おばあちゃん
おばあちゃんが亡くなった。
お母さんのお母さんだ。遠くに住んでいたので一年に何回かしか会うことはなかったけれど、私はおばあちゃんが大好きだった。
おばあちゃんは町の古い商店街で手芸屋さんをやっていた。でも私はおばあちゃんがその手芸屋さんで働いている所を見たことがない。私が大きくなった頃には、おばあちゃんは病院にいることが多くて、会いに行くのは「お見舞いのため」になってしまっていた。
「糸ちゃん、よく来たわね」
と病室で小さい私を抱きかかえ、私の体の横から、急に毛糸で編んだぬいぐるみを動かして見せた。
「かわいい! 」一番最初はクマだったと思う、私は嬉しくてずっとそのクマと夜寝るようになった。お見舞いにいくたびにいつも何かを作ってもらっていたが、だんだんそれもできなくなっていった。
私の糸という名前は、おばあちゃんが考えたという。苗字があまりにも丁度いいからという理由だったらしい。
そう、私の名前は
桑野(くわの) 糸 なのだ。
それを聞いて大人の人は、大体にっこりと微笑むか、驚いてクスリと笑うかどっちかだ。
桑という植物の葉っぱは、絹糸の元になるカイコガの幼虫が食べるもので、そして大きくなり繭を作る。その繭から引き出して絹糸が作られるらしい。
「いい名前だと思うよ! 」
今、私はお父さんとお母さんと三人で暮らしているが、兄弟がいる。
お兄ちゃんは大学生だ、しかも日本の伝統技術を勉強する大学に行っている、ちょっと自慢だ。一方一番年上のお姉ちゃんは、遠くの会社で普通に事務をしている。私の名前はこの家族全員、また親戚からも良く思われている。
でも私の一族には秘密というか、不思議な遺伝があって、男の人は洋服に関係したところに務めている人が多く、従妹のお兄ちゃんなんかは「デザイナー」を目指して勉強中。しかし、何故か女の人はあまりそれに興味がない、お母さん、お母さんのお姉さんも、手芸はしない。だからなのかお姉ちゃんも、従妹のお姉ちゃんもそうなって、私も何故か「針と糸」を自分から持ちたいとは思わない。手芸屋さんを始めたのはおばあちゃんのお父さんなのだ。だから、おばあちゃんが「珍しい」らしい、とても不思議な事だけれども。
でも何か作ることが嫌いか、と言うとそうでもない。お母さんはお菓子を作るのが好きだし、おばさんはパンを作るのが得意だ。じゃあ、私は、と言うと、実はちょっと得意なものがある。それは
「アイロンビーズ」だ。
穴の開いたプラスチックのビーズを、専用のプレートの並べて、アイロンでくっつける。最近はヒャッキンでも売っている。五歳で初めてやってみて好きになり、作ったものをおばあちゃんに渡すと
「まあ、ありがとう、うれしいわ、糸ちゃんが作ったものをもらえるなんて」
と小さなコースターをとても喜んでくれた。
それからお見舞いに行くたびに渡すようになり
「糸ちゃん・・・どんどん上手になって行くわね」
とほめてくれて
「まあ、なんてきれいな色使いでしょう! 糸ちゃん、どうしてここの色を白じゃなくて、クリーム色にしたの? 」
「最初は白を置いてみたんだけれど、でも、何だか・・・他の色とケンカをしているみたいで・・・」
「ケンカ・・・白は強い色だからね、この子は色彩感覚の天才だわ!!! 」
と小さい頃のように私を抱きしめてくれた。私を「天才」と言ってくれたのはおばあちゃんが最初だった。色彩感覚と言うのは色と色との組み合わせ方のことで、カラーコーディネーター、という資格もある。アイロンビーズも六十色くらいあるから、組み合わせ方がたくさんあって面白い。
最近は手芸店でも売られるようになり、
「元気になったら・・・糸ちゃんにアイロンビーズの先生をやってもらおうかしらね」
でもそれは出来ないまま、おばあちゃんは亡くなった。私も五年生になったらおばあちゃんに「針の使い方」を習いたいと思っていたから、お葬式にはつらい気持で行った。
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