第29話【子育て日記二日目】(朝食編その4)

 我ながらなんでも卒無そつなこなしてきたし、手先だけは器用なつもりだったが現実はそうとは限らず、【感覚センス】と【魔力マナ】だけを頼りに生きてきた己を過信していたのかもしれないな。


 朝食が終わりせわしなく動く椅子達は、まるでプログラムされたように静かに定位置へと戻り、空中で次々と消えゆく皿達をただ呆然と立ち尽くし眺めていると、アイナの小さな体が目の前を通りすぎていくのが分かる


 細身の左腕で赤子をあやしながら、もう一方の手はミフィレンと繋がっていて、最初は、小さくて立派なお姉さん位にしか思ってなかったんだが、徐々に気づいてしまった……やることが、母親のそれだ。


(私も1児義理の母としてもう少し、【家事】と【育児】頑張んないとな……母親は子どものおかげで【母親】にしてもらったって何処かで聞いたっけ)


 扉付近まで歩き、突然立ち止まりとこちらを振り返えり見上げながら、子ども達に見せない顔つきになると睨みを利かせ発する。


「ボーッとしてないで次いくわよ。」


 そう、ひとこと言って再び正面へ向き直り、子ども達には可愛らしく「ニコニコ」と笑顔を振り撒いていた。


(私も女だが、ああいう八方美人みたいな母親って二面性あって怖いもんだな……)


 めげずに食後の一服を……と思い煙草を取り出そうとしたが、先を歩いているアイナが扉を開ける際、口に咥えた煙草と私を見て早く来いと言わんばかりに鋭い眼孔でこちらを見ていた。


「はいはい……わかりましたよ。いきますよ……」


 仕方なく火を着けるのを止め、胸元に煙草を食い込ませると、足早に【大広間】を後にした。


【屋敷内廊下】


 ニッシャは、まるで保護者のように、中々前へ進まない【錦糸卵ミフィレン】と【チビ魚雷アイナ】の小さな背中を眺めており、腹は膨れたが煙草が吸えず多少のイライラが溜まっていたため喧嘩腰に話しかける。


「んで……に1つ聞きたいんだけどさ?私に?」


「やっと気づいたか」と言いたそうな目を一瞬したが、二息ふたいき程の時間が流れてようやく口を開く。


「お察しの通り、貴女を


「私に修行?そんなの必要ないね!!」

 そう吐き捨てると指を鳴らす音と共に、口がくっついてしまい、追撃を喋れなくなってしまう。

 くぐもった声では何も伝わらず、頭の中で流れるアイナの説教まがいな有り難いお話を聞くしかなかった。

 一方のミフィレンは、お腹一杯で満足したのか「テカテカ」の顔は幸せそのものだった。


「貴女、自分が何をしたか分かっているのかしら……危険度level-Ⅳを産み出したあげく、あまつさえ討伐し損ねたのよ?協会内部は、自動修復オートリペアで多少の破損箇所は、まかなえるけど費用だって無償タダじゃないのよ?」


(被害なんて知ったこちゃないし、負けたのだってあれは私のせいじゃないからね?ちゃんと本気出せば勝てましたよ~だ!!)


 くどくどと怒るアイナに対して、大人げない態度を取り続け、大きな身振りを交えて必死に抵抗しようとしたニッシャだったがそれも虚しく雑音となるだけだった。



 満腹感と一時いっときではあるが心が満たされているのを感じながら、目の前を歩く小さな人がだんだんとヒートアップしていき、【怒られ続けること10数分後】私は、久しぶりの口呼吸と共に一本だけ許された煙草をありがたく吸いながら胡座あぐらをかき、目先の光景をただ呆然ぼうぜんと眺めていた。


 説明すると長いのだが簡単に伝えるとするならば……【屋敷にそぐわない場所】ってところかな。


 部屋の手前でズラリと並ぶ衣装部屋で三人共、好きな水着に着替えた。

 いつも通り髪を後ろで束ねたミフィレンとラシメイナは、全身をおおう「蒼」と「金」色のボーダー柄の一枚物を着用しており、肝心の私はというと、露出度少なめで上下「白」色だけのシンプルな水着を選び、ビーチボールと浮き輪を小脇に持っている。


 隣で二段上がった床に腰掛けているアイナは、くるぶしまで足湯のように浸かり、片手で優雅ゆうがに紅茶を一口飲みながら、平然とこの状況を楽しんでいる。

 紫色のサングラスを頭に乗せている黒髪ボブが言うには、部屋の広さは40M四方で手前から10Mは比較的浅いため小さな子どもでも安心らしい。

【部屋の最奥に滝があり、高さ10M幅30M深さ60CM】で人工的かつ一般家庭仕様の【精神の滝】って部屋らしい。



【滝行の部屋】


 水の温度は人肌と同等で設定されていて、小さな子どもでも沈まない造りになっており、胸元辺りになると「浮力」が働く仕組みになっているらしい。


 水着に着替えた赤子とミフィレンは、楽しそうに水遊びをしていてそんな幸せそうな光景無を眺めながら吸う煙草は、「旨い!!」そう染々しみじみと感じていると、アイナが口を開く。


「貴女疲れているでしょ、リラックスついでに子ども達と遊んできたら?いいから思う存分楽しんで来なさいよ。」


 時折ため息をつき遠くを見つめており、毅然きぜんとした態度でそう言うとティーカップの中の紅茶を時計回りに動かしだす。


「いや……お前アイナ!!」


「へ?ちょっ……下ろしなさいよ!!ねぇ!?」


 そう言って、アイナを肩に担ぐと多少の抵抗はされたがミフィレンたちの方へ放り投げる。

 着水して飛び散る「水飛沫みずしぶき」と粉々に砕け散る「サングラス」、それを見て笑う子ども達のおかげで、ずぶ濡れのアイナも少しだけ笑っている気がした。

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