第18話モテモテな俺だがぼっちを演じよう 其の2・反省会

「うん、もういいや、カメラ止めてくれる」


 そう俺が、頭をファイティングちゃんに地面に押さえつけられたままボソリと、だがはっきりと言い放つ。


 さすがに姿勢が姿勢だから、周りのエキストラどもには聞こえなかっただろうが、土下座している俺の頭を地面に押さえつけて、俺に嫌味を言いつづけていたファイティングちゃんには、きちんと聞こえたことだろう。


 その証拠に、本番中はあんなにたかびしゃな態度を取っていたファイティングちゃんが、俺の一声を聞くと直立不動の姿勢をとって、俺の指示を待つだけのポーズをとってくれる。


 そんなファイティングちゃんの様子を見て、ついさっきまで土下座コールで騒いでいたエキストラどもが、あっという間に静かになって、俺の邪魔をしてはいけないと言う雰囲気になってしまう。


 そうした、主演女優であるファイティングちゃんと、エキストラどもの様子を確認すると、俺はゆっくりと立ち上がって、周りを見わたすのだ。


「そ、その、イセカイ……監督。わたし、やり過ぎてしまいましたか。本番前の演技指導では、『遠慮しないでいいから、思いっきりやっちゃっていいよ』とのことでしたので、あんな感じでさせてもらいましたけど、まずかったでしょうか。あの、お顔に泥がついたままですが……」


 そんな俺のきげんをうかがってくるのは、ほかならぬ主演女優のファイティングちゃんである。まあ、あそこまで俺をコケにした態度を、台本とはいえとっていたのだから、不安になるのも当然だろう。


 で、俺はこう言ってやるのだ。


「ぜんぜん、最高の舞台だったよ。それよりなんだよ、ファイティングさん、イセカイ監督って。ファイティングさんは主演女優なんだから、イセカイって呼び捨てでいいって言っただろう。ひょっとして、俺がファイティングさんにあんなことをされたからって、気分を悪くしたとでも思ったの? バカだなあ、そんなはずないじゃないか。俺は台本どおりの演技をしてくれた主演女優に怒るような、スケールの小さい男じゃないよ」


 その俺の感想を聞くと、ファイティングちゃんは一安心といった表情を見せ、演技を終えた主役兼監督の俺の世話を焼いてくれるのだ。


「そ、そうですか、イセカイ監督、じゃなかった、イセカイ。その、服が汚れちゃったね、着替え持ってきてもらう?」


 そんな配慮をしてくれるファイティングちゃんである。いくら主演女優と言えども、主役兼監督の俺を相手にするとこんなものである。で、俺は大物監督っぽくふるまうのだった。


「じゃあ、タオル持ってきてよ。顔ふきたいから……」

「ど、どうぞ、イセカイ監督」


 俺が言い終わらないうちに、タオルを差し出してくれるのはスタッフAである。本番中からずっと俺のためにタオルを持って待機してくれていたようだ。こう言った、一山いくらの現場スタッフにもやさしい言葉をかけてあげるのが、名監督の器量というものであろう。


「ありがとう、気がきくね。撮影終了と同時にタオルを差し出してくるスタッフなんてのがいるけど。俺にしてみればありがた迷惑だね。撮影の直後は、いろいろ考えたいこともあるから、なにもせずにほっといてもらいたいってのが、俺の本音なんだ。俺が頼むまで待機してくれていて、いざリクエストをしたらさっとタオルを渡してくれる。いやあ、こう言うスタッフさんとは、気持ちよく仕事ができるなあ」

「そ、そんな、光栄です。ありがとうございます、イセカイ監督」


 俺の言葉に、舞台仕事に参加したばかりで、まだ雑用しかやらせてもらえないと言った感じのういういしいスタッフさんは、耳まで顔を真っ赤にして感激している。


「きみ、名前は?」

「は、はい、シンマイです」

「シンマイさんかあ、君には舞台づくりのセンスがありそうだね、次からは指名しちゃおうかな」

「よ、よろしくお願いします」


 そんな大物監督と、しがない現場スタッフAであるシンマイちゃんの仲よさげな会話をおもしろくなさそうに聞いているのが、主演女優であるファイティングちゃんである。


 理由は、どうせシンマイちゃんがかわいい女の子だからだろう。華はないが、純情そうな地味さ加減がいいぐあいに男心をくすぐる女の子である。おそらく、ファイティングちゃんはこんなことを考えているのだろう。


「なによ、イセカイったら、そりゃあスタッフ一人一人にまで気を配るのも必要でしょうけど、主演女優のあたしに、もうちょっと何かあってもいいんじゃない。この主演女優のあたしに」


 だったら、主演女優のメンタルケアも監督である俺のつとめであろう。きちんとしなければ。そん考えて、俺はタオルで顔をふきながら、ファイティングちゃんに今回の舞台の具合をほめるのである。


「ああ、ファイティングさんの演技もすばらしかったよ。俺をこづきまわすあの感じ、ガリ勉運動オンチ君をいじめる体育会系エースの感じがよく出てた」


 そう俺にほめられて、ファイティングちゃんはとたんにうれしそうになる。


「そ、そうかな、イセカイ。でも大丈夫? わたし、けっこう本気でイセカイをたたいたりけったりしたけど」

「おいおい、俺をなんだと思ってるんだよ。イセカイだよ。ファイティングちゃんが少しくらいくらい本気になったって、いたくもかゆくもないよ」


 そんな俺の言葉を聞いて、周りのエキストラどもがまた騒ぎ出すのである。


「すごいなあ、やっぱりこの世界で最強のイセカイ君だ。あんな激しいシーンを演じたっていうのに、ピンピンしている」

「とてもじゃないけど、あれだけのアクションシーンなんてやれそうにないわ。わたしには、その他大勢がお似合いよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る