第30話モテモテな俺だがぼっちを演じよう 其の6・反省会
「うん、もういいや、カメラ止めてくれる」
俺がそう言うと、本番中は俺を白い目でさげすんでいた一般生徒役の連中や、不良役の連中どもが、俺の機嫌をうかがう表情をしている。
台本では、いじめられている俺のおかげで学校運営がうまくいっていることを、誰一人としてわかってやいなかった。が、実際のところは、俺がいなければ、撮影も、この異世界そのものも何にひとつうまくいかないと言うことを、この場にいる全員が理解しているのだ。
当然、台本では、俺にさんざんいちゃもんをつけて、風紀委員長の権力を見せつけていたモラリティちゃんだって例外ではない。
「その、イセカイ、本当にあれでよかったの。イセカイの指示通りに私はやったけど、あの演技を見て面白がる人がいるとは思えないの。イセカイ、あなたはこれを見て本当に面白いと思えるの?」
こんなことを俺に言ってくるモラリティちゃんである。そりゃあ、風紀委員長の権力を好き放題に使って、弱い立場の人間をいじめ倒しているモラリティちゃんには、ただ主人公のぼっちがいじめられるあの舞台を見ても、なにがなにやらよくわからないだろう。
いじめるほうが主人公ならともかく、いじめられるほうが主人公なんて、いじめっこがわのモラリティちゃんが見たって、感情移入できないのはわかりきっていることだ。もちろん、全てにおいてこの異世界でナンバーワンである俺だって例外ではない。
だが、自分が見て面白いものを作るだけで喜んでいるようでは、舞台の作り手としては三流もいいところである。人に見せるものを作る以上、見る人が面白いと感じてくれなければ意味がないではないか。
そんなことを、俺は主演女優のモラリティちゃんに言ってやるのだ。
「いいや、俺には、この舞台の主人公である、いじめられっこのイセカイ君みたいな立場にはなったことがないからね、少なくともただの視聴者としてだったら、この舞台を見ようとは思わないね。たぶんモラリティさんもそうなんじゃあないかな」
「じゃ、じゃあなんで、こんな台本をつくったのよ、イセカイ」
で、俺は今回の台本を作った理由を説明するのだ。主演女優のモラリティちゃんだけでなく、周りにいるエキストラやスタッフにも聞こえるように。
「いいかい、確かにこの俺は、今回の台本の主人公みたいな仕打ちを受けたことはない。おそらく、モラリティさんもそうだと思う。でも、世の中、みんながみんな、俺やモラリティさんみたいな人生の勝利者ばかりじゃあないんだよ」
「どういうことよ、もっとわかりやすく説明してちょうだい、イセカイ」
まだ、モラリティちゃんはピンときていないようだ。まあ、俺の演出の意味を理解できる人間などそうそういるものではないから、しかたがないことなのかもしれない。しょうがない、もっとわかりやすく説明してやるか。
「だからね、この世界の大多数の人間はね、多かれ少なかれ、ああいった理不尽な経験をしているものなんだよ。舞台では、演出としてかなり大げさにしたけどね。で、そんな理不尽な経験をした人間があの舞台を見てね、『ああ、自分以外にもつらい経験をしている人間がいるんだ。いや、この主人公のほうがはるかにみじめじゃないか』なんてことを思ってくれて、生きる希望を持ってくれればいいなと思って、今回の台本を作り上げたんだ」
「つまり、私やイセカイが見て楽しむために、この舞台をつくったわけではないということなの」
やっと、モラリティちゃんにも、俺の舞台の意味が分かったようだ。で、俺はモラリティちゃんの言ってやるのだ。
「そうだよ、モラリティさんには、自分が見てもピンとこないような舞台の主演女優をさせてすまないと思っているけどね」
「いいえ、イセカイ。すばらしい台本よ。イセカイがすまないと思うなんてとんでもないわ。私、やっとわかったわ」
俺が台本にこめた意図を、モラリティさんが理解したのならそれでいい。俺はそう言ってやることにしたのだが……
「それはよかった。俺もモラリティちゃんが俺の台本の本当の意味をわかってくれてうれしいよ」
「そうじゃなくて、イセカイの言う通りにしていれば、すごいものができるってわかったのよ。私なんかがごちゃごちゃ言うなんて、おこがましいことだって。イセカイは、頭の中ですでに完成形を作り上げているんだから、私はそれを実現させるために、ただ黙ってイセカイのいう事を聞いていればいいんだって」
へえ、俺みたいなとんでもない才能を直視してしまうと、モラリティちゃんみたいな凡人は、そんな気持ちになるのか。となると、モラリティちゃんよりもさらに劣るエキストラどもはどんな感想を持つのだろう。そんなことを俺が考えていると、周りのエキストラどもがざわつき始める。
「この作品にそんな深い意味があったのか。すごいや、イセカイ監督は。あんな最高の監督の下で働けて、俺たちはなんて運がいいんだ」
「あたしたちは、余計なことなんか考えずに、ひたすらイセカイ監督の手足となっていればいいんだわ」
そういうことだ。凡人がごちゃごちゃ考えたって、無駄に終わるどころか、事態を悪くするのがせいぜいなのだから。
と、俺が満足してこの場から立ち去ろうとすると、俺の舞台の下準備をしてくれていたスタッフAであるシンマイちゃんが、走ってきて声をかけて来た。
「あ、あの、イセカイ監督。ありがとうございました。あたしも、いろいろきついことがあって、この仕事やめようかと思ったこともありました。けど、イセカイ監督がこんなあたしたちに向けて作品を作ってくれて、あたしたちをはげますような作品を作ってくれて、元気が出てきました。その、本当にありがとうございます」
そんなシンマイちゃんの行動に、一瞬この場の雰囲気が凍り付く。主演兼監督であるこの俺に、下働きの雑用係が声をかけて来たのがだから、それも当然だろう。
シンマイちゃんは、俺に『監督に向かって直接話しかけるなんて、十年早い』と言われたって、何の文句も言えないのだから。
だが、俺はそんな器量の狭い男ではないのだ。
「こちらこそありがとう、シンマイさん。俺の作品にこめたメッセージが君にも届いたみたいでうれしいよ」
俺がそう言うと、シンマイちゃんは感激のあまり、何も言えなくなってしまう。
そして、ほかのスタッフ連中は、したっぱスタッフにも親切にしてくれる主役兼監督である俺を、神様でも見るかのような目であおぎみるのだった。
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