第10話ヒロインはみんな俺を嫌ってる? 其の5.5
「はい、カット」
俺がそう言うと、さっきまでベッドで寝込んでいたメディカルちゃんが飛び起きて、元気いっぱいに俺に抱き着いてくる。その大きなおっぱいを惜しげもなく俺に押し付けてくれる。
まあ、実際のところ、メディカルちゃんは病気でもなんでもなく、ただ演じていただけなのだから元気いっぱいでも何の不思議もないのだが。
「イセカイ様、わたくし、あのお香の煙が苦しくて苦しくてたまりませんでしたわ。でも、イセカイ様がそうおっしゃるので、がまんいたしておりましたわ。ほめてくださいまし」
「そうだったんだ。メディカルさんはえらいねえ。俺の指示通りにやってくれるなんて、俺も指示のしがいがあるよ」
メディカルちゃんはそう言って、いつもおれのプラン通りに演技してくれるのだ。
「本当に、イセカイ様がこの世界に来てくれてうれしいですわ。イセカイ様が来て下さらなかったら、いまだにあんなよくわからない呪文にお香を、最高の治療だと信じていたんですもの」
「いやあ、俺がこの世界に来たことで、少しでも多くのこの世界の病人が救われるんだとしたら、医療にたずさわるものとして、この上ない喜びだよ」
別に俺は日本では医療にたずさわってはいなかったのだが、そんな俺でも、この異世界に来たら、あっという間にこの異世界の医学をひっくり返してしまって、大勢の病気に苦しむ患者を救い出す神様みたいな存在になってしまったのだ。
で、そんなすばらしい医療知識を持った俺に、ケガをしたひざを水で清潔にしてもらってなおしてもらったメディカルちゃんはべたぼれになってしまったというわけだ。
台本では、俺のやった手当は怪しいだのなんだの言われて認められなかったようにしていたが、実際のところは、俺が少し現代日本では普通なことをやっただけで、あっという間に医学のカリスマ的存在になってしまったのだ。
当然、俺の言うことにどんな医者もメディカルちゃんもしたがってくれるようになった。
そのまま、なんでもかんでも俺の思い通りにしても良かったのだが、それではあまりのご都合主義なので、メディカルちゃんたちには、俺を、実際には効果的な治療をしているが、この異世界の伝統を破壊する異端の存在としてあつかうように演じてもらっているのだ。
というわけで、演技をしている本番中は、俺を嫌っているようなメディカルちゃんも、カメラが回っていないところではこの通りのべたぼれっぷりである。
「そ、その、それでイセカイ様。わたくし、少し調子が悪くなってしまったんですの。ほら、無意味なあのお香。イセカイ様が何の意味もないって明らかにしてくださったあのお香を、台本ではいまだに無意味なことが行われているってことをわかりやすくするために、もうもうとたいていたじゃありません」
「ああ、そうだったね。ごめんね。メディカルさんに我慢させちゃってごめんね」
俺がそう言うと、メディカルちゃんはぶんぶんと首を横に振って、『我慢だなんてとんでもない!』といった様子で俺に言うのだ。
「ち、違うんですのよ。イセカイ様が謝る必要はないんですのよ。わたくしは、監督であるイセカイ様の指示にしたがわなければならないのですから。調子が悪くなったのは、わたくしの自己管理がなっていないからですわ。ですから、そんなだめだめなわたくしを、イセカイ様のすばらしい医学の知識でなおしていただければとおもいまして……」
「そんなの当たり前だよ、メディカルさん。役者の健康管理も、監督である俺がやるべきことだよ。じゃあちょっと体、見せてくれるかな、メディカルさん」
すると、さっきまで俺のことを異端だの悪魔だのと言っていたこの異世界の名医さんたちが騒ぎ出すのだった。
「おお、イセカイ殿の治療の腕前をこの目で拝見できるとは、なんと言う幸運なのだろう。しっかりこの目にやきつけねば」
「我々のような未熟者、イセカイ殿の腕前に並ぶなどとは恐れ多いことだが、せめてほんの少しでもその医学の知識に、近づきたいものだ」
なんてことを言っている。自分の未熟さを自覚することは良いことだ。そんな風に俺が考えていると、メディカルちゃんがもじもじとしながら恥ずかしそうに尋ねてくる。
「その、イセカイ様、医学を学ぶべき場で、こんなことを言うのは学問に対するリスペクトが足りないとは百も承知なんですが、イセカイ様以外の方に、わたくしのはだかを見られたくないともうしますか、わたくしも年頃の女性であるからして……」
そんなセリフを顔を真っ赤にして言われては、メディカルちゃんに恥ずかしい思いをさせるわけにはいかないではないか。
「あっ、これはデリカシーが足りなかったね。メディカルさんもまだ若い女子高校生なんだから、いくら医学のためだからって、こんな大勢の人間の前で服を脱ぐのは恥ずかしいよね」
すると、メディカルちゃんがおずおずと顔をうつむかせながら俺を誘ってくれるのだ。
「できれば、わたくしの部屋で、イセカイ様だけにわたくしの体を見てもらいたいのですが」
そんなメディカルちゃんの誘いを受ける以外の選択肢は俺にはない。
「そうだね、俺の配慮が足りなかったよ。俺と二人きりじゃないと、メディカルさんだって嫌だよね」
俺の答えを聞いて、メディカルちゃんは俺の手を握って、この場から連れ出そうとするのだ。
「では、イセカイ様。わたくしの部屋に案内しますわね」
そうしてメディカルちゃんに連れられる俺を見て、周りのお医者様たちは騒ぎ出すのだ。
「イセカイ殿が二人きりで手当てしてくれるなど、これほどの光栄、一国の王でも、そうそうあることではないぞ」
「いったい、どんな医学の高等テクニックが行われると言うんだろう」
こんな具合である。
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