第16話モテモテな俺だがぼっちを演じよう 其の2・打ち合わせ
「じゃあ、ファイティングさん。武術の修行といこうか」
そうファイティングちゃんに話しかける俺である。場所は俺の部屋で、俺とファイティングとの二人きりである。
そのファイティングちゃんであるが、なんだかもじもじしている。
まあ、この俺と、俺の部屋で二人きりなのだから、恥ずかしがるのも当然だよなあ、なんて考えていたら、ファイティングちゃんがおずおずと俺に質問してくる。
「その、イセカイのことをなんて呼んだらいいのかなあって」
この質問は予想していなかった。そんな俺のぽかんとした表情を見て、ファイティングちゃんはあわてて言葉を付け加えるのだった。
「あ、あのね、わたしは教わる立場だから、“師匠”とか、“マスター”とか呼ぶべきなんて思っちゃったり、イセカイが舞台の全てを取り仕切るわけだから、“監督”って呼ぶのが礼儀かとも思っちゃったりして……」
なるほど、そうきたか。こう言った想定外の事態もなかなか悪くない。アドリブ演技もいいかもなあ、なんて考えながら、俺はこんなセリフを言うのだった。
「いやあ、今のまま、『イセカイ』って呼び捨てでいいよ。いまさらファイティングさんに別の呼び方をされるのも、なんだか照れくさいしさ」
そんな俺のセリフに、ファイティングちゃんはぶんぶんとかぶりを振るのである。
「で、でも、教わる立場でありながら、呼び捨てだなんてそんな……」
で、俺はこう言うのだ。
「実を言うとね、俺、ファイティングさんに呼び捨てにされるの、けっこう好きなんだ。ほら、俺くらいになっちゃうと、“イセカイ様”とか、”イセカイ殿“とか呼ばれちゃうじゃない。だから、呼び捨てにされちゃうと、ドキッとしちゃうんだよねえ。もちろん、たいしたことのないその他大勢によびすてになんかされちゃったら、『俺をなんだと思ってるんだ』てなるけど、ファイティングさんになら、呼び捨て大歓迎だよ」
そう俺に言われて、ファイティングちゃんは照れくさそうに言うのだった。
「じゃ、じゃあ、イセカイ。おけいこ、あたしにしてくれる?」
「そうだね、ファイティングさん。じゃあ、次の台本の打ち合わせといこうか。決められた型を、形通りにやるって言うのも、武術の基本だからね」
「わかりました、イセカイ。それじゃあ、台本の流れを教えてください」
「だったら、始めるからね、ファイティングさん」
こうして、ファイティングちゃんとの台本の打ち合わせを始めるのである。
「今回はね、俺は運動が全くダメな男の子を演じたいんだ」
「ええっ、フィジカルは言うに及ばず、テクニックやスキルもこの世界では誰もかなわないイセカイが、スポーツダメダメ君を演じるの」
ファイティングちゃんが驚くのも無理はない。この異世界は、現代日本と同じようにスポーツができない男子学生は、それだけでスクールカースト最底辺になってしまうのだ。現代日本で、実際に学生生活を送ってきたこの俺が言うのだから間違いない。
そんなスクールカースト最底辺を、この異世界ではなにもかもナンバーワンの俺が演じようと言うのだ。これほど意外なことはないだろう。
「しかも、ただの運動オンチじゃなくてね、勉強はできるガリ勉の運動オンチを演じたいんだ」
「なんだかややこしいね、イセカイ」
そんなことを言うファイティングちゃんに、俺はこの台本の上での、あくまで台本の上でのガリ勉運動オンチのイセカイ、というキャラクターが重要であることを熱く説明するのだ。
「いいかい、ファイティングさん。仮にこの世界がだね、お勉強のできるエリートさんたちが国の上層部をぎゅうじっているとしてだよ……」
そんな仮定を持ち出す俺である。まあ、俺の見る限り、この異世界には貴族やら王族やらがあるようだが、それはとりあえず考えないことにしよう。
「勉強はできることを鼻にかけたこの学校の生徒を、いじめても何も言われない、と言うより生徒も先生もそれをすすんで行うような状況だったらファイティングさんもそのいじめに加わるんじゃないかな」
「わたしは、演技とは言え、イセカイをいじめたくなんかないよ」
そんなうれしいことを言ってくれるファイティングちゃんだが、今回はそれでは困るのだ。
「うん、ファイティングさんが、俺のことをどう思っているかはよく分かってるよ。だけど、台本としてね、運動オンチのガリ勉君をはずかしめるスポーツエリートってのを、ファイティングさんに演じてほしいんだ」
「まあ、イセカイがそこまで言うんだったら。でも、あたし自信ないなあ。そんな演技、うまくできるかなあ」
そう不安がるファイティングちゃんを、俺はやさしくはげますのである。
「大丈夫だってば、俺もがんばってファイティングさんをサポートするし、他のエキストラたちにもうまくやるよう言っておくからさ」
「うん、なんとかやってみるよ、イセカイ」
さて、思う存分ガリ勉運動オンチのイセカイ君をいじめてもらおう。それでこそ後のお楽しみが増えると言うものだ。
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