第19話モテモテな俺だがぼっちを演じよう 其の3・打ち合わせ

「さ、さあ、イセカイ、どんな料理を食べさせてくれるんだ。この僕に、どんな快感を味わわせてくれるんだ」


 そんな自分の欲望をあけっぴろげに俺に向かって言ってくるデリシャスちゃんである。二人きりで俺の部屋にいて、いったい何を期待しているというのだろう。で、俺はそんないやしんぼなデリシャスちゃんに言ってやるのだ。


「いやその、デリシャスさん。もうしわけないんだけど、次回の台本の打ち合わせをしたくて、君を俺の部屋に呼んだんだけど……」


 そう聞いて、あからさまにテンションを下げるデリシャスちゃんである。


「そ、そうなんだ。あ、いや、僕はイセカイの頼みだったら、なんだって聞くよ。ただ、ちょっと僕が期待していたことと違って……」


 そんながっかりしているデリシャスちゃんに、俺は今回の台本には、ぜひともデリシャスちゃんの力が必要なことを伝えるのだった。


「それはごめんなさいだけどね、デリシャスさん。今回は、ゲテモノを食べさせるイセカイ君を演じてみたいんだ。それには、この世界の料理にくわしいデリシャスさんの協力がなんとしても必要なんだ」


 すると、デリシャスちゃんのテンションがみるみるうちに上がっていく。鼻なんかもヒクヒクさせちゃっている。


「しょ、しょうがないなあ。でも、そんな頼み、代々にわたって、王宮料理長をつとめてきた、ゆいしょただしい家柄のこのデリシャスにしかできないものね。だったら、やるしかないじゃない」


 そんなことを、ぺったんこの胸をはって言うデリシャスちゃんである。なんてことを俺が思っていると、デリシャスちゃんが質問してくる。


「で、ゲテモノってどういうことなの、イセカイ」


 どうも、デリシャスちゃんは俺のやりたいことをわかってないようである。


 いやがる相手に、むりやりなにかを食べさせるというのは、いじめにおいてよくあるパターンである。『ひよわなガリ勉やろう、カルシウム取れよ。そういや、チョークの主成分って炭酸カルシウムなんだってな。じゃあ、チョーク食べれば少しはマシになるんじゃね』なんて言いながら、弁当箱にチョークの粉をかけるなんてのはよくある話だ。


 ところが、最近はこう言った明らかに食用でないものを食べさせるのは、警察ざたになりかねないということが現代日本では広まってきたようだ。できればもう少し早く広まってほしかったが、まあもういいだろう。


 で、今ではゲテモノ、つまり虫とかそう言った、世界のどこかにはそれを食べる人もほんの少しはいるものを食べさせるというのが、いじめの方法としてスタンダードになってきたのだ。


 さいわいというかなんというか、世界のゲテモノ珍味なんてものは、現代日本ではネットでいくらでも調べられるし、これなら教師の方々も、『なんだ、異文化体験か、楽しそうだな』なんて安心して見て見ぬ振りができるというわけだ。


 で、そんなことをこの異世界で演じるとなれば、デリシャスちゃんでも口にいれるのをためらうような、日本のあまり外国人向けではない食材を使うことになる。ちなみに、なんだかんだあって、この異世界でも日本の食材は用意することができた。


 そう言ったことをデリシャスちゃんに説明すると、デリシャスちゃんは、俺が用意して見せた日本の伝統的食材から、印象が悪い意味で強烈だったものを思い出しながら俺に話してくる


「そういうことなら、僕にも、『えっ、そんなものを食べちゃうの』と言った料理がいくつかイセカイが作ってくれたものにあったなあ。しかも、それをイセカイがおいしそうに食べるんだから」


 そんなことを、気持ち悪そうに話すデリシャスちゃんであるが……


「じゃあ、とりあえず具体的に言ってみてよ、デリシャスさん。どれを台本に採用するかは俺が決めるからさ」

「イセカイがそう言うのなら……」


 こうして、デリシャスちゃんにとっての日本ゲテモノお料理講座が始まるのである。


「ええと、豆を腐らせて、糸を引いているのをうまいうまいとイセカイが食べていたじゃないか。あんなの食べて、おなか壊さないの?」

「ああ、あれね」


「そう言えば、海の恐ろしい八本足のキュウバンがついた触手モンスターをありがたがって食べていたよね。あんな骨のないうねうねしたモンスターに、よく食欲がわくよ」

「へえ、八本足の何体触手動物。そんなこともあったね」


「木の根っこをわざわざほじくり返して食べていたこともあったじゃない。かわいそうに、イセカイの故郷はよっぽど食べるものがないんだろうな。木の根っこまで食べるなんて」

「ふむふむ、木の根っこですか」


 なんのことはない。納豆にタコにゴボウだ。しかし、デリシャスちゃんには強烈な印象を与えたようだ。これは面白いことになりそうである。


「うん、さすがはデリシャスさんだ。そこまでよく覚えていたねえ。よし、それでいこう。その三種類が、この国ではありふれた食材だけど、この国以外の人にとっては食べるのをためらうような食材だとしよう。当然いじめられるイセカイ君にとっても食べるのがきついしろものとなるね」

「えっ、でも、台本だとイセカイがそれを食べるんでしょう。本当にイセカイは、それでいいの」


 そんなふうに俺を心配してくれるデリシャスちゃんだが、そんな心配はご無用である。なにせ、納豆もタコもゴボウも、日本ではごくありふれた食材なのだから。


「平気だよ。俺は舞台のためだったら、そのくらいのことはやってみせるさ」

「へええ、イセカイの舞台への情熱はたいしたものだなあ。でも、無理はしないでおくれよ。イセカイにもし何かあったら、僕はどう責任を取ればいいのかわからないよ」


「じゃあ、デリシャスさん。台本しっかり演じてね」

「わかったよ、イセカイ」

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