第34話【VS〝万足〟現れし闇暴食編その1】


 視認出来ない巨大な「何か」は、力付くでノーメン達を屋外へと追いやり、寝ぼけていたセリエが手放した【蟲毒玉】を吸収した。

 その瞬間、突然変異が起こったのか、眩い閃光が辺り一帯を数秒だけ照らし出したが呑み込むようにして暗黒が覆う。


 子犬の灯りがあってもせいぜい2M先がいいところであり、正体を見るために灯りを持つことにより反対に己の位置を教え、こちらが不利になる事は明白だ。

 右手を優しく握りしめるとただ一つの灯火ともしびは消え、洞窟から吹き付ける奇妙な風と呑気なセリエの寝息だけが残された。


 普段感情を表に出さないノーメンは寝ている相棒に代わり、その「何か」と戦うことを固く決意すると、留め具を外す音が小さく鳴り、鼻で新鮮な空気を取り込むように数度程、深呼吸をし口を開く。


「マスクを外すのは実に5年振りだな。ここはだ……太陽の光さえ届かず、それでいて周りに危害を加えることはない。セリエが起きる前に文字通り瞬殺してやろう。」


 依然として敵の姿や危険度levelは分からないが、【深淵の渓谷】の攻略難易度はニッシャが暮らしていた、【外の園アウトガーデン】よりも極めて高い数値であり、平均levelは【Ⅲ】である。

 なぜそんな危険区域に2人だけしか

 いや―――

 ノーメンの魔力マナは、視認できる範囲全てに効果があるため大人数はかえって不利になり、セリエに関しては大規模かつ広範囲な技のため、やむ無く昔からの顔馴染みである二人組で行動している。


【敵の正体】を瞬時にして記憶していたが、今まで見てきたどの生物せいぶつよりも奇怪きかいかつ、見るに耐えがたい容姿をしており、記憶が正しければ協会にある書物に、こう記されていた。

 そいつは、森や渓谷、荒れ地などに生息する【美食グルメ百足センチピード】の亜種にして超希少種、【掃除屋ザ・クリーナー】と呼ばれている個体だ。



暴食グラトニー万足センチピード】=【危険度level-不明】

(食い荒らされた死肉のみを食すため積み重なった毒は計り知れず、渓谷では暗黙の了解もあり他の危険種は見て見ぬふりをするため永らく生き延びてきた強運の持ち主である。【蟲毒】を吸収した事により【危険度level】が変動し、【足】の数は食してきた数だけ増殖するとされている)




【敵の情報は多いに越したことはない】

 これはどの戦場でも通じる共通の認識であり、攻略するための鉄則でもあるが故に、例えその道のプロといえどもぶっつけ本番程、力量が出る場面はないのだ。


 この世にせいを得た時から脇役であった、「奴」の目的は強力な毒の採取と自身の変異、そのために日々の積み重ねを行い、危険種が蔓延る渓谷を暗躍してきたと見られる。


「視覚」に頼れないこの状況で、唯一の武器は「聴力」であるが、「万」を越えるその足は最小限の音すら掻き消しており、 「今」どこで「何」をしているのか定かではない。


 一見不利な状況だが、奴の「眼」、「習性」、「耳」をこちらが利用することは出来るため、立ち尽くしていたノーメンは、魂をぶつけるように闇の中で声を荒げる。


「俺にはお前の気持ちが分かるぞ。影から支えそれに満足していたが、絶好の機会と出会い「力」を手にした……だが所詮お前は「脇役」だ!!物語の【主役】にはなれん!!」


 奴の特性上、挑発に乗ることを期待し、わざと大声で叫ぶと言う行いは、敵に位置を特定されるため、自殺行為とも取れる行動だ。


 発声が終わり一息く間もなくて、一瞬だがローブのすそが揺れたのを感じ取った時には、体は瓦礫へと沈みながら激しく音を立てる。

 息苦しいほど周囲に立ち込める砂煙だが、セリエが起床した反応はなく、砂が混じった血を無造作に吐き散らす。


「たくっ……ラビット牛人ミノタウロスといい、お前センチピードみたいな脇役野郎といい……どうも、俺を吹き飛ばすのが好きみたいだよなぁ……だが残念……お前の隠密ステルスもここまでだ」


 そう告げ、強く握りしめた拳を開くと、数十はある産毛の様な自慢の足を奴に見せつけるように投げ捨て、微かにする虫独特のにおいと流れ出る血液が、明確にその位置と輪郭りんかくを教えてくれる。


 奇策と考えたが、その行為自体が間違いだった事にその後、思い知らされる。




 日常で使われる【薬品】や自然界で最大の武器となる【猛毒】と多種多様な使用方法があるが、そんな毒には大きく分けて三種類の性質に分かれており、主な参考資料として、次のように分類されている。


【個体】

 一口サイズの木の実に似た糞をする小動物がおり、自身では力が弱く狩れないため、ふんに含まれる致死性の毒で狩猟を行う。


【液体】

 果実のように甘い樹液の匂いに釣られ、やって来た大型昆虫を、【強力な粘着性】と【天然の麻酔薬】により対象は、文字通り甘い夢を見ながら消化される。



【気体】

 この物質が一番厄介な所は、人間の鼻では認知出来ぬ匂いと限りなく透明で、素早く浸透し気づかぬ内に毒されることだ。



【深淵の渓谷中枢】


 微かに零れ落ちる血液の音を頼りに、奴の動向を把握できたのは勝利への一歩と呼べるだろう。

 聴力のみを頼りに暗闇の中、溶解液を噴出させる万足センチピードの攻撃を紙一重で回避する中で、一撃逆転の好機チャンスうかがっていた……が、突然体の自由が効かなくなり膝から崩れ落ちるように地面へと倒れ込む。


 奴はただ闇雲に周回していたのではなく、ノーメンを中心に揮発性きはつせいの高い液体を散布し、徐々に弱っていくのをただひたすらに待っていたのだ。


【神経毒】は少量でも体内に取り込むと感覚が麻痺し、大量に摂取すればやがて死に至る非常に危険性の高い物質である。


 最早、糸に絡まった揚羽蝶アゲハチョウの如く奴の狩りは、直接的な攻撃方法ではなく、

 痺れる体が毒でおかされ始めると、最初に変化が起こったのは、司令塔である【脳】であり、次に襲うのは激しい嘔吐おうとに加え、露出している顔が腐食しただれていく。


 ゆっくりと、こちらへ近づいてくるのが腐り落ちそうな耳でも微かに分かる、されども力が入らず魔力マナも通常通りとは、いかないもどかしさに怒りを隠せなかったが、脳は考えることすら放棄していく。


 その行動は初めて己の力で獲物を捕らえた喜びなのか、万を数える足は互いに擦り合う様に奇妙な音を発し、徐々に大きくなるを薄れ行く意識の中で呆然と聞いていた。


 我ながらこの人生に悔いはないと思考を巡らした――――その時だった。


 一陣の旋風せんぷう万足センチピードを足元から絡めとろうとしているが、万の足は地面へと深く突き刺さり耐え忍んでいる。


「ふぁ~。やっとしたよ……ここは俺に任せて、ゆっくり寝ててよ」


 眠りから覚めたセリエは、まるで目覚まし時計を叩くようにノーメンの頭を撫でると、一定の距離を保ちながらも見えているように振る舞いを続ける。

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