第95話 夢落ちなんて許さない


 〝パチンッ〟


 するはずのない音が聞こえた。

 瞬間、周りの時間は、俺を残して完全に止まった。


 そして、〝ポンッ〟と、煙に巻かれて妖精さんが目の前に現れた。



 ……状況整理が追い付かない。

 最側とデートをしていた。そして、告白……をした。


 瞬間。時間が、止まった。妖精さんが現れた。


 お、おう。大丈夫。状況はわかった。


 いやいや、そうじゃなくて。


 この状況は、なに?

 突然、こんな事になったら焦る場面なのだろうが、正直、助かった。と思う気持ちもあった。


 きっと、数秒後には振られていたから。


 止まった時間の最側の表情が確たる証拠。


 “先輩、頭お花畑になってしまったんですかぁ?”


 こんなことを言いたげな驚き顔だ。


 わかっていたのに、気持ちにブレーキをかけられなかった。思い返してみると、とんでもなく馬鹿なことを言っていた。


 だから、妖精さんなりの配慮なのかな。俺が傷付かないようにするための、優しさ。


 何処かで隠れて見ていたのかと思うと、色々と突っ込みたいところはあるけど……。


「ありがとう妖精さん。助かったよ。あーあ、ほんと、なにしてるんだよ俺ってやつな。恥ずかし過ぎるだろーって。あははっ」


「リク……違うんじゃ……間に合わなかったんじゃ……」


 いつもみたいに“ばっかもーん”と、頭を叩いてもらいたい。そうすれば気も紛れる。そんな風に思っていたのに、様子がおかしい。


 妖精さんの顔はとても切なげで、俯いたまま俺の目を見ようとしてこない。


「ごめん妖精さん。間に合わなかったってなに? 意味がわからないんだけど」


「この世界はな、もうじき終わるんじゃ……」


 あまりに唐突過ぎた。

 明日、隕石が落ちて来ますよと真顔で言える人がこの世界にどれだけ居るだろうか。


 妖精さんはこんな冗談、真顔で言う奴じゃない。それは、俺が一番良くわかっている。


 でも、だからって……。


「新手のドッキリかな? 時間まで止めちゃって。らしくないぞ妖精さん! 全然笑えないからな!」


「すまん、リク……」

「だから、意味わから────」


 わからないと言い掛けたときだった。

 一瞬で目の前が真っ暗になった。


 ◇


「え……なに?」


 穏やかに流れる風。

 空を見上げると満天の星。


 月明かりも綺麗で風が気持ちい。


「嘘……だろ?」


 確かにさっきまで駅に居たはずなのに、いつのまにか学校の屋上に来ていた。


「過去が全部無くなったんじゃ。そして、ここから先の未来はない。もう、わかるじゃろ……」


 わからない。わかりたくもない。


 なんだこれ、どうなってるんだ?

 時間にして一分程度。ついさっきまで、俺は最側とデートをしていたはずだ。


 どうして急にこんなことになる。


 ……夢? あ、これ夢だ。そうだ、絶対に夢だ。



「未来も過去もない。終わりのこの場所なら、話す時間くらいはありそうじゃな。不幸中の幸い……か」


「夢の中の妖精さんって、ヒスなのな! なあに暗い顔してるんだよ!」


 夢にしたって辛気臭いだろ。まったくもう。


「リク……こうなってしまったのもな、全ては〝想いの力〟じゃ。リクの嘘はつきたくないという気持ちが、タイムリープを否定した。目の前に映る世界だけを現実だと思ってしまった。過去に戻ることさえも、偽りだと感じてしまったんじゃ」


「なんだよ……それ」


「一度、芽生えてしまった矛盾に世界が耐えられなくなってしまったんじゃよ。詰まる所、今居るこの世界も幾度となくタイムリープを行った枝葉の世界。タイムリープの末に成り立つ世界なんじゃ。タイムリープを否定したリクにとっては矛盾の上に成り立つ世界。……もっと早く、リクの気持ちに気付けていれば……こんなことにはならなかったんじゃが。すまんのう、あいも変わらずポンコツな恋愛マスターで」


「全然わからないよ。なんの冗談だよ?!」


 妖精さんはポンコツなんかじゃない。夢だからって言っていいことと悪いことの分別くらい付けろよ。


 腹立たしいなこの夢は。いいかげんにしろよ。


「なぁに。心配はいらんよ。全部夢だったってことに妖精さんがしてやる」


「……夢?」


 いや、いまのこの世界が夢だろ?

 あれ、夢ってなんだっけ。夢は寝て見るもの……。


「そっ、ぜーんぶ夢じゃ!! あれもこれもまとめて全部、なかったことにしてやる。だからな、心配することは何一つないのじゃよ」


「そんなの、嫌に決まってるだろ?! なんの冗談だよ? いいかげんにしないと怒るからな」


 夢なのに俺、なに熱くなってるんだよ。


 ……夢だろ? そうだよな。あ……れ。



「リク。バイバイ。もっと、一緒に居たかったよ」


 〝パチンッ〟


 

 ──そうして、目が覚めると、入学前の四月に戻っていた。

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