耳の上の赤
「確かに不思議だなあ、こんなの入っていたかな? 」
「見なかったわよね」
お父さんもお母さんも首をひねっていたが、
「ああ! 一度実家に戻ったからね、誰かがいれたんでしょう」
お祖母ちゃんの家には叔母さん夫婦が住んでいて、叔父さんたちもみんなそこに泊っていた。
「まあ、お前の一族には、これを入れた犯人になりそうな人間はたくさんいるから。それにこの説明書、手書きをコピーというか・・・昔の印刷機で刷ったみたいだな・・・まあ、面白そうじゃないか」
「できるかなあ、私でも」
「えっと・・・かがりぬいだから、そんなに時間もかからないんじゃないかな。そうだ、糸、新しい針を持ってきて」
と言われたので、私はまた部屋に戻って「小さなものを縫うから小さな針だよね」と考えて持ってきたけれど、
「それじゃあ、縫いにくい、刺繍針を持ってきて、多分あったはず」
「お! さすが手芸店の娘」
「パパ・・・私だってしたことはあるのよ」
刺繍針は、糸を通すところがとても大きい。糸が少し太めだったので、すぐに針に糸を通せた。一番最初の色は白だ。
「私、色が変わって行く糸なんて始めて見た」
「そうか? 釣り糸ではあるよ、海釣りの深いところ用のものは、色を付けて、どれぐらいの深さで釣っているかわかるようになっているんだよ」
「最近手芸屋さんで、色々な色に変わっていく糸は見たことがあるけれど・・・これは本当に釣り糸みたいね、一色が長い」
指ぬきを、私の指に合うようにお父さんに調整してもらって、お母さんに教えてもらいながら糸をちょうどいい長さに切った。玉止めをして、耳の部分のフエルトに刺した。
「スッ」と厚めのフエルトに針が通った時、何だか今まで感じたことのない、始めたばかりなのに「気持ちよく、上手くいった感じ」がした。
「そうそう、斜めに糸がなるように、上手にやっているじゃない」
「お前よりも上手いかも・・・でも細かくするように書いてある、糸、それじゃ間が空きすぎみたいだぞ」
「いいんじゃない? そこまで細かくしなくても・・・」
「でも私、説明書の通りにやってみる」
「まあそれもいいかな、せっかく縫ったけど、やり直しね」
私は針から糸を外して、縫ったところの糸を外し始めたが、でもなんだかそれも楽しいと思えた。
そのまましばらくやっていると
「面白そうね・・・糸・・・」
お母さんにとられそうな気がしたので、私は自分の部屋に戻ることにした。このウサギだけは、自分の力だけでやってみたいと思ったからだった。
縫い始めの白い色はウサギの片方の耳の下から始まって、徐々にピンク色になって、耳の上で真っ赤になった。
「そうか! この赤が耳の上の方に来るように、細かくして縫うんだ」
そう気が付いたけれど、それまでに縫い目がそろっていなくて何度もやり直した。
「お風呂に入りなさい、糸」
その日はそれでやめた。
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