第26話モテモテな俺だがぼっちを演じよう 其の5・本番

「ええと、イセカイ君だっけ。君ももう子供じゃないんだからさ、社会での生き方と言うか、身の程を、わきまえてくれないかな」

「も、もうしわけありませんでした。二度とメディカル様に近づいたりはしません」


 と、ていねいな物腰でお願いをしているのは、黒服にサングラスをつけた、いかにも裏の交渉ごと担当といった格好をした方々のうちの一人である。大学病院ともなれば、こう言った役割の人間もいるんだと、存分に思い知らされた。


 で、そう言ったこの世界のルールというものを、はっきりと思い知らされて、ペコペコあやまっているのが俺である。その顔は、鼻血を出しながら目をはらして、歯も、二、三本折られている……わけではない。いわゆる、証拠を残さないような痛めつけかたをされた、と言うやつだ。


 後にケガを残すような痛めつけかたをしては、それこそどんななんくせをつけられるか分かったものではないということを知っている、『俺たちはプロなんだぞ』という事がはっきりと伝わってくる痛めつけ方をされたのだ。


「まあ、君の気持ちもわかるよ。君みたいなのが、メディカル様みたいなお嬢様に手当てされたら、舞い上がっちゃう気持ちも理解できなくもない。けどね、すこし調子に乗りすぎちゃったみたいだね。いくらなんでも、君みたいなのがメディカル様と恋愛関係になるっていうのはねえ……」


 そんなことを、苦笑しながら俺に言ってくる黒服だ。言葉にこそ出してこないが、『身の程ってものをわきまえろよ、このクズが』と言いたいだろうってことがはっきりと伝わってくる。


 俺がバカだったんだ。ケガをしたら、聖女みたいなメディカル様に手当てしてもらった。だからって、俺みたいな異世界に召喚されたのはいいけど、何もできずに、召喚される前と同じようなぼっち生活を送っているダメ男が、なに変な希望を夢見てしまったんだろう。


 ケガはとっくに治ったのに、メディカル様を出待ちしたり、あまつさえ話しかけるなんて、なんて俺は身の程知らずだったんだろう。周り中から白い目で見られているとも気づかずに、そんなバカなことをしでかし続けた結果が、この黒服たちによる制裁というわけである。


「そういうことだから、わかるよね。イセカイ君。おじさんたちもあんまりひまじゃないんだから、余計な仕事増やさないでよね」


 そう言いながら、黒服の一人が俺の両肩をつかんでくる。余計な仕事と言うのがどんな仕事なのか。この黒服たちは、どこまでやってしまう人たちなのか。この異世界に召喚されてされて、ろくに人と話をせずにいた結果、この世界の仕組みというものをちっとも理解してこなかった俺には、わかりやしないし、わかりたくもない。


 ただ一つわかったことは、俺みたいなクズにもやさしくしてくれるメディカル様だが、その裏ではしっかりと、おいたがされないよう監視の目が光っていると言うことだ。


 俺はもはやガタガタ震えながら、ただうなづくだけである。

 

 そんな俺を、黒服たちは満足そうに見ながら去っていくのだ。


 で、その後俺は教室でじっと息をひそめて、存在感をなくすことだけに全神経を集中していたのだが、クラスの連中がひそひそうわさ話をしているのが、どうしても耳に入ってくる。うわさが広まるのはなんて早いんだろう。いや、これもメディカル様のご実家である大学病院の力なのか。


「なあなあ、イセカイがメディカルさんにストーカーやって、お付きの人たちにきついお説教食らったって、マジなのかな」

「マジなんじゃね。だって、イセカイのやつ、今日はやたらおとなしいじゃん。いつもは何もできないくせに、うざさだけは人一倍のイセカイが」


 そんな話し声が聞こえてくる。この世界に召喚されたばかりのころは、きっと俺にもどこかで活躍できると信じて、いろんなことにチャレンジしてきたのだ。だが、やることなすことうまくいかなかった。その結果が、何もできないくせに、やたらと出しゃばってくるうざいやつというレッテルであり、この現状である。ひそひそ陰口を叩かれるこの現状だ。そのうわさ話は、一向におさまる気配はない。


「だとしたら、ざまあみろだよなあ。けど、なんで身のほどってものがわからなかったのかねえ。もし僕が、イセカイみたいな何もできないステータスで生まれたら、他人に迷惑をかけないようにおとなしくしているか、絶望して自殺するかのどっちかだっていうのに」

「ほんとだよ。よりにもよって、自分には何かできるはずって信じ込んじゃってるから、行動力だけはあるんだよ、イセカイのやつは。それで実力をともなってないもんだから、ただ周りをいらだたせるだけなのに」


 そんなふうに俺がうわさされるようになったのは、ちゃんと理由があるのだ。子供の時から、『夢を持つのはすばらしいこと。誰だって何かができるはず』なんて希望に満ちたことを聞いて育てば、俺みたいな無能は勘違いしてしまうんだ。


 なぜ、現実ってものを早く俺に教えてくれなかったんだ。俺に身の程をわきまえさせてくれなかったんだ。


 そう俺が絶望していると、教室にメディカル様が入ってこられる。俺なんかとは正反対の存在だ。ただまぶしい。あんなかがやかしい存在に近づいてしまっては、俺みたいな日陰者はあとかたもなく消え去るのがわかりきっているのに、どうして俺はあんなバカなまねをしてしまったんだろう。

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