第30話【子育て日記二日目】(精神の滝編その1)

 水へと叩きつけられた衝撃でお気に入りのサングラスは、見るも無惨むざんな姿に成り果てる。

 もはや元の原型はなく、流れゆく滝の道筋に沿って何処かへ消えてしまった。


「アハハハハハハハッ!!……もうやめてよお腹痛いたいからさ!!」


 ニッシャに水面みなもへ放り投げられたアイナは、余程可笑しかったのか柄にもなく腹を抱え高笑いをしている。

 自慢の黒髪ボブは、濡れたことによりつややかなその毛先が、新鮮取れたてで「黒光り」しているワカメの様になっており、その姿を見てミフィレンは、指をさしながら笑みをこぼす。

 2人の笑い声に共鳴する様に、無邪気に笑いだす赤子の三人は、まるで仲の良い三姉妹のように特別な空間を作り出していた。


(何か……ここに来てから色々あったが、案外悪くないかもな……)


 この2日間き使かわれ続けていたため、やっと一矢いっし報いたと思い、つられて笑おうとした矢先。

 その視界は「天井が地」へ「水面が頭上」へと引っくり返っている……いや、ニッシャだけが「天地逆転」していていたのだ。


「おーい!!ニッシャー!?何で逆さまなのー??」


 両手を可愛く振りながら私を呼ぶ天使の声が、聞こえ、咄嗟に手に持っていた浮き輪を錦糸卵ミフィレンに向かって放り投げると、両手を合わせた彼女の体に輪投げの様に「ぴったり」とおさまった。

 30M程離れた滝壺たきつぼの真上から重力に引っ張られるように垂直落下し、抵抗も受け身も取れずに激しい水飛沫みずしぶきを上げながら、体は水中へ一直線に沈み込むと、深さ5M程の床面に頭を打ち付けられあまりの痛さに「一瞬」気絶するが、「浮力」が働き水面みなもへと返ってくる。


お前アイナ私のこと殺す気かよ!!死ぬかと思ったぜ!!」


 滝の音に加えミフィレン達から遠く離30M程れているため、ニッシャの怒号どごうは聞こえず仕舞いだった。


「アイナ~?ニッシャなにか言ってるよ?」


 不思議そうに喋るミフィレンがそう問いかけ、アイナは「そうね。聞こえないわね」と手で口元を隠しながら笑うと、小さな指を手前へ折り曲げる。

 不思議な引力により物凄い速さでミフィレンの元へ移動するその様は、さながら【モーセの十戒】の如く、力なく両手を広げ水面すいめんを割りながら進むニッシャは、かろうじでボールを手に持っていたが、無事到着すると「壊れた人形」の様にぐったりと力なく寄り掛りながら思った。


(もうアイナにちょっかい出するのは、止めよう)

 そう、心に深く誓ったニッシャであった。



【精神の滝】


 屋敷とは到底思えない内装に最初は困惑したが、慣れてしまえばさほど悪くないことに気づき、緻密ちみつに計算され快適性かいてきせい利便性りべんせいに優れていることがわかる。


 一秒間に数tもの【癒しの水】が循環じゅんかんしながら流れ出ており、【水魔法】で作られている微細な粒子は、一種の【アロマテラピー】の様に部屋中に漂いながら本人達の気づかない所で、病んだ気持ちや小さな傷を【修復&改善】させ気分を穏やかにさせていた。


 すると耳を澄ませば、溢れでる激流が水上みなかみと衝突する音や明るい日射しが部屋中を照らしながら、まるで小さな鳥たちによる求愛のオーケストラに、若さがありそれでいて可愛らしい声が聞こえてくるではありませんか。


「ラッシーちゃん泳げるの?凄いね!!」錦糸卵ミフィレンは、15M程上空の天窓てんまどから差す光のベールに目を細くしながら流れに身を任せ、呑気に「ぷかぷか」と漂流物ひょうりゅうぶつの様に脱力しながらそう言った。

 自由奔放じゆうほんぽうなミフィレン達の10数M程離れた場所でも、絵になるような光景シーンが目の前にはあった。



「くたばりやがれえええぇぇぇぇ!!」そう言ってビーチボールに少量の火をまとわせさながら【火球かきゅう】を15M先まで投擲とうてきする朱毛が特徴なニッシャの顔は、何かに夢中になりたのしそうに、はしゃぐ子どもの笑顔そのものだった。


「あらあら……相変わらず品がないわね」呆れたようにそう呟くと、燃え盛る球体を右人差し指だけで止めると、回転を保ったままアイナの指にとどまる。

 左手全体を使い、優しくでるように力を加えると勢いは増していき、もはや先ほどまで火球と呼んでいた代物ではなくなっていた。

 それは、超高回転の【絶望と苦痛の業ニッシャ絶対に許すまじ】となり、足場がなく水の抵抗を直に受ける身ながら渾身の殺意を込めて投げ放つ。


 滝側にいるニッシャは、それを両の手で受け止めると足に力が入らないため勢いを殺しながらも後退してしまう。


「つうか、想像していた遊びの域を越えてんぞこれええぇぇぇ!!」

 高熱の球の周りは蒸発し立ち上る水蒸気とニッシャの悲痛にも似た声は、誰の耳にも目にも入らず徐々に滝へと近づいていく。


 このままでは、と思い、咄嗟に皿洗いの事を思い出したニッシャは球の中心へと力を送り込む。


【全体に力を込めるのではなく、中心に力を集中させ拡散させるのよ】

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