第93話


「あー、そっか。そういうことか」


 最側は小さな声でボソッと悲しそうに遠い目をしながら溢した。


 掛ける言葉が出てこない。もう、全てが手遅れなような。そんな気が……した。


 あーで何かに気付き、

 そっかで何かを悟り、

 そういうことかで確信に至る


 連なる単調な言葉。意味もない、吐いて捨てるような言葉。なのに、最側の心境が痛いほどに伝わる。



 俺はずっと最側を騙してきた。学校をサボる振りして、毎日会いに行った。その度に怒られた。


 それでも顔を合わせると笑ってくれるから、一緒に居ると楽しいから……嘘をついて会い続けた。



 ”学校は行かなきゃダメですよ”

 ”もう、明日は来ないください”


 またね。と言われることは一度も無かった。それでも昨日だけは“また明日”と言ってくれた。


 もう、学校をサボらないと約束したから。


 目的は最側の望む世界を聞き出すこと。ただ、それだけだった……はずなのに。


 想い出を望んでしまった。


 そうしてついた嘘は、言い逃れのできない、欲望の為だけの自分勝手な嘘になった。


 最側とプラネタリウムを観に行っても、停学中の俺は学校へは行けないのだから。



 失敗したのならやり直せばいい。簡単なこと。

 なのに、どうしてだろう。それは最側をまた裏切ることのような気がする。


 今まで散々タイムリープしてきたくせに……。



 ──二番線に電車が到着いたします〜危ないですから〜黄色い線の内側に〜


 無言のまま、アナウンスが流れる。陽気な音楽とともに電車が近付いてくる。


 きっと、最側は電車には乗らない。このまま帰る。どうにかできないのかと考えてる間に、最側はゆっくりとベンチから立ち上がった。


 俺は思わず手を掴んでしまった。このまま行かせてしまったらあの時と同じだ。七夕の時と。


 やり直せば……いい。だけなのに、あの時とは違うのに。今、この瞬間の最側を離したくない。


 

「えっ、なんですか?」


 それは拍子の抜けたような驚いた声だった。


「あっ、いや……」

「んー? 電車来ましたよ? 乗らないんですかぁー?」


 耳を疑った。思わず目を見開いてしまった。

 俺と龍王寺の会話が聞こえていなかった訳がない。まさか、難聴ヒロインを演じてくれるのか?


 ──プシュー。到着〜到着〜お足元に気をつけて〜



「何してるんですか? 乗らないと電車行っちゃいますよ?」


 帰らせない為に掴んだはずのその手は、逆に引っ張られ、ベンチから立ち上がるとくるりと後ろへ。そのまま背中を押されるように電車の中へと入った。


 あぁ、俺だけ電車に乗せてここでお別れってことかな。もう、顔も見たくないと。電車ってこんな使い方もあったんだな。あははっ。


 諦めるには十分過ぎるシチュエーションだった。



 あ……れ?


 ──閉まるドアにご注意下さい〜ガシャン。



「あっ、座れるっ! ほら先輩こっち」


 グイグイと勢いよく手を引かれる。

 それは、いつも通りの最側だった。



 難聴……ヒロイン?

 聞かなかったことにしてくれたのか?



 このままじゃいけないとわかりつつも……俺はどうすることもできなかった。

 

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