第14話モテモテな俺だがぼっちを演じよう 其の1・本番

「はい、それでは試験を返却するぞ」


 そう教師が言うと、出席番号順に生徒が答案を取りに行く。


 俺も取りに行く。別にクラスの最高点が何点で、それは誰それなんて教師は言いはしない。それがまた、『勉強なんてできたってなんにもならねーよ』と言う学校内でのカーストの基準を形作るのを、エスカレートさせるのだ。


 俺が教師から返却された答案は、いつもと同じように九十点代後半である。まあ、俺にはこのくらいしかできないのだから、こんなものだろう。教師も俺に言葉をかけるなんてことはない。と言うより、『イセカイ、勉強ばかりじゃ、社会に出てから通用しないぞ』なんて教師が思ってるであろうことが、俺にはありありと伝わってくるのだ。


 そんなふうに教師が思っていると、クラスの連中にもその辺は伝わるようで、俺へのかげ口がそこかしこでおこなわれる。


「またあのガリ勉がテストだけ張り切ってるよ」

「いくら勉強ができたって、いじめられっ子じゃあ、なんにもなんねえよな」

「そのうち絶対引きこもるぜ」

「つーか、とっとと登校拒否になれよ」


 そんなかげ口の内容が、俺にもはっきりと聞こえてくる。と言うより、俺に聞こえるように言っているのだから、もはやかげ口ではないのだろう。


 教師にも聞こえているだろうが、別に注意することもない。俺が自殺したって、『いじめという認識はなかった』でおしまいだろう。


 そんなことを考えていると、クラスの雰囲気がざわついてくる。俺へのかげ口でざわついているような、人間の負のオーラでのざわつきでなく、クラスの人気者をたたえるような、人間の正のオーラでのざわつきだ。


「ほら、インテリジェンス。九十六点だ。さすがだな」


 なるほど、このクラスのカーストナンバーワンのインテリジェンス様への答案返却ですか。それはクラス中が色めき立つのも当然だろうなあ。答案を返却する教師も満足げに点数を公表なんかしちゃっている。めんどうくさげにけいべつした目つきで答案を返却してきた俺の時とはえらい違いだ。


 で、クラスの連中が黄色い声をあげている。


「すごいなあ、インテリジェンスさん。あれだけかわいいのに勉強もできるだなんて」

「誰かさんとはえらい違いよねえ」

「ああいう人が将来成功するんだろうなあ」

「じゃあ、成功しないタイプってどんなだよ」


 そんな、インテリジェンス様へのほめ言葉だか、俺への悪口だか判断できない会話でクラスの連中が盛り上がっていると、他ならぬインテリジェンス様が俺のところにつかつかと近づいてくる。


「イセカイ君、あなたは何点なの」


 そう言うと、インテリジェンス様は俺の返事も聞かずに、俺の答案を乱暴に取り上げて、点数を確認してくる。


「ふうん、九十八点ねえ。今回もあたしの負けのようねえ」


 そう言って、自分の負けを高らかに宣言するインテリジェンス様だが、その表情はちっとも負け犬の表情ではない。むしろ、おおいに俺をさげすんで見下している表情だ。その俺を虫けらぐらいにしか思ってないであろうインテリジェンス様が、俺にいやみったらしく聞いてくるのだ。


「それで、こんなにいい点を取ったイセカイ君が、どうしてこんなにもおとなしくして、ちぢこまっているのかしら。九十八点なんて、クラスの最高点なんじゃあないの、そうでしょう、先生」


 インテリジェンス様がそう質問すると、教師が肯定してくる。


「あ、ああ、そうだ。よくがんばったな、イセカイ」


 そんなことを今さら言ってくる教師である。おせーよ。なんで俺に答案を返すときにそれを言わないんだよ。結局俺へのいじめをエスカレートさせるだけだよ。


 で、あんのじょう教師の言葉を聞くと、インテリジェンス様は、ますます俺をからかってくるのだ。


「へえ、イセカイ君は学業優秀なのねえ。だったら、これから、いい大学入って、いい会社入って、エリート街道をつっきっていっちゃうのかな。そうなったら、あたしたちは、イセカイ君にアゴで使われちゃうのかなあ。そうなった時のために、今のうちにキープしといちゃおうかな。逃がした魚は大きいって言うもんねえ」


 そんなインテリジェンス様の言葉に、俺は何も言うことができずに、ただ卑屈な笑いを浮かべることしかできない。


 すると、さっきまで俺のことをあざけるような顔をしていたインテリジェンス様が、とつぜん怒りを爆発させて俺をののしってくるのだった。


「何笑ってんだよ、イセカイ! “逃がした魚は大きい”って言うのは、逃がしたちっこい魚を、さも大きかったように話を盛るってことだろ。だったら、そんなちっこい魚のイセカイをこのあたしがキープするなんてバカみてえじゃん。イセカイ! あんた、あたしをバカにしてんのか」

「すいません、すいません」


 俺を怒鳴りつけるインテリジェンス様に、俺はただ謝ることしかできない。インテリジェンス様は、もっと激しく俺を怒鳴り散らしてくる。


「それとも、釣り逃がした魚は大きいって、文字通りに解釈したってことか、イセカイ! だったら、あんた将来は大物になるって思ってんのかよ。この身の程知らずが! って言うか、それ、使い方間違ってるじゃねえか。あんた、お勉強はできるのに、そんなことも知らねえのかよ」

「ごめんなさい、ごめんなさい」


 怒声を浴びせつづけるインテリジェンス様。そのインテリジェンス様に謝り続ける俺。その光景をニヤニヤしながら見ているクラスの連中たちと教師。


 いったい、こんなことがいつまで続くと言うのだろう。

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