかこの女の子に似ていた。この子は私と同じくらいの年だろう。


「早く! 私早くレースを作りたいの! 」


「マリー、ちょっと待って。今日はマルクの初めての日なんだから」


多分お母さんであろう人が女の子にそう言った。私はキョロキョロと車の中を見渡したが、日本の車より少し大きいような気もする車内には、この三人以外誰もいなかった。そして首をあげると、見たことのない人の顔がミラーに映った。

小学校で言えば一年生ぐらいの、同じようにそばかすがあって色が白い、ちょっとマリーに似ている、くるんとした金髪の男の子。


「私、男の子になったの? 」


「え? 」

少し強いマリーの声がした。



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