第5話 オートバイ

 事故から数日間、地元のニュースではビル損傷現場の同じ映像が流れたが、石崎の勤務するピザチェーンは事故に巻き込まれた側として同情的に取り扱われるとともに、その効果で認知度も上がって、当初予算の倍近い売り上げを記録しつづけた。


 石崎は社長からピンチを切り抜けて勝利を物にした、と、かなりのお褒めの言葉をいただいた。


 アメリカ的な価値観なのだろうか。


 社長の言葉がなかったら事件のゴタゴタが収まったあとは、嫌味を言われたうえで左遷されていたところだったが、ともかく石崎はここでの仕事を継続することになった。




 その日、石崎が先月買った中古のバイクの納車日だった。燃料タンクが大きく燃費もいいオフロードバイク。バイク屋で必要書類を受け取り、スタンドでガソリンを満タンに給油するとスーパーマーケットに向かってバイクを走らせた。


 洞窟の奥深くまで行ってみるためだった。






 一度、ケンイチの自転車借りたときは疲れてすぐに引き返した。


 インスタに上げてみようと撮った写真も、パッとしない仏像マニアの写真のようになってしまい、東京を離れて孤独になった自分がスピリチュアルな方面に走ったと勘違いされるのも嫌だったので、止めておいた。


 それならと、カラースプレーとペンキと刷毛を買ってきて彫像をストリートアート風にアレンジしてみたが、芸術的センスのなさに写真を撮る気さえ起きなかった。

 

 やはり冒険だな、と、石崎は思った。




 洞窟はまだまだ先へと続いていた。



 




 閉店後のスーパーマーケット。


 警備員も各所のチェックのため地上階フロアにいる時間だった。


 ひとまずバイクを停めて、従業員入口から地下2階まで人がいないか偵察する。


 これ、見つかったらどうなるのだろう。




 まあいい。


 リスクがあるから楽しい。何の得にもならないイタズラ。




 偵察を終えると、エンジンはかけないまま踊り場まで運び、バイクにまたがって階段を下りた。


 バランスを崩して手すりにぶつかる。


 派手な音がして、手すりの塗装が剥がれた。


 練習しとけば良かった。。これは、見つかったら怒られる。


 石崎は洞窟へ急いだ。




 お昼に洞窟にきたとき、鍵を“かけ忘れて“おいた扉を開け、中へ入る。


 念のため自分のバックを入口付近に置いておいた。


 夜は、開けっ放しになっていると思うが、万が一閉じ込められたら大変だ。


 バイクさえ見つからなければ、閉館時でも何か言われることはないだろう。


 管理員も、この洞窟のことに関しては寛大だった。


 理由は分からないが、小さな地方都市の一部に興味を持ってくれたことが嬉しかったのではないかと、石崎は勝手に解釈していた。




 石崎は、洞窟の奥へと押して行き、エンジンをかけた。




 洞窟内での、エンジンと排気音が石崎を包み、車体の心地よい振動が伝わる。


 ヘッドライトをハイビームに切り替えるとアクセルを開けた。


 比較的平らではあるが、土の地面の凹凸をフロントフォークが吸収しているのが分かる。


 このオフロードバイクもアスファルトの上ではなく、こういう道を走るために設計されている。


 洞窟探検にも最適! とは、書いてなかったが。




 今の時代、技術の有無やレベルが高い低いに関係なく、誰もしたことがないことをするのは難しい。


 ある意味、自分はラッキーだ。





 匿名で動画をアップすれば、相当な閲覧数になるはず。




 石崎は一度バイクを停め、カメラアプリを動画に切り替えてからスマホをスピードメーターとヘッドライトの間にズボンのベルトでぐるぐる巻きに固定した。


 あっという間に突き当たりに到着するのではないかという心配をよそに、洞窟はどこまでも続き、石崎は、右へ左へと旋回しながら下へ下へとバイクを走らせた。崩れ落ちてくるのではないかという恐怖心、何の拘束もない解放感が幸福に変わっていた。




 気づくとガソリンが半分になろうとしていた。


 メーターをみると150キロの地点、まだ突き当りは見えてこない。石崎は、その場所にあった女神の彫像になんとなく手を合わせ、引き返すことにした。




 バイクの向きを変えると急に現実感が戻ってきた。帰り道が上りということを考えると途中でガソリンが切れる可能性がある。


 それに万が一バイクが壊れたりしたら150キロを歩いて帰らないといけない。徒歩で時速5キロ、30時間。まだ生存”安全”圏内。


 石崎は、大きくアクセルを開けた。




 リアタイヤが弾いた小石が装飾の表面を傷つけ、バランスを崩しそうになるたびに、伸ばした足で彫像をなぎ倒しながら、元の世界へと進んだ。




 入り口が見えるところまで戻り石崎が一息ついて時計を見ると、まだ1時間も経っていなかった。



 しかし距離メーターを見ると、購入時より300キロ以上伸びていた。



 夢だろうか、、呪いだろうか。


 携帯の動画には何も映っていなかった。


 石崎はすぐに削除した。

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