椿と紡
「ねぇ、紡ちゃん……また会えるかな……?」
ずっと大好きだった男の子は泣きながら私にそう聞いてくる。
「会えるよ、きっと」
私も泣きながらそう答える。また会いたいと心の底から願いながら。
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小学4年生の春、私はお父さんの仕事の都合で引っ越すことが決まった。
「紡?学校行かないの?」
家の物が一つまた一つと段ボールに入れられ、もうすぐ引っ越すことを実感させる部屋で私が閉じこもっているとお母さんが私に声をかける。
「……いかない…行きたくない……」
私は俯いたまま答えるとお母さんが私の前にしゃがみ込む気配がした。
「何で行きたくないの?」
お母さんは優しい声で私に聞いてくる。
「だって……引っ越したら皆と会えなくなるんでしょ……なら学校行きたくない」
「紡……ごめんね……」
母親はそう言って部屋から出ていった。お母さんは悪くないのは分かっているけれど私はお母さんに当たってしまった。そのことが苦しくなって、私は部屋の隅で声を抑えて泣いた。
気が付くと窓の外が茜色に染まっていた。その空を綺麗と思って眺めていると家のチャイムが鳴った音がした。なにか荷物が届いたのかなって思いながら部屋にいるとお母さんが扉をノックして声をかけてくる。
「紡?椿君が来てくれたけど、どうする?」
「……いい……会いたくない……」
保育園の頃からずっと仲良くて、大好きな男が来てくれたのがとてもうれしかったけど、もうすぐ会えなくなるなら会わないほうがいいと思いお母さんにそう言うとわかったと一言残してお母さんは部屋から離れた。私はこれでいいんだって自分に言い聞かせてまた、涙を流した。
____________
あの日から2日たって明日、引っ越しするとなった金曜日。私はお母さんに連れられ学校の前に来ていた。
「紡、今日で最後なんだから行ってきたらどう?」
お母さんは私の目を見て頭を撫でてくる。
「……わかった」
本当は嫌だったがそれを言うとお母さんが悲しそうな顔をするかもしれないと思い私は頷いた。学校に重い足をゆっくり進めて入ると下駄箱の前に一人の男の子が立っていた。
「紡ちゃん!」
無邪気な笑顔を向けて私に声をかけてきたのは大好きな男の子だった。
「椿君……ごめんね……?」
あの日からも学校帰りに私の家に尋ねてくれていたのは知っていたが、一度も彼と顔を合せなかった私がそう言うと彼は笑顔のままいいよって言ってくれた。私はそんな彼の笑顔を見てやっぱり大好きだなって思った。
「紡ちゃん、行こ?」
椿君は私の手を引いて教室に向かう。私は顔が赤いだろうなって思いながらその手を強く握り返した。
教室で最後の授業を受け、5時間目。その日最後の授業の時間。クラスの人皆が色紙を一枚くれた。そこにはクラスの皆や先生たちの寄せ書きが書いてあって私は涙が溢れてきた。もっと皆といたかった。変な意地を張らないで学校にこればよかったと後悔した。
そして、その日最後の授業が終わった。皆また会おうねって言って下校して、私は職員室の前に来ていた。お世話になった先生たちに挨拶をするために。先生たちは引っ越しても元気でねと言ってくれた。
職員室から出て、下駄箱の前で椿君が立っていた。
「椿君……どうしたの…?」
「紡ちゃん、一緒に帰ろ?」
彼は少し寂しそうな顔で私に手を差し出してきた。私はそれに頷いて無言で手を取った。
「今日で…最後だね……」
椿君はポツリと呟き私はそれに無言で頷いた。
「椿君……」
私は彼にずっと言いたかった一言を言う決心をした。
「私ね、ずっと椿君のこと大好きだよ」
その言葉を発して私の目から涙が流れる。
「僕も大好きだよ、紡ちゃん」
彼のその言葉を聞いた瞬間私は声を出して泣いた。嬉しい気持ちと今日で会えなくなってしまう悲しみが混ざり合って、声を出して、ひたすら泣いた。
「ねぇ、紡ちゃん……また会えるかな……?」
ずっと大好きだった男の子は泣きながら私にそう聞いてくる。
「会えるよ、きっと」
私も泣きながら、彼にそう言った。
そして私は次の日引っ越した。
______________________
彼のあの言葉を聞いてから数年経った今でもそれは鮮明に思い出せる。
そして、社会人になり、私は彼の住む町に戻ってきた。
電車から降りると蒸し暑さと蝉の鳴き声でより一層暑く感じた。
『今着いたよ』
私がメールを送り改札を出ると昔の面影を残した男の子が立っていた。
「また会えたね、椿君、ただいま」
私がそう言うと彼は私の方を見て
「おかえり」
昔と変わらない笑顔で私にそう言ってくれた。
約束と願いと 高山 響 @hibiki_takayama
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