第8話ヒロインはみんな俺を嫌ってる? 其の4.5

「はい、カット」


 俺がそう言って手をたたくと。突然カリスマスターちゃんがノリノリになって俺の歌詞を歌ってくれる。その圧倒的な、客の目をつかんで離さないパフォーマンスっぷりと言ったら、さすがはこの異世界のトップアイドルだ。


 リハーサルというていでの演技だったので、別に大勢のバックダンサーを従えているわけでも、派手な舞台装置や音楽でショーアップされているわけでもなく、カリスマスターちゃんが一人だけで、うすぎたない舞台裏で歌っているだけなのだが、さっきまでぼやいていたスタッフさんたちを、あっという間にとりこにしちゃっているのだ。


「す、すげえ。トップアイドルの生歌だ」

「カリスマスターちゃんが歌ってる姿を見られるなんて、もう死んでもいいや」


 そんなふうにスタッフさんたちも、ただのファンとなってしまっている。正直言って、俺だってカリスマスターちゃんが俺の歌詞をあんなに魅力的に歌ってくれるのだから、ずっと見ていたい気もしてくる。


 だが、このままではあたり一帯がパニックになりかねない。そう思って、俺は大声でカリスマスターちゃんに、本番が終わったことを知らせるのだった。


「カット、カットだよ、カリスマスターさん。とりあえず、歌うのやめてくれる」

「あっ、はい、ごめんなさい。つい歌うのに夢中になちゃって」


 そう言って、カリスマスターちゃんは歌うのを辞めてくれる。それはいいのだが、どうもおびえてしまっているようだ。ついさっきまで、あんなにどうどうとした歌いっぷりを見せて、スタッフさんたちを熱狂させていたカリスマスターちゃんとは思えないうなだれっぷりだ。どうしたんだろう。


「なんで、そんなにしょんぼりしているの、カリスマスターさん? カリスマスターさんの演技、良かったよ。『こんな低レベルな歌詞は歌いたくない』って感じがよく出てたよ」

「ご、ごめんなさい。イセカイプロデューサー。イセカイプロデューサーが『カット』て言ったのに、あたしったら調子に乗って歌い続けちゃって。プロデューサーの指示に従えないなんて、アイドル失格です。でも、あたし、この役もっとやりたいです。お願いします。あたしを降ろさないでください。何でもしますから」


 つい先ほどまで、あんなにトップアイドルとしてのオーラを振りまいていたカリスマスターちゃんが、本番が終わると、主演兼監督、ついでにカリスマスターちゃんにとってはプロデューサーでもある俺にこの腰の低さだ。となると、ここで起こるのも大人げない。ビッグな俺の余裕を見せてやるとしよう。


「へえ、俺の『カット』の知らせを聞いても、歌うのを辞められないくらいだったんだ。そんなに俺の書いた歌詞が良かったの?」

「その、イセカイプロデューサーの指示を無視して歌い続けてしまって、すいませんでした」


 俺の質問を、カリスマスターちゃんは皮肉と取ってしまったようで、今にも土下座しそうないきおいで俺に謝ってくる。よっぽど俺に嫌われるのが怖いみたいだ。この異世界のトップアイドルであるカリスマスターちゃんが。


 で、俺はそんなカリスマスターちゃんに優しいところを見せるのだ。


「いや、もう謝らなくていいんだよ、カリスマスターちゃん。カリスマスターちゃんが俺の書いた歌詞を気に言ってくれたというのなら、俺にとってこんなにうれしいことはないんだからさ。で、カリスマスターちゃんは俺の歌詞、好きなの? 嫌いなの?」

「大好きです。それはもう」


 即答してくれるカリスマスターちゃんなのだった。


「イセカイプロデューサーの歌詞を初めて見た時から、もうこの人が作る歌詞がなかったら生きていけないと思いました」

「へえ、そうなんだ」

「正直言って、それまであたし調子に乗ってました。トップアイドルなんだから、こむずかしい言葉をちょこちょこっと並べ立てておけば、シンガーソングアイドルなんておちゃのこさいさいって。でも、イセカイプロデューサーの歌詞を見て、そんな身の程知らずを思い知らされました」

「なるほどねえ」

「イセカイプロデューサーのシンプルだからこそ、聞いているお客さんにストレートに伝わる歌詞。あれを見て、あたしが文学的表現なんて自画自賛していたあたしの歌詞は、ただのひとりよがりだって気づいたんです」


 そんな俺へのほめ言葉を、ものすごい早口で言ってくれるカリスマスターちゃんである。さすがトップアイドル。舌の回り方もトップアイドルである。


「で、イセカイプロデューサー。いつになったら、個室での二人っきりマンツーマンレッスンをしてくれるんですか?」

「えっ、俺と個室での二人っきりマンツーマンレッスンをかい? それはアイドルとしてどうなのかなあ」


 そんなたてまえを俺が言うと、カリスマスターちゃんはさも当たり前のように言うのだった。


「何言ってるんですか、イセカイプロデューサー。プロデューサーが担当するアイドルと個人レッスンするのは普通じゃないですか。早く誘ってくださいよ。当然ボディータッチもあるんでしょう。過激な演技指導もあるんでしょう。早くやっちゃってください。あたしも『ミートゥー』って言いたいです。『やっとあたしもイセカイプロデューサーにセクハラされた、うれしい!』って」


 そんな自分からセクハラを喜んでされたいという発言をするカリスマスターちゃんである。そのカリスマスターちゃんの言葉を、他の新人アイドルが聞いていたのだが、彼女たち新人アイドルの反応はこうである。


「いいなあ。トップアイドルともなると、イセカイプロデューサー様みたいな一流プロデューサーから、セクハラまがいの熱心なレッスンしてもらえるんだ。わたしもしてもらいたいなあ」

「何言ってるのよ、カリスマスターちゃんみたいなトップアイドルだからしてもらえるのよ。あたしたちみたいな一山いくらの存在を、イセカイプロデューサー様がセクハラしてくれるわけないじゃない」

 

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