黒い影


「どうだった、糸ちゃん、弓曳童子は」


「面白かった! 今度久重さんに会ったら一番に言わなきゃ」


「少し声が大きいかも、糸ちゃん」

「あ! 」気を付けたはずだったのにと思った。


私はまだ携帯電話を持っていないので、私以外誰もいないはずの部屋で、会話しているのはとても変だ。


「でも、糸ちゃんがそう言うのはわかるよ、きっと久重も喜ぶよ」


「うん・・・でもミミミ・・・」


「何? 糸ちゃん? 」


「久重さんは天才だと思う、お父さんも大天才だって言ってた、でもミミミは・・・その・・・久重さんよりえらいの? 」


今日のミミミと久重さんの様子からして、久重さんはミミミを「尊敬している」ようにしか思えなかった。


「ミミミも人間だったって言ってたよね、じゃあ、人間の時ミミミも天才だったの? 算数を教えるのはとっても上手だと思うけど」


「それは、うーん・・・年が上だから」


「それだけ? 」


「まあ・・・絵は・・・」


と、そこでお風呂に入るように言われたので、ミミミはぴょんと私の胸ポケットに入った。


お風呂に入って部屋に戻ると


「さすがに今日はつかれちゃったな、糸ちゃんと一緒に寝ようかな」

「うん! そうしよう! 」私はミミミのきれいな目を見ながら

眠れるのがうれしかった。それに「ミミミが変わる瞬間」も見てみたい、少しずつ変わっていくのか、それとも急に変わるのか、すると。


「糸ちゃん、僕を観察したいんだね」

「うん、だめかな? 」

「いいよ、自分でも眠りにつく瞬間はどうなっているか、わらないから教えて」

とミミミは赤い大きな目をつぶった。白い部分が増えて縁取りの色がもっときれいに見えたけれど、それから部屋の明かりを暗くしたので、その日は瞬間が見られなかった。どうも私もすぐに眠ってしまったようだった。


それからきっと何時間もたったと思う。


「ああ、ジュース飲みすぎたかな」


と目が夜覚めてトイレ行こうとしたとき、部屋に何か大きな黒い影が見えた。見間違いかと思ったので、何度も目をぱちぱさせたが、やっぱり何かいる、 お父さんでもお母さんでもない人が!!!


「お!!! 」

と言おうとした瞬間、ミミミが私の口をふさいですぐに


「久重、糸ちゃんが怖いだろう」

と言った。


よく見ると確かに久重さんだった。


「はい、でも大事なことを言うのを忘れていまして」

「確かに君の役目だよ」

「ごめんね、糸ちゃん、本当に大切な事を言うのを忘れていた。旅の中で糸ちゃんは一度だけ「願い事」ができるようになっているんだよ。

かなうこととかなわないことがあるけれど、それも旅の中で学んでほしいんだ」


「はい・・・久重さん・・・・・」

色々な事に驚いて、私は自分が言いたかった事を忘れてしまっていた。するとミミミが


「糸ちゃん、驚いただろうけれど、久重に会ったら言いたいことがあるんだろう? 」


「ああ! そうだった! あの・・・久重さん弓曳童子とってもかわいかった、下のゼンマイを回している人形も」

するとあの笑顔を見せてくれて


「そう、それは良かったよ、楽しんでもらえて。それじゃあまたね」


すっと消えてしまった。


「ミミミ・・・久重さんってこんなこともできるの? 」

「だからいつでも会いに来られるはずなんだよ」

「それは怖すぎる・・・ミミミ・・・」


私はそれからトイレに行って帰ってくると、ミミミはかがりぬいのに戻っていた。階段で「願い事のことだったら、ミミミが教えてくれればいいのに」と思ったけれど、まあ、それは色々あるのだろうと思った。



 

この後も、久重さんとミミミはずっとこんな感じだった。仲が良いわけでも悪いわけでもない。「火花が散る」というような大げさなものではなかったけれど、どこかライバルのような感じもした。

だからしばらくして私は言った。


「久重さんとミミミの間って、線香花火みたいだね」


「そうかな・・・でもきれいな表現だよ、糸ちゃん、ありがとう」


久重さんからも言われた。

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