第9話ヒロインはみんな俺を嫌ってる? 其の5

「おーい、メディカル平気か? 熱を出して倒れてるって聞いたぞ」


 そう言って、俺は学校を欠席したメディカルちゃんの家を訪ねたのだった。メディカルちゃんと言うのは、この異世界における大学病院の、それもこの異世界でもっとも権威がある大学病院の教授の一人娘だ。


 この異世界における、医療界の権力を示す象徴である大学病院の教授、その一人娘が熱を出して倒れているのだ。当然、この異世界での最高クラスの治療が行われているのだが、その治療の内容とは……


「この世にあまねく存在する精霊よ、この娘をいやしたまえ……」


 と言った魔法の呪文を唱える具合だ。異世界なのだから、別に魔法の力があったって構わないし、それでメディカルちゃんの病気が治るなら全然問題ないのだが……


「げほっ、ごほっ、ごほっ」


 メディカルちゃんの病気はちっとも治る気配がない。そのうえ、この異世界でもトップレベルの医療設備が準備されていると言うことなのだが、その設備と言うのが……


 もくもくもく


 何のおまじないだか知らないが、変なお香を大量にたいていて、部屋中がけむりくさいことこの上ない。これでは、メディカルちゃんの病気を治療するどころか、かえって悪化させてしまうことになるだろう。


 そんなふうにあきれている俺に、ベッドで寝込んでいるメディカルちゃんが気付く。


 メディカルちゃんは、学校では保健委員長をやってくれている。保健委員長と言っても、偉そうににふんぞり返ってばかりいるだけでなく、教授の一人娘と言う超絶な上級国民の立場でありながら、病人や、ケガをした生徒がいれば、進んでかいがいしく手当をしてくれるのだ。


 まあ、手当と言っても、最高レベルの治療が何の意味もない呪文をひたすら唱えることなのだから、メディカルちゃんのすることもたかが知れている。手当をするべき人間の横で、ただ祈るだけなのだが、これがなかなか悪くないのである。


 なんと言っても、メディカルちゃんはかわいい。まず、そのブルーの髪の毛が見てるだけで、安らぎをあたえてくれる。青い色は、爽やかさや清潔感を連想させると言うが、まったくもってその通りでメディカルちゃんは髪の色だけで患者をいやしてくれるのだ。


 さらに、その顔立ちも、きれいだが近寄りがたいと言ったツンツンした感じではなく、やさしさあふれる雰囲気だ。メディカルちゃん目当てで、わざとケガをする生徒が大量発生して、その治療してくれるメディカルちゃんを聖女様とたたえているなんてうわさもあるが、うなづける話だ。


 なにより、おっぱいが大きくて母性があふれんばかりだ。そんなメディカルちゃんが、いやな顔一つせずに、本当の病人であろうがなかろうが、自分のために真剣に祈ってくれるのである。これなら人気が出るのも当たり前だ。


 と言うか、苦しんでいる病人の横で、ききもしない呪文をひたすら唱えられたり、はた迷惑な煙をもうもうと立ち込めさせられたりするという、病気を悪化させるだけでしかないことをされるより、メディカルちゃんの祈りのほうがよっぽど上等である。


 かわいいメディカルちゃんが祈ってくれるなら、それだけで元気が出てくるってものだ。


 そんなメディカルちゃんのが、言葉は丁寧に、しかし嫌がる気持ちは隠そうとせずに俺に憎まれ口をたたくのだった。


「あら、イセカイさんですか。あなたのするような、よくわからないおまじないみたいないんちき治療の出る幕は、ここにはありませんわ。来てくれたことには礼を言いますけど、早々にお引き取り下さるかしら」


 と言ったぐあいである。なぜ、周りから聖女とあがめられているメディカルちゃんが、俺にはこんな態度を取るかと言うと、彼女との間にちょっとしたことがあったのだ。


 俺がこの異世界に来たばかりのころ、メディカルちゃんが、膝をすりむいてしまっていた。そんなケガをしたメディカルちゃんがに、俺は現代日本では一般的な手当てをした。とりあえず、きれいな水で傷口を洗ったのだ。


 どうやらそれがまずかったらしい。この世界では、ケガをしたら専門のお医者さんに任せて、呪文を唱えられていろというのが基本的な考え方みたいで、しろうとは何もしないでいると言うのが普通であるようなのだ。だからこそ、メディカルちゃんもひたすら祈ってるわけだが……


 そんな異世界で、俺みたいな新参者がケガの手当てを、この異世界ではありえない方法で、よりにもよって教授の一人娘であるメディカルちゃんにやってしまったのだ。


 そのうえ、結果としてどうもメディカルちゃんのケガのなおりが良かったみたいなので、えらいことになってしまったのだ。


 で、この異世界の最高レベルのお医者様たちが、口々にわめきたてるのだった。


「そうだ、とっとと出ていけ、あやしげな呪術なんか使いやがって」

「貴様、まさか悪魔の手先か」


 ここまで言われては俺もこの場を去らざるをえない。


 かと言って、ベッドに寝込んでいるメディカルちゃんにとって、百害あって一利もないであろう煙のもとなっているお香をこのままにしておくのも気が引ける。


 というわけで……


「あっ、しまった。メディカルさん用に持ってきた水をうっかりお香にこぼしてしまいそうだ」


 そんなしらじらしいことを言って転ぶふりをしながら、俺は水をお香にかけて火を消していくのだ。


「あああ、そんなことをしたら、火がつかなくなって、神聖なお香の煙でのメディカル様の治療ができなくなってしまうではないか」

「何をする! それは貴重お香なんだ。代わりを今すぐ用意するわけにはいかないんだぞ」


 そうそれでいい。これでお香が煙をモクモクさせることがなくなれば、少しはメディカルちゃんの病気の治りも早くなるだろう。

 

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