第5話【ある小さな絵描きさん】(3)

兎が洞窟に向かい、雷を放つが間一髪の所で、右へ逸れる。

興奮状態にあるのか、地響きがするほどのうねり声をあげるとニッシャの周囲が無数に光出す。

咄嗟に、光らぬ方へ足が赴いた……それが、奴にとって絶好のチャンスだと気づかずに。


光を避けた私は目の前で起こる、眩い閃光と雷音で視覚はおろか、聴力を一瞬失ってしまい、兎は勢い良く回転すると、自慢の尾を使い私は地面に叩きつけられた。


(熊からのダメージ、右手への負担それに続いて兎のビンタとは、我ながら笑えない。

しかも外は生憎の雨で、私は死にかけている。もう、駄目かもな。)


止まない豪雨、鳴り止まぬ雷鳴、そこに微かに聞こえるのは、幼い少女の声だった。


「ニッシャー!!がんばれー!!負けるなー!!」


体中もうボロボロでとても立てる気力なんてなかった。でも何故だろう?

あの小さな体で精一杯応援何てされたら、立たないわけにはいかないよなぁ。


【Ⅱ速まで】〔05:00〕


兎の王は不思議だった。通常この攻撃を受ければ、倒れる筈の生物がなぜか立っている。

理解出来ない感情がその心を奮い立たせる。

だが相手は、手負いでありもう倒れていてもおかしくない状況に戸惑いながらも再びその体に向かい突進をする。


気力で立ってるのが、やっとのニッシャはただ立ち尽くすしかなかった。それは、偶然か必然なのか?

そこに、現れたのは先程出会ったあの

【超大型熊】とその他多数の動物達だった。

子を思う気持ちに感化された熊達は自らの森を守るために自分よりも危険な生物に立ちはだかったのだ。

不思議な事に他の動物達も、兎に向かって攻撃をする。


大木たいぼくいのしし〕=【危険度level-Ⅱ】

(体は樹齢何百年の幹のような太さを持ち、その体躯から繰り出される突進は大木をも揺るがせる)


蔦狸つたぬき〕=【危険度level-Ⅰ】

(小さいながら、体に自生している植物を使い狩りや身を守るために使う)


氷栗鼠こおりす〕=【危険度level-Ⅰ】

(美しい見た目と、その珍しさから森の宝石とされている)


またも、自分の思い通りにいかない兎は体内の電圧を高め、体中を巡らせた。

分厚い毛皮と脂肪に覆われた熊でも効いたのか鈍い声をあげると負けじと両の爪で、兎の肉をえぐりだす。


【Ⅱ速まで】〔03:00〕


私は、熊にふらふらになりながらも一礼をし、右手を庇い足を引きずりながら、ミフィレンの元へ歩き出す。雨で体が濡れているが、無数の蒸気がニッシャから流れ出る。

熊と兎の攻防が熾烈を極める中、一歩、また一歩と着実にミフィレンの元へ歩みだす。


「ニッシャー!!熊さーん!!みんながんばれー!!」


小さな応援団は私を勇気づけてくれた。

「ありがとうな。お前にまた救われたよ」


【Ⅱ速まで】〔00:30〕


熊はよたよたと倒れ、そこには体中を巡る電気が放電するかの如くその身を光らせる兎がいた。


(もう少しだけ、時間があれば……)

ミフィレンは両手を広げ、ニッシャの前に立ち、暴走している兎の前へ立ちはだかる


「これ以上、みんなをいじめないで!!あなただって傷つくから!!」


兎はこんなに小さな命にも歯向かわれていると思い込み、全身全霊をもってミフィレンに向かい雷撃を放つ。

地を這うように凄まじい轟音と共にそれは小さな体へと吸い込まれるように向かい始めたその時だった。

【パチンッ】という音と共に、あれほど大きな雷撃が瞬時に消えたのだ。


「1つ貸しだぞ……」


ノーメンはそう言うと、まだ先程のダメージが残っているのか気絶した。

「この礼は、きちんと都でしてやるよ。ありがとうな」


【Ⅱ速開始】【00:00 stand-by


ニッシャの体が燃え上がり、己の魔力を発火させることで、全身に巡らせその身は小さな活火山が如く活動を開始する。

折れた右手は急速な魔力供給により元に戻ってゆく。


その魔力の名は、【火速炎迅かそくえんじん


「多少のお痛で済むと思うなよ!!」


雷尾兎ラビットと呼ばれる所以はその尻尾にあり、雷を帯びた強靭な尾はあらゆる物理から身を守る……がニッシャの拳も例外ではなく、初撃は跳ね返されてしまう。


炎武えんぶ一の段‐一火次炎ひかじえん


一撃また一撃と重ねる事に、徐々にだが小さな種火は勢いを増し、兎の体を押し始める。

「吹っ飛べ!!」と叫んだと同時にその身が炎に包まれ、燃え上がりながら勢いよく吹き飛ぶ姿は、まさに【脱兎の如く】一目散に逃げていった。


心配そうに涙ぐむミフィレンとその横で寝てる巨体、助けてくれた熊や他の動物達。そして満身創痍の私……

魔法を解除すると、体から魔力が放出され空へと昇る。


曇天だった空は、どこまでも広がる青空がそこにはあり、兎が逃げた先は、綺麗な「畦道」となっていた。

「んまぁ、久しぶりにしては、悪くない気分かな」

懐に隠してある煙草を咥えると煙を上へと吹き付け、空を見ればまたいつも通りの晴れ模様がうかんでいた。


「なんか、シケッてんな。これ……」


~それから数日後~


私は、数年ぶりとなる都へ赴くことにした。

ちょっとした憂さ晴らしと、あの子に外の世界をみせてやりたかったんだ。


「ほら、支度は出来たか?もういくぞ!!」

小さくうずくまり馬の尾の様にゆらゆらと揺れる1つ結びの髪の毛は地面に何かを彫っていた。

その指先を見ると、確信した。


「ミフィレンは、やっぱり絵が上手いな」


 そこには、2人の絵の他に熊の親子や他の動物達と兎達、それとノーメンの姿が描かれていた。サイズ感はちぐはぐだが決まって笑顔で手を繋いでいた。

そう言って、くしゃくしゃに頭を撫でると手を繋いで魔法協会がある都へ向かった。


 晴れ渡る空には1つの雲がない満天の快晴であり、嵐の後の静けさが如く。

7色の個々に煌めく虹が森と都を繋ぐ橋のように、2人の門出を祝っていたのでした。

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