第31話 ピーカン島

「これは......壮観だな」


 ネクルメ港を発って数時間。波に揺られ、雨に打たれ、嵐の中ソラ達はピーカン島の手前、約100メートル地点までやって来ていた。

 その眼前にはおよそ5~30メートルまで、大小様々な大きさの渦潮が存在した。


「兄ちゃん! そろそろ頼む!」


「分かりました!」


 船首に立ち冒険者ブックから海竜の鈴を取り出しそれを鳴らす。


「ふにゃ~!」


「ぅおっと、危ね。大丈夫か」


 突風にフィンが飛ばされそうになるがソラの服を掴み耐えた所を腕で抱える。


「あ......危、あぶぶ」


「とりあえず大丈夫、かな......」


 フィンの無事を確認してソラは再び鈴を鳴らす。

 しばらくしてソラ達の近くの物から渦潮が消えて行く。


「よし、進むぞ」


 そう言うとカイエンは船に魔力を流し込みエンジンを始動、発進させる。


「さて、気を引き締めて行きますか」


 船は島へと近づいてゆく。


ーーーーーーーー


 時はしばらく遡り、ソラ達がネクルメにたどり着く2日前。


「本当に行くのかい、お嬢ちゃん?」


「はい、もちろんです」


 ショートカットの黒髪の少女――サクラはここまで連れてきてくれた船長にそう答える。


「聞いているとは思うが火山が活動を始めているからこの先おそらく一月は迎えに来られなくなる。いつ噴火するか分からないうえに逃げ道も無くなるんだよ?」


「それでも、です!」


「......そうかい。それならもう何も言わない」


 サクラは船から桟橋へと飛び降りる。


「噴火が終われば船を出せるようになる。あそこに見える小屋に連絡用魔方陣が有るからそれを使って迎えを呼ぶと良い」


「分かりました。ありがとうございます」


「気をつけてな」


 感謝を述べお辞儀をするサクラにそう声をかけ、船長は船を出した。

 船が離れていくのを見届けてサクラ達は動き出した。


「よーし、行くよ、レイ」 


「ダメよ」


 やる気満タンで歩き出すが肩に座っていたレイ――藍色の長髪、目、ワンピ-スの妖精――に出鼻をくじかれる。


「なんで~」


「何でじゃ無いでしょ。魔法使いは魔力が無くなったら戦闘力が激減するから回復出来るときにしておくようにって言ったでしょ」


 もちろん、魔力が無くなっても戦うことは可能だ。しかし、その攻撃力は魔法と比べて大幅に劣る。さらに防御力も魔法への耐性に偏っているため物理的攻撃には弱い。そのため、魔力を切らさない事が重要となる。ただし、鍛え方や一部の職業等、例外は存在する。


