第92話
「もうっ先輩! ぜんぜんダメですっ。自然に笑ってくださいよーっ」
「お、おう」にぱぁー。
〝パシャリ〟
「うーん。なぁーんか、嘘くさいんですよねー。やり直し!」
駅のホームのベンチに座り出発の記念撮影をしていた。平日のこの時間は電車待ちの人も少なく割と静かな雰囲気。……だから、目立っちゃったのかもしれない。
思い出の1ページってやつだろうか。最側との2ショット。顔も近いし小っ恥ずかしくなる。なんならほっぺも一回触れました。
うん。これは友達同士のなんてことない2ショット。
〝パシャリ〟
撮った写真を二人で確認する。俺と最側は当然バッチリ写ってるけど、右端に……誰かいる。ピントはあってないが遠くからこちら見ている。制服を着崩した様子で茶髪の髪。
あ、もしかしたらまずいかも? そう思った時だった。隣にドンッと誰かが座った。振り向くとそこに居たのは龍王寺だった。
「やっぱ八ノ瀬だわ」
この時間は学校のはず。遅刻か昼帰りか……中抜けか。でも、学校に行くなら三番線。ここは二番線だぞ。いや、それよりも今この場で出会すことは最悪に他ならない。
「つーか、お前さ、停──」
「あー、龍王寺! 今日学校は?」
俺は龍王寺の言葉を遮るように質問を飛ばした。停学中と言うことだけは最側に知られてはならない。絶対に。
「ん? あぁ寝坊しちまってな。これから行くんだよ。まじだりぃ」
「そうなんだ!」
どーでも良い会話。でも隣のホームからわざわざ来たのかと思うと、停学中の俺に注意を施す為だけとは思えない。まさか……?
龍王寺の口からボソッと「浮気か……」と溢れると、最側と俺の顔を険しい顔で交互に見た。
やっぱり。これが本当の目的だ。そりゃそうだ。側から見たら浮気。こいつは柄にもなく俺とちほのことを応援していた。
ドクンッ。最悪のシナリオが脳裏を過ぎる。
「じゃ、ねーな。まじ焦ったわー。超仲良さげだったからさっ。従姉妹かなんかか? 義理の妹とか?」
ズコー。
失礼極まりない。その言葉の裏に隠れるそれはおおよそ察しがつく。しかも、従兄妹って。でもこれは嬉しい誤解。なんて答えるかと考えていると、
「あのっ、先輩とわたしは、と、と……友達なんですっ!!」
最側は口を尖らせ友達の部分を恥ずかしそうに噛んでしまった。うつむき、頬を赤く照らして。純粋に友達と口にするのが恥ずかしい。嘘偽りない真実のみで形成された言葉。なのだが……。怪しさ満点。
龍王寺は眉間にシワを寄せると、何かを疑う眼差しに変わった。
まずい。なんとかしないと。せっかく誤解してくれたのに……。
「も、元々バイト仲間で、バイト辞めちゃったからさ。じゃあ俺らって何? 友達? 的な。そんな感じだから、まだ不慣れなんだよ。新人だった俺に色々教えてくれて、後輩だけど先輩? 的な? うん、そんな感じなんだわ!」
たぶん、めっちゃ早口だったと思う。自分でも何を言い出しちゃってるのかわからない。
「そうなんです。と、ともっ……だ、だちなんですっ!」
またしても友達の部分を噛んだ。しかも今度はちゃんと言えてない。加えてもじもじしだした。っと思ったらバスケットに顔を埋めてしまった。ふぁーー!!
気持ちはわかる。すごいわかるよ? けどなっ今だけは……お願いだから。頼むから喋らないでくれ……。俺もロクなこと喋れてないけど。あぁ、もう俺らズタボロだな……。
恐る恐る龍王寺の顔を見ると、歪んでいた。ペットボトルのジュースを飲もうとしたのか、蓋を開ける手は完全に止まっていた。
「お前ら何? まさか、浮気じゃねーよな?」
「えっ、勘弁してくださいよ。どうしてわたしが先輩なんかと?!」プイッ。ムッスー。
ナイスプイッ! 今度は照れる様子などなく、純度100%の否定顔。これはこれで傷付くけど……でかした!
「ははっ、なんかよくわかんねーけど、そりゃそーだよな。あははっ、疑って悪かったな」
「お、おう。気にしてないから大丈夫だよ」
何がそうなのか。ちょっと傷つくけど良いっ。今は良い!! 不釣り合い。まじ最高!
でも、ちほにデレデレだった龍王寺が最側には一切デレない。これが意味することを考えると妙な胸騒ぎがした。
◇
「それよりお前、停学中だろ? こんなとこ居ていいの? まぁ家に居てもつまんねーだろうから仕方ねーけどさ」
浮気との疑いが晴れて完全に油断していた。妙にハイテンションにすらなっていた。浮気と誤解されるよりも大切なことが抜け落ちていたんだ。
その言葉は龍王寺なりの優しさから出たもので罪はない。
悪いのは嘘をついてこの場に居る俺。
浮気かと言われれば本心では否定できない。
そうやって、当たり前のように嘘をついてきた。
俺と最側の心の距離は埋まったようにみえて、レールが違う。どんなに近付いても最後はすれ違う。路線と目的地が違うのだから。
「まぁ、風間のことは一度シメておきてーと思ってたからな。八ノ瀬がぶっ飛ばしたって聞いてスカッとしたんだわ。出歩いてることはセンコーにチクったりしねーから、見つからないように気を付けろよ」
そうして、全てを暴露される。
嘘で固めて作られた時間は脆いのかもしれない。
──三番線に電車が参ります。白線の〜
「っと、やべー、電車来るわ。じゃあ、また学校でな。まじで気を付けろよ」
◇
このタイミングで電車が来てくれたことは不幸中の幸い。欲を言えば、もっと早く電車が来てくれれば。
この後に及んで、どうにかして嘘を突き通せなかったのかと考えている。次の瞬間には過去に戻ってやり直すことさえも考えてしまう。
俺は、どうしようもない嘘つき野郎だ。
最後の想い出を望む資格なんてなかったんだ。
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