ミミミ誕生
朝起きて、私はすぐに机の上の作りかけのウサギに
「おはよう」
と言った。すると不思議なことに気が付いた。
「あれ? 糸が増えてる? 」
昨日は細かく縫ったけれど、縫った糸と糸の間から白いフエルトが見えていた。でもそれがびっしりと隙間なくおおわれているのだ。しかも最初の所はちょっといびつな感じで、丁寧に縫った耳の赤い色の所は、縫い目もそろって、きれいな赤一色で埋め尽くされている。
「お母さんが? いや・・・だって色が自然に変わっている」
耳の周りの白からとても薄いピンク、それからランドセルの色のような濃いピンク色になって、赤になる。こういうのを「グラデーション」というらしい。それが本当にきれいにできているのだ。
「お父さん? 」
私のお父さんは会社で研究員をやっている。光触媒(ひかりしょくばい)というもので、光に当たって変化することの研究らしいが、良くはわからない。
もしかしたら光で糸がふえたとしても、でも机の上に、そんなに朝日が当たってはいない。
とにかく不思議なので、私はお父さんたちの所に持っていった。
「寝ぼけてるのか・・・糸」
「疲れてるのよ、あんまりずっとしたら駄目よ」
「でもさっきまで・・・糸が・・・」
そう、お父さんとお母さんに見せようとしたときには、ウサギは全く昨日のままだった。確かに階段を降りる時までは変わってしまっていたのに。
「とにかく朝ごはんを食べなさい、明後日は学校なんだから」
そう言われて私は朝食を食べた、その後また部屋に戻って、しばらくウサギをじっと見ていたけれど
「とにかく作ろう」と続きを始めた。
色は赤からまたピンク、白と戻って今度は黄色だった。
「黄色が一番上に来るように」
私はどんどん夢中になっていた。
土曜日が過ぎ、日曜日の朝、私は飛び起きた。そして朝の陽ざしの中、一瞬だけ見えた。
「わあ! 」
赤、黄色、青、そして赤から黄色が混じっていくグラデーション、オレンジ色はまるでマリーゴールドの花みたいだった。青から緑、黄緑に変わっていく色の縁取りは、まるで太いマジックで書いたように、はばがそろっていた。最初の方はそうじゃなかったけれど。
「きれい! 」そう一言いってまばたきすると
なぜか元に戻っていた。でもそれでも良かった。私は昨日の夜に何となく思い浮かんだことがあったのだ。
「ミミミって呼ぼう」
動物が好きだけれど、私はアレルギーがあって飼えない。だったらこのウサギを私のペットにしようと考えた。
「へえ・・・これ綿花じゃないか」
「めんか、って何? おとうさん」
「本物の、自然のわただよ。科学的に作られたものじゃない」
「フーン・・・ちょっと茶色いね」
「大丈夫かしら、この子アレルギーだけど」
「科学繊維だから大丈夫ってこともないらしいし、小さなものだろう? そのミミミも時々洗って干してあげるといいさ、糸」
「うん、そうする」
縫うところはあと少しで、紫色からまた赤に戻って来て白で終わるように作ってあるようだった。綿をつめるのは初めてなので、さすがにお母さんに手伝ってもらおうと思った。
「よくできているわね、一周回ってて色がきれい」
「糸が見たって言うのは、おばあちゃんが見せてくれたものなのかも」
「そうかもしれないね」と私はミミミに綿をつめながら言った。
「全部入れなくてもいいかもしれないけれど・・・でも丁度いい量なのか・・・本当に、よくできてるな」
「手芸セットの試作品かもね」
「そうかもしれないな」お父さんたちはそう話していた。
綿をつめ終わって、もう一度縫って、最後はちょうど白に戻った。
「できた、できた! 」私は言ったがお父さんとお母さんはとても冷静に
「まだ目と口があるよ」
私はお母さんに教えてもらいながらボタンを付けた。そして鼻は丸く刺繍してピンク色になった。
「口はどうしたいの、糸? 」
「せっかく赤だから、ちょっとだけ空けてる感じにしたいな」
「そうね・・・」
そうして、本当に
「できた! 本当にできた!! 」
三日月からちょっと太った感じの口になったけれど、
「よくできたじゃない、がんばったわね」
「ほんとに、糸がこんなにできると思わなかった、けど・・・」
「けど? 何、お父さん? 」
「お前、算数の宿題は? 」
お母さんは夕食の準備、私は急いで二階に上がった。
「えーっと・・・あと1ページ・・・できるかな・・・」
夕食を食べて、すぐにまたやっているけれど、私にとって算数の問題は解いていっても「ふえている」ようにしか思えない。
とりあえず生まれたてのミミミとは「夜一緒に寝よう」とベッドの枕の横においてある。
「えーっと、何だかいっぱい計算間違いをしている気がするけれど、でもとにかく、やってしまわないと」
私は宿題は必ずするようにしている。
「ああ、やっとあと10問になった、良かった。でもいいなあ、家庭教師の先生がいる人は。そうしたら優しく教えてもらえるのに」とちょっとホッと、半分うらやましいなと思っていると
「今の問題、計算間違いをしているよ」
「え! そう! やっぱり? 」
「繰り上がりの数字が足されていない、せっかく途中まで計算が出来ているのに、もったいないよ。それに、途中の計算式を別の紙に書くのなら、ちゃんと順番で書かないと、どこで間違ったかわからないよ」
「そう、お父さんからも同じこと言われた・・・お父さん算数を教えるとき、人が変わったみたいに怖くて、厳しくなるの」
「子供を育てるって難しいことだろうね。算数は基本的に正解が一つだから、それは仕方がないよ」
「そうよね・・・でも私とっても苦手なの。京子ちゃんはかわいくて算数も得意なんて・・・すごすぎる」
「可愛くて算数が得意だとすごいの? 」
「すごいよ! 頭も良くて、かわ・・・・」
私はやっと気が付いた。
家庭教師がいてくれたらとは思ったけれど、
私はいったい誰と話しているんだろう?
ゆっくりとノートから目をあげた。
私の目の前には、明日から持っていく、従妹のお姉ちゃんからもらった赤とピンクと真珠色の筆箱がある。
そしてその上をベンチにして座っていたのは
本当に色々な色、世の中にあるほとんどの色で縁取られた
丸い赤い目の白ウサギ。お行儀よく座って私の方を見ている
「かわいい・・・」
真新しい筆箱と、朝に見たしっかりとした色の縁取りの中の、白く輝くような小さなウサギは
「かわいい・・・かわいい・・・でも・・・」
ウサギは私が作った「開いた口」ではなくて、閉じて「にっこり」したものになっている。そのことももちろんなのだが
何かがおかしい
「おかあ!!! 」
大きな声で私がそう言ったとたん
口にスポッと何かが入った。新しい糸とフエルトの味がした。
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