からくり儀右衛門


「たなかひさしげ? 」


お父さんが帰ってきて、三人で夕食を食べながら話した。


「どこかで聞いた気がするんだけど」

「え! お母さんが! 」

「失礼ね、糸、お母さんだって色々知っていることもあるのよ」


私はお父さんだったらすぐにわかるだろうと思っていたのだけれど、お父さんは食べながらずっと考えている。

「うーん・・・確かにどこかで・・・なんだか想い出深いような気がするけど・・・」なかなか答えが出ないので


「じゃあお父さん、後でパソコンで調べてもいい? 」と聞いた。我が家では私が簡単にパソコンを扱わせてもらえないことになっている。お父さんが仕事に使うので「万が一」壊したら大変なことになるのだ。一度お母さんが掃除中に落として、本当に、本当に大変だったらしく、それ以来の規則だ。

しばらくして

「からくり・・・」ぽつりとお母さんの声がした


「そうか! からくり儀右衛門だ! 」

「そうそう! あなたとの初めてのデート! 」

「そうだったっけ? 」

お母さんはお父さんをちょっとにらんだ。


 

 夕食後、私はお父さんと一緒にインターネットで調べた。

「お母さんと行ったんだよ、面白かったんだ、からくり儀右衛門展。

ほら見てごらん糸、これが田中久重の作った有名なからくり人形、弓曳童子(ゆみひきどうじ)だよ」

動画を見た。ゼンマイの力だけで、弓を持った小さな子が、一本の矢を手に取って、それを射るものだった。その後「文字書き人形」も見て、どういう人だったかを知った。

小さい頃からモノ作りの天才で、大人になってからはミミミの言う通り「技術者」として江戸から明治にかけて活躍した人だったらしい。写真を見たけれど、確かに似てはいる、でももっと本物? は優しそうな人だった。


「すごい人だね、お父さん・・・」


私はあの時会ったのは「幽霊かな」と思ったけれど、それよりも、からくりで動く弓曳童子の細やかで、自然な動きがその怖さを消してしまった。


「すごい? 大天才だよ! お父さんが一万回ぐらい生まれ変わったら・・・なれるかな・・・」

とちょっとしょんぼりして見えた時、お母さんが、コーヒーとジュースとお菓子を持ってきてくれた。


「ねえ、確か・・・久留米絣の事にも関わっていなかったっけ」

「そうだな、そう書いてあったような気がする、調べてみよう」


 するとすぐに出てきたのは、久重さんと同じ福岡県久留米市に住んでいた

「井上 伝(でん)」という絣を発明した女の人の話だった。

久重さんはその伝さんから頼まれて、久留米絣の新しい染め方も発明したらしいが、私が驚いたのは


「え! その人は十三歳で絣を発明したの? 」


機織りの前に糸の一部分だけ染めないで残して織ると、かすれたような模様ができる。その方法考え付いたのが十三歳、今なら中学校一年生の年だ、久重さんも天才ならその伝さんもすごすぎる。


「そうね、糸も頑張らないと」


という言葉が絶対に来ると思ったけれど、お父さんもお母さんも不思議とそうとは言わずに


「ほら! 糸! 見てごらん! 同じ名前だよ」

と二人とも、あの時の久重さんの様に嬉しそうな顔をした。


さらに調べたら、井上 伝さんの娘が私と同じ「糸」とわかったのだ。


「ああ! それで! 」と私は思わず言ってしまって


「何? 糸」

「いや・・・その・・・おばあちゃんがこのことで、私の名前を考えてくれたのかなって・・・」

「そうかもね」

「どうもありがとう、お父さん、お母さん」


すぐに二階に上がることにした。階段の上で、私は色々考えた。ミミミになんて話そうか、でもそうだ、一番気を付けなければいけないのは、


「こうふんして、大きな声を出さないようにしよう・・・」


階段は、私のちょっとだけ考える場所になっていった。



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