第21話モテモテな俺だがぼっちを演じよう 其の3・反省会

 ごっくん


 俺はつい先ほどまで、あんなに食べるのをいやがっていたタコとゴボウを、いともあっさり飲み込むのだ。


 タコの踊り食いであるが、足の一本くらいなら、食べるのもどうということはない。とれたてらしく、海水の風味がいい感じの塩加減となって、たいへん味わい深いものとなっている。タコさんには少しかわいそうだが、まだぴんぴんしているし、足の一本くらいまたはえてくるだろう。


 ゴボウも、きちんと下ごしらえしておいたから、生と言っても、サラダみたいなものだ。


 この二つが合わさったところで、ちょっとワイルドなシーフードサラダくらいにしか俺は感じない。そんなシーフードサラダと前菜の納豆をおいしくいただいて、俺は高らかに宣言するのである。


「うん、もういいや、カメラ止めてくれる」


 そんな俺を、取り巻きを演じていた周りのエキストラどもは、まるで神様をおがませていただいているように見つめている。


「すげえ、さすがイセカイ監督だ。あんなえぐい食べ物を、演技が終われば涼しい顔して飲み込んじゃった」

「いやいや、演技を終えた後の、なんてことなさもすごいけど、本番中の、あの迫真の演技もすさまじいよ。あんななさけないいじめられっ子を、さも本当のいじめられっ子みたいに演じちゃうんだから。あのスーパースターのイセカイ監督がだよ。才能って不公平だよなあ」


 そんなうらやましがるしか能がないエキストラどもの感想を聞きながら、俺はスタッフAに声をかける。


「ああ、君、シンマイさんだったっけ。この前俺にタオル渡してくれた。このタコさん、君が世話してくれるかな。足は一本俺がかみちぎっちゃったけど、そのうちまた生えてくるだろうし、俺の監督作品に出演してくれたんだから、それなりのアフターケアをしておきたいんだ」

「は、はい、よろこんでやらせていただきます」


 そう言って、シンマイちゃんは、ゆでタコみたいに全身を、照れ臭さと光栄さで真っ赤にして、俺の頼みをきいてくれる。ああいうかいがいしく働いてくれるスタッフさんは俺好みだ。実に気分良く舞台を作り上げられる。他のスタッフも見習ってほしいものだ。


「えええ、イセカイ監督に名前を覚えられるなんて、あの子、出世間違いなしだよ。今のうちにゴマすっとこうかなあ」

「イセカイ監督に気に入られたら、それだけで将来の成功を約束されたようなものだからなあ」


 そんなふうにうらやましがっているだけでは、何も変わらないのだぞ、その他大勢君たち。


 で、一応はこの名監督である俺に、名前のある役をあてがわれて、主演女優をやらせてもらっているデリシャスちゃんが、俺のご機嫌うかがいにやってくる。


「あ、あの、イセカイ。どうだったかな、本番中の僕、何かまずいところなかったかな」


 当然、俺は度量の大きいところをアピールする。ちょっと気に入らないことがあったからって怒鳴り散らすのは、三流のすることである。


「うん、よかったよ、デリシャスさん。演技も、文化人であることを鼻にかけた、嫌味ったらしい上流階級の、一般人への見下しっぷりがよく出ていたし、デリシャスさんが俺と一緒に作ってくれたあの食材も良かった。やっぱり、実際口にするものだから、信頼できる人間が作ったものじゃないとね。悪いねえ、主演女優のデリシャスさんに、舞台の下準備までさせちゃって。でも、こんなことを頼めるだけの料理の腕を持った人間、俺はデリシャスさん以外に知らないからさ」

「そ、そんな、イセカイのためなんだから、演技以外のこともするのは当然のことだよ」


 そんな俺とデリシャスちゃんのやりとりを聞いて、あたりの一山いくらどもから、こんな声が聞こえてくる。


「うわあ、あこがれちゃうなあ。主役兼監督のイセカイ君と、主演女優のデリシャスさんとが、本番前に、舞台の打ち合わせをしながら、小道具づくりなんて、これで恋愛映画が一本作れちゃうわよ」

「何言ってるんだよ、監督でありながら、小道具のひとつひとつにいたるまであのこだわりよう。だからこそ、イセカイ監督はあんな素晴らしい作品を作り出すことができるんだ。あのてっていしたクリエイターっぷり、尊敬しちゃうなあ」


 そんなエキストラどもの感想はともかく、俺はデリシャスちゃんに何としても言ってやりたいことがあったのだ。打ち合わせの時からずっと。


「ねえ、デリシャスさん。最高の映像が撮れたことだし、この後最高のディナーとしゃれこまない」

「うん、するする。しゃれこんじゃう」


 二つ返事でオーケーするデリシャスちゃんである。周りの反応はこんな感じだ。


「わあ、ロマンチック。主役兼監督と主演女優が、本番の後にお食事かあ。どんな会話がくり広げられるんだろう。あたしのまずしい想像力じゃあ、とてもイメージできないわ」

「そりゃあ、もう、エレガントでペーソスのきいたウィットに決まってるよ」


 で、俺はデリシャスちゃんに言ってやるのだ。


「メニューは、納豆にタコにゴボウだよ。嫌がる俺に、デリシャスさんが無理やり食べさせたやつね」



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