素敵な段ボール


「糸ちゃん、大きくなったね」


親戚の人たちは私を見てみんなそう言った。お兄ちゃんもお姉ちゃんも来ていて、


「母さん、うれしいだろう? 孫が全員集合だよ。天国の父さんが焼きもちを焼くかな」棺の中のおばあちゃんに、叔父さんは話しかけていた。


「当たり前ですよ叔父さん、おばあちゃんが好きですし、自慢だから。僕の今だってきっとおばあちゃんのお陰だ」


「ハハハ、お前のことの方が母さんは自慢だったさ、日本の伝統建築を学んでるなんて、すごいじゃないか」


「甥っ子のことは褒めて、自分の息子には、すっごい厳しいんだ、おやじ」


「お前のためだ、話しただろう? まだ若い頃の有名デザイナーと商談した時の話。一緒にやってくれたら契約すると言われたから、滝に打たれたり、ゴスペル歌ったりと付き合わされたけど、それは本当に真剣に取り組んでいますという現れだよ、その覚悟があるから、今彼女も世界的なデザイナーになったんだ。才能がないという言葉で片付け過ぎだよ、お前は」


「滝に打たれる? ゴスペル? 」私は考えた。


滝に打たれる修行と言うのはテレビで見たことがある、とても寒くて痛いと言っていた。確かゴスペルと言うのはキリスト教の神様に捧げる歌の事だと思ったけれど、でも急に


「糸ちゃん、今でもサッカーやってるの? 」と私の事を聞いてきた。


「ううん、やめちゃった・・・もう男の子にはかなわなくなって、女子だけのチームは凄く遠くにしかないから・・・」


と答えたけれど、半分はサッカーは好きだけど、それこそ自分には才能がないとわかってしまったからだった。


「色々、他の事をやってみるといいよ、糸ちゃん」


私は孫の中で一番年が下だった。だからみんないつも優しくて


「糸! 元気?  」


と従妹のお姉ちゃんはいつも私に会う度プレゼントをくれる、でもお葬式だ。お姉ちゃんが葬儀の受付をするらしく、小さな青と白とクリーム色の三色が縦列でつながって、それが縞模様になっている筆箱を持っていた。クリーム色は貝みたいにキラッと光っていた。


「お姉ちゃん、可愛い筆箱だね」


「そう! 気に入ってくれた? 良かった! おばあちゃんもね、この筆箱が昔の「セルロイド」っていうプラスチックみたいで好きだって言ってくれていたの、後で渡そうと思ったけど、先に渡しておくね」


と言って茶色の細かく、英語かフランス語か、とにかく外国の言葉が入った縦長の袋に、小さなリボンのついたものを私にくれた。そっと開けると


「あ! 色違い! 赤とピンクとクリーム! 同じだね、キラッと光ってる」

お葬式なのにと思ったけれど、


「楽しく送り出してあげようね」


と叔母さんが言った。




 お葬式が終わった次の日、お兄ちゃんお姉ちゃんは帰って、私とお父さんお母さんは、おばあちゃんの手芸店にいた。


「もう、あの店も取り壊すから最後に行っておいで、大切なものもあるから」と叔父さんたちに言われた。


 お店は古かった。棚の半分は木でできていて、その中にきっと毛糸玉がびっしり並んでいたのだろう、ほんの数個がコロンと寂し気に転がっている。商品はほとんど残っていなくて、小さな引き出しがたくさんあるケースには、刺繍糸を束ねる紙がちらほらと入っているだけだった。


「あ! これね! 」

「結構大きな段ボールだな」


お父さんとお母さんが段ボール箱の前にいた。その上にはマジックで「糸ちゃん用」と書いてあった。


「開けてごらん、糸」お母さんの言う通り段ボールのテープをはいで中を見ると、

そこにはいっ六。いの

「手芸セット」が入っていた。


「わあ!! すごい!!!」


毛糸のクマ、ウサギ、フエルトで作るマスコット、ビーズのアクセサリー。小さな花を作るというのもあった。でもそのほとんどが、古いものだった。


「売れ残りよね・・・」

「お前はもう・・・」


お父さんはお母さんの言葉にあきれるように言ったけれど、私はお母さんがひどいとは思わなかった。半分はきっと私が

「古いものだらけで嫌がるんじゃないか」と考えたのだろう。

そうして三人で、本当にたくさんあるセットを段ボールから「掘っている」と、おばあちゃんが、本当に私のために残してくれたのだとわかった。


 簡単なものから、難しいものまで、順番に作っていけるように。また私が好きそうなものばかりを集めてくれていた。おばあちゃんからクマのぬいぐるみを作ってもらったからだろうか、私はやっぱり動物が好きだった。マスコットもビーズもほとんどが動物のものだ。

私はうれしくて、ちょっと泣きそうになった。するとお母さんがじっとあるものを真剣に見ている。小さな紙のケース、それは真新しく、角が痛いほど硬そうで、丈夫なものの様だった。


「針だ」

私は気が付いた。


糸を通すところが金色で、そこが透明なフィルムから見えている。そのフィルムもきれいなので、金色はさらにピカピカと光って見えた。箱をのぞくと、それと全く同じものがいくつか入っていた。どうも大きさがそれぞれ違う針の様だ。

古い手芸セットの中で、これだけが買ったばかりのような新品だった。


「ああ、やっぱり針はいいものじゃないと駄目ね・・・」

お母さんが縫物をしているときにつぶやいたのを、何度か聞いたことがある。おばちゃんはここ数年、ほとんどが病院だった。だとしたらこの針は、退院したほんの数日の間に買ってきてくれたのかも知れない。


「お母さん!! ごめんなさい!! 」


とお母さんが急に泣き出した。お葬式の時よりももっと激しく、私の小さかった頃の様に、抑えきれなくて、という様子だった。


「ごめんなさい、ごめんなさい、お母さん・・・・お母さんの夢を何にもかなえてあげられなくて・・・」


「よしよし」


お父さんがお母さんを抱いて慰めているのを初めて見た。それを見ていたら、私の涙は引っ込んでしまった。

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