第33話【現れし闇蟲毒玉編その1】


 古代から伝わる言葉で【蟲毒こどく】という物がある。

 1つの容器の中で毒をもった数十種類もの生物を幾数も混ぜ合わせ、共食いをさせた後に生き残りを【神霊しんれい】としてまつったと言う話だ。


 それと同じ状況を暴君殺戮タイラントデス芋虫ワームは母親の体内で孵化した時から、【孤独こどく】な闘いを強いられている。

 中には、数万もの卵が外へ出ることを待っており、他の種からの捕食等はまず起こり得ないが、だからと言って決して安全ではない。

 1分1秒と時を刻む中で先に外へ出たものがまず初めにすることは、同じ母の元で生まれし兄弟達の【捕食ほしょく】と、体内にある毒をより強力な物にするための【蓄積ちくせき】だ。

 卵から帰らぬ者は無抵抗のまま養分となり、孵化出来たとしても安心は出来ず、共食いを繰り返してきた猛者もさ達が次に狙うのはより強い個体を己に取り入れることだ。


 母親の体内で繰り広げられる生き残りを賭けた死闘しとうは、時として数日にも及ぶとされており、選ばれし数匹の個体は体外へ出てもその行為は変わらず、他種を捕食し体内で蓄積された毒をより強固たる物に変えていくのだ。



 炎によりまばゆ翡翠ひすい色の光を放つ玉を愛しそうに撫でながらセリエは説明をする。


「まあ、要はあれだよ。100Mクラスにもなると数百もの獲物を捕食し、その毒はまさに兵器と呼ばれる代物になる。それを凝縮、圧縮したのが、この【蟲毒玉こどくだま】って訳。わかったかいノーメンさん?」


【毒】と聞いた途端、一瞬にして数M距離を取ったがしつこく宙を飛び回るセリエを撒けずマスク内で深いため息をつくと、年長者として、先輩として説明を聞いてあげることにした。


「そんなに嫌がらなくていいじゃんよ。俺等にとっては、まさに御守りって奴なんだぜ?ニッシャの子犬タイニードックで広範囲を照らすことにより、採取した奴より戦闘力で劣るものはまずやって来ないし、何より協会への手土産が出来たから一石二鳥って事よ」


 説明を大人しく聞き、一瞬頭の中で「疑問」が積み重なるが、いつの間にか夢中でその光景に見入っていた。

 長々と熱弁をしたセリエでも直接手では触れたくないのか、風魔法で浮かしており、まるで地球儀の様に回転する球体は、堅固な岩肌とどこまでも続く闇の中、渓谷に幻想的な命の物語を映し出しているようだった。





深淵しんえん渓谷けいこく中枢ちゅうすう


 辺りを照らす翡翠ひすいの光は、永久に続くようなこの渓谷けいこくで一体何処まで届くのだろうか?それは誰にも分からず、セリエやノーメン達にとって眩い光でも、暗所あんしょで暮らす生物達にとっては、視覚的要素は無意味である。


 大柄な体ながら小心者のノーメンには伝えなかったが毒の持つ特殊な成分により渓谷中の危険種達は我先にと捕食のため【蟲毒玉こどくだま】を持つセリエ達に狙いを定めるだろう。


「と、まぁ……こんな感じですよ?少しは心も晴れたでしょ?そんじゃおやすみー」


 一通りの説明を終えると見飽きたのか、セリエは重いまぶたを擦り付けながら仰向けになると、指先で球体を回しながら静かに眠りについた。

 終始軽快な口調で話してはいたが、【蟲毒玉こどくだま】事態は特定の生物でしか採取出来ない希少素材とされ、討伐+錬成を兼ねると【入手難易度level-Ⅳ】と言ったところだろう。


 先導者を自動追尾する風魔法に乗りながら眠りについたセリエに代わって、時には【王女プリンセス】を守る【騎士ナイト】のように振る舞い、またあるときは垂直な岩壁を登ったりと道無き道をがむしゃらに突き進む事、数時間が経過した。


無尽蔵むじんぞう】と言葉では表しているが、人である以上ノーメンにも限界というものはあり、幸いにも周囲には強力な生物反応がないため元々暴君殺戮タイラントデスワームの住み処であったであろう、直径7M程の穴蔵あなぐらで夜を過ごすことにし、出入口には外敵が入らぬように上面を切り崩すと、瓦礫が積み重なるように塞がる。


 用心のため子犬タイニードックに火を吐いてもらい奥行きと生体反応の確認をすると、余程巨大な個体だったのか数秒程経過し火の玉が壁に当たる鈍い音が壁と反響しながら耳元へ届いた。

 左手から魔力マナにより、貯蔵してある日曜雑貨や寝袋含む布製品等を出すと、壁面へきめんに沿って等間隔とうかんかくに地面へ木材を突き刺し、子犬の息吹きで松明たいまつの様に火を灯す。


 相変わらず空中で眠っているセリエのために簡易的な寝床を作り、一仕事終えた様に満足すると地べたに座り込む。

 人肌に近い温度の子犬を撫でながら、危険を伴う任務の事で物思いにふけていた、その時だった。

 巨大な地響きと共に最奥から入り口に向かって順番に火が消えていくのが分かり、未確認の生物は目にも止まらぬ速さでこちらへ接近し、ようやくその姿を確認出来た頃には互いに必殺の間合に入っていた。


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