「ブー」


「文句が有ってもダメな物はダメよ。船の魔物よけ障壁に半分近く使っちゃったんだから、そこの小屋で休ませてもらいましょ」


ーーーーーーーー

数日後


 サクラは小屋を揺らす風の音で目を覚ます。


「すごい風......」


 外の様子が気になり窓から覗くと大小様々な大きさの渦潮が発生していた。


「――ッ! ねぇねぇ、レイ! 見てみてすごいよ外!」


 サクラは圧巻の光景にその場で飛びはね子供のように興奮しながらレイを呼び起こす。


「......ふぁ。これなら船を出せないのも納得ね」


 呼び起こされたレイはサクラの隣へ行きながら一つ伸びをしてそう言った。


「雨も降ってきそうだし今日は予定変更ね」


「レベル上げしないの?」


「雨に打たれながらの戦闘なんてしたくないでしょ」


「でも最低でもあと5は欲しいって言ってたでしょ?」


 サクラは現在魔法使いから魔術師へとクラスチェンジを済ましておりレベルは40になっている。

 しかし魔法主体の戦いかたは同じのためそのダンジョンの推奨レベルよりも上の状態で挑むようにしていた。

 ちなみに2人がこれから挑む溶岩の洞窟の推奨レベルは40である。


「奥まで進まず入口付近ならおそらく大丈夫よ。向こうはダンジョンから出てこられないし、入口の近くにテントを張ってがんばりましょ。

 入口は洞窟の中だから雨風も防げるし」


「あの少し広くなってた所だね」


「それじゃあ朝御飯にしましょ」


「朝御飯!」


 その瞬間サクラのお腹が盛大に鳴り響く。


「しっかり食べてがんばりましょ」


「うん!」


 微笑しながらそう言ったレイにサクラは元気よく返事をすると2人で準備を始めた。


ーーーーーーーー

数日後


 ここ溶岩の洞窟は火山の火口に近い位置にあるためその名の通り所々から溶岩が溢れだしている。そのお陰か松明等が無くとも見える程度に明るくなっている。


「......アイスニードル!」


 サクラの頭上に鋭く尖った氷の塊が複数生成され、前方にいた炎を纏ったコウモリ――ファイアバットへと飛んで行きその体を貫く。


「この辺の魔物はあれで最後ね」


 周囲の探知をしていたレイがそう言うとサクラは杖――白虎の牙と爪から作られた白と黒が先へと渦巻く20センチほどのもの――をしまい、その場に座る。


「完全詠唱破棄難しいよ~」


「アイスニードルの完全詠唱破棄はまた駄目だったのね」


「時間が足りないんだもん」


 この世界の魔法発動プロセスは自身の魔力に術式を付与し放出するというものだ。それは

1、術式の構築

2、魔力への付与

3、放出

という3段階に分けられる。

 そして習得した魔法は口に出して詠唱をすることで2段階目までが自動で行われる。


「戦闘中じゃなければ出来るんだから!」


「攻撃魔法なんだからそれじゃ意味ないでしょ」


 逆に口に出さず頭の中で詠唱した場合は1段階目までが行われ、これを詠唱破棄。そして頭の中でも詠唱をせず3段階全てを自分で行うことを完全詠唱破棄と呼んでいる。


「それに、詠唱破棄は戦う相手に使う魔法を悟られないっていう利点もあるんだから。出来るようになったほうがいいの」


「分かってるよ。だからこうして特訓してるんだし......」


 ちなみに完全詠唱破棄になると同時に複数の魔法を発動することが出来るという利点がある。技術的にサクラが行えるようになるのはまだまだ先ではあるが......


「さぁ、最奥まではあと少しよ。しっかり休んで備えましょ」


「うん」


 しばらくして魔力が完全回復し先へと再び進み始める。

 そして数度の戦闘がありつつも最奥の部屋の手前へとたどり着く。


「ねぇ、レイ。どこからどう見ても何も居ないんだけど......」


「おかしいわね......」


 そっと部屋の中を覗き込み様子を伺う2人。その部屋は半分程が火口の中に突き出しており、その先端部に第1の試練に挑戦したときと同じ扉が立っていた。


「簡易マップにも確かに魔物の反応があるのに......」


「その反応が間違ってるとか?」


「それはあり得ないわ。反応がある以上必ずそこに居るはずよ」


 しかし、その後も様子を伺っていたが魔物が現れることは無かった。


「良し、決めた!」


 突然、サクラはパンと両手を合わせてそう言うとレイを抱き抱える。


「ちょっと、何するつもり!」


「走れば魔物と会わずに扉潜れるかなって!」


 そう言うや否や、サクラは扉に向かって走り出す。


「駄目よ! 今すぐ戻って!」


「大丈夫、大丈夫!」


「大丈夫じゃ......無いわよ!」


 レイはサクラの腕の中から脱し顔の前へと移動し足を止めさせる。


「たとえ扉まで行けても魔物を倒さないと扉は絶対に開かないのよ!」


「えっ!」


 その言葉にサクラが驚いたその時、2人が通って来た部屋の入口の上部の壁が崩れ大量の岩が落ちる。


「来るわよ! 構えて!」


 レイにそう言われ、慌てて杖をその手に出現させるサクラ。

 「いったいどこから」と、そう警戒をしようとしたその時、崩れて重なった岩の方から音が発生かと思うとその岩が動きだし、重なり、くっつき、顔の部分の無い人形へと成っていく。但し――、


「大きい......」


 体長は8メートル近い巨体だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る