久重さん
「おかえり糸ちゃん」
「ただいま、ミミミ。ねえ、外に出るときはどうしたらいい? ミミミをポケットに入れていたらいいの? 」
「そうだね、カバンの中じゃ町の様子もわからないし」
私はタンスの中から胸にポケットのある服を探し出して、そこに入ってもらうことにした。ちょうどぴょこっと顔と耳が出て、小さい子のTシャツの様だった。
「丁度いい感じだよ、糸ちゃん」
「そう、良かった! 」
これ以来お母さんに買ってもらう服は必ず「胸ポケット」のついたものにした。
「お母さん、ミミミとお散歩に行ってくるね」
「行ってらっしゃい、気を付けるのよ、ミミミちゃんも」
「はい」
「ん? 今、誰か男の子の声がしなかった? 」
「気のせい気のせい、じゃあね」
思わずミミミが答えてしまったのでびっくりした、ミミミも
「しまった! 」という顔をしていて、始めて見る表情が面白かった。
私の住んでいる町はほとんどが住宅地だ。自転車で行くにはちょうどいい所に昔の商店街がある。小さなものだけれど、駄菓子がいっぱいあるスーパーに、化粧品屋さん、酒屋さん、床屋さん、和菓子屋さん。おばあちゃんのお店のように、もう閉まっていて看板だけある手芸屋さん。とにかく、今日はそこに歩いて行ってみることにした。
ミミミは「かがり縫い」の状態になっていて、動かなかったけれど話すことはできた。
「子供がいっぱいいるんだね」
「うん、私の小学校はこのあたりでは人数が多いの」
スーパーの前には子供用の自転車が、まるで重なり合うようにたくさんあって、スタンドをちゃんと立てているもののほうが少なかった。
「もう、男の子って雑なんだから」
「ハハハ、昔は大切に扱われていたけどね」
とミミミは言った。すると遠くに、和服を着て白い長いヒゲの生えた、おじいさんが見えた。ちょっと玉手箱を開けた後の、浦島太郎のような感じだった。
「あれ・・・藍色? 」
お兄ちゃんの着物とそっくりな色、そう言えばミミミの入った袋も藍色だった。私は走ってそのおじいさんの所に行った。
私がおじいさんに近づけば近づくほど、その顔がにっこりとほほえんでいるのがわかったので
「ミミミ! きっとあの人だよね」
「うん、たぶん・・・あれは・・・」
そうしておじいさんの目の前に行くと、私にいっそうにっこりとしてくれて、そのおじいさんがミミミの方を見たのが分かった。ミミミは縁取りの状態になっていて、赤い目がキラッと光った。
「あなたは・・・・」おじいさんはミミミを見つめて
「えっと・・・ひさしげ・・・だったっけ」
「私の名前をおぼえていただいて光栄です、そうでしたか、やっぱりあなたでしたか! たとえ可愛いウサギになっていても、雰囲気と言うのは変わりませんね」
「ミミミだよ」
「ミミミ君ですか、それはまた可愛い名前で」
「その名前をつけられたとたん、死ぬところだったよ」
「すいません、電車に乗ったら、止まってしまいまして。人数確認をされたものですから、抜け出ることもできませんで」
「あ! 雨で線路が通れなくなったって言ってた! 」私は思わず声をあげた。
確か二日前のニュースだった。山の奥だったので、乗客は一日中電車の中だったという。
「そうなんだ、ごめんね、お嬢ちゃん。名前を教えてくれるかな」
「桑野 糸です・・・」
それを聞くと、そのおじいさんは今まで出会った人と全く違った。
「糸! 糸ちゃんか! ああ! それは私には縁の深い名前だ。今の時代に糸という名前は少ないから、とてもうれしい偶然だよ」
本当にとても喜んでくれた。
「ここで話すのはおかしくないか? 遠くで小学生が不思議な目で見ている」
「そうですね、でも公園じゃもっとおかしいでしょう」
「そう言えばこの近くに呉服屋さんがある、わたしのゆかたそこで買ったの」
「それはいいね、その店の前ならおかしくはない、糸ちゃんはとても賢い女の子なんだね」
「ぜんぜん・・・」
三人で商店街からちょっと離れた所にある、呉服屋さんの前に行った。お店も夕方で終わっていたので丁度良かった。
「この方と一緒ならばあまり心配はないと思うけれど、もし何か困ったことがあったら私を呼んでくれるといい、糸ちゃん」
「どうやって呼ぶんですか? 」
「会いたいと心から念じてもらえれば」
「それだけ? 」
「それだけで十分だよ。今度のことは本当にすまなかったね、きっとこの方とならば、良い旅ができるだろう、それではまたね、糸ちゃん、ミミミ君」
「はい・・・・」
あっという間におじいさんは行ってしまった。私はしばらくおじいさんの後ろ姿を見ていたけれど
「旅、ってどういうこと? ミミミ」
「やれやれ、もっときちんと説明すればいいものを、まあ、でも行くところがたくさんあるのかもしれないから、これは、わ・・僕が説明しようか」
帰り道ミミミは話してくれた。
「僕たちは、糸ちゃんみたいな小さな子と一緒に旅をするんだよ」
「旅?・・・どこに? 」
「色々な所、色々なものになって、色々な事を知ってもらうために。日本にも糸ちゃんみたいな子はたくさんいる、世界にも」
「そうなんだ! すごいね! 」
「でも連絡をとったりしたら、逆に今の時代は、ばれたりするから、みんなそれぞれ秘密を守って旅をしているんだよ」
「でも・・・いつ行くの? 学校が終わって? 」
「そう、終わって、家に帰って、夕食を食べて、お風呂にはいって「おやすみなさい」を言った後だよ」
「夢の中ってこと? 」
「そう言うこと、久重が言ったのは、もし僕が何日も目が覚めないというときのことだよ。そんな時は彼を呼んで欲しい、まあ、何とかしてくれるだろう、手先は私より・・・器用かな・・・」
「久重さんか・・・私とってもうれしかった、私の名前であんなに喜んでくれたのは初めてだったから」
「何故かな? まあ、昔は糸という名前は多かったみたいだから、きっと」
「昔? って久重さんはいくつなの? 」
「うーん、彼も僕と同じなんだよ、でもまだ人間のままなんだ、こだわりかな? まあ、結構優秀だったからね」
「優秀だった? 学者? 」
「違うよ、発明家、技術者かな・・・苗字は何だったっけ・・・この国ではよく聞く・・・・」
「えーっと、この前テレビでやってた。日本で多い名字は、佐藤さん、鈴木さん・・・」
「た・・・」
「田中! 」
「そう!、田中久重だったと思うよ」
ちょっと調べてみたいと思った。
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