第6話「“手抜き”に長けた男」

 山城は囲碁が強い。

 

 中学時代は、将棋部に入っていた。

 校則により、なにかしらの部に所属しなければならなかった。運動全般が不得手で、他にこれといって興味のあることもなかった山城は、部活案内の中から、体力を消費しなくてもよさそうな、かつ活動日が少なく手を抜けそうな将棋部を選んだのである。

 

 活動は週二回で、気が向かなければ多少休むぶんには構わなかったので楽なものであった。将棋に関心はなかったが、覚えてみるとそれなりに楽しんで指していた。

 しかし、あまり上達しなかった。アマチュアの最低級は十五級だが、三年間かけても七級程度の棋力にしか達しなかった。年に二度ある大会にはすべて出場したが、結局一度も勝てずじまいだった。週に二回、あるいは一回の活動に参加する以外にはまるで将棋にふれていなかったので、当然といえば当然の結果かもしれない。


 高校では、山城は囲碁部に入部した。

 中学と異なり部活動は必須ではなかったが、受験で手を抜き、推薦入試により実力よりも一段下の学校に進学したため、学業については余裕がありそうな見通しだった。適度に気分転換のできるものであれば(運動部は除く)なんでもよかったが、興味本位で囲碁部を選んだ。将棋のセンスがないことは中学の三年間でよくわかったので、それならば囲碁はどうかと思ったのである。

 

 囲碁部の活動も週に二、三回ほど、それも出席はほぼ任意であり、山城好みの緩慢なスタイルだった。

 いつものようにほどよく手を抜きながら気楽に取り組んでいたが、意外にも速いペースで上達した。囲碁は将棋よりも級の区分が細かく、アマチュアの最低級は三十級だが、最初の半年で五級になった。

 将棋部のときと同程度の熱量であったにも関わらず、上達の速度にこれほどの差が生じたことにはじめは驚いたものであったが、山城は勘のいい男なので、強くなるにつれてその理由を把捉はそくした。

 

 高校卒業時には、最高段位が九段のインターネット囲碁サイトにおいて三段になるまでに棋力を上げた。

 段級の基準は――特に囲碁においては――かなり曖昧なもので、たとえば同じ初段でも、場所によって強さが異なることは珍しくない。しかし、そのサイトは比較的段級の基準が辛く、三段であればちまたの碁会所では五段程度で打てそうなほどであった。

 

 卒業後も囲碁は継続し、大学でも囲碁部に入部して活動を続けた。四年間、やはりそれほど血道ちみちを上げていたわけでもないが、卒業時には先のサイトで七段にまで到達した。


 駒の動かし方が決まっている将棋は、ひとつのミスが即敗北につながることも少なくはない。

 また、序盤の定跡じょうせきや戦法などは、完璧とまではいかなくとも――少なくとも自分が用いる予定のものについては――相当に研究しておくことが望まれる。序盤で大きく失敗すれば、それを取り返すのは困難だ。地道に、かつ丁寧に記憶を重ねつつ、同時に読みの力も養わねばならない将棋は、山城の性格には合っていなかった。


 一方の囲碁は、山城に似合いの娯楽であった。

 なにしろ、戦術の中に“手抜き”というものがあるぐらいだ。

 

 囲碁は、碁盤のどこに着手してもよいという自由度の高さにより、将棋と比べて多少の失敗は後々の頑張りでどうとでもなる。特にアマチュアであれば互いに細かなミスが多く、最後の最後まで勝敗がどちらに転ぶかわからないことも多い。布石や定石じょうせきを事細かに勉強していなくとも、人によってはある程度は感覚で打ち進めることができる。

 

 山城は記憶力も理解力も人並みであったが、好手や悪手、あるいは好形こうけい愚形ぐけいを見極める勘のよさを、おそらくは並のアマチュアよりも有していた。その勘のよさを武器とし、順調に棋力を上げたのである。

 

 棋風きふうにおいては、当然ながら“手抜き”を好んだ。

 囲碁の対局における手抜きは日常用いる否定的な意味ではなく、「相手の着手に対して、その方面を受けずに他方面へ反発する」というニュアンスである。“手抜き”は、ある程度の碁打ちであれば誰もが当然に備えている技術のひとつだが、山城は特にその使い方に長けていた。

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