第4話 事件


 石崎が店舗に戻ると、動揺している様子の彩が、石崎を呼んだ。


 …さて、来たか。


 


 慣れないスタッフたちでの営業でクレームはつきもの。


 これも仕事のうち。


 石崎はとくに動じなかった。




 もちろん嫌なことには変わりないが、、、




 彩はここが初めてのアルバイトらしいので、他人(お客様)から本気で怒鳴られてビックリしたのだろう。


「どうしたの?」


 彩にやさしく聞く。




「フリーターの松木屋さんが……」



 …フリーターはいらないだろ。


 テンパッて心の声が出ていることに彩は気づいてない。




 少し歳が上だからって偉そうでカッコ付けてるくせに、こんな地方都市で、バカでもいける大学もあるし仕事だっていくらでもあるのにフリーターって(笑)。の、松木屋さんがやっぱり問題おこしました、と、言う、心の声。




 対応クレームか、悪ければ、事故か。



 石崎のテンションは少しづつ下がってくる。




「事故を起こしたそうです」


 …でたよ、、、




 自分が店舗から離れた20分の間に、しかもオープンから1週間も経ってないのに…。


 これでオレは会社からクズ認定。


 ドSの課長からは熟練された罵詈雑言の電話があるだろう。




 下手したら上司も鬱病になって入院、その分の仕事も無理矢理カバーさせられる。


 車で2時間半の距離も隣駅ぐらいに計算されて頻繁に都内に戻ることに、、最悪だが、うちの会社では実現?可能なシナリオ、、、





 しばらく不眠かも。




 石崎は、松木屋のケータイに電話したが応答がなかった。


 やっぱり、あいつ雇わなけりゃよかった、、、




 そこに、優等生大学生のケンイチが駆け込んできた。


「大丈夫ですか!?事故?」


「え?なんで知ってんの?」


「うちの母親が電話かけてきて?」


「いや、なんで君のお母さんが知ってるのかな」




 ケンイチはさっきから手の中でガシャガシャいっていたスマホを石崎に見せた。


 ローカルニュース番組を受信している。


 その画面には、屋根が折れ曲がっている以外はこちらから見るとピッカピッカの、我が社の宅配用バイクがビルの角にぶつかって、そのビルも傾いていた。




「なんで原チャリが突っ込んだぐらいで…なんで突っ込むのかも理解不能だけどそれにしてもビルが傾くか? それに、いくらなんでも報道早すぎるだろ? どこだここ? そんなに重要な場所か?」


「いえ。この辺で一番大きなビルで、確かテレビ○○もそこに入ってます」




 あのバカ、、、地域で一番デカい建物破壊しやがった――終わっ、、いろいろ謎が多すぎるけど、今分かっている状況だけでオレの人生3回分ぐらい終わった。




 もう事故ではなく、このレベルは、事件だ。




 電話が鳴る。


 ナンバーディスプレイで彩に言われるまでもなく本部からだと分かった。




 事務所の電話で取るから、と移動し、保留を解除した途端、Maxで頭にきている課長の怒鳴り声がした。


 言葉の暴力があるとしたらこれはリンチだった。


 いくら石崎でも避けようがなくおそらく30分ぐらい精神をおもいきり痛めつけられた。


 電話を切ると、制服姿のアズミが心配そうに立っていた。


「大丈夫ですか?」


「あぁ。マツギヤは一応病院に運ばれたけど怪我は大したことないみたいだから。あとで様子をみに行ってくる」




 その後、急遽はるばる連れてこられた他店の店長にかなりムッとされながらお店を任せ、警察に事情を聞きにいって、マツギヤの病院にも一応、見舞いに行き、店に戻ったら夜の10時近くだった。






 石崎は来てもらった他店の店長にお礼を言って帰ってもらい、店舗の外でタバコに火をつけた。


 灯りの届かない場所はすでに暗闇につつまれている。


 辺りには虫の音がこだまし空には星空が広がっていたが、石崎にとってはだだの何もない場所だった。





 勤務を終え、ユニフォームから再び制服に着替えたアズミがでてきた。


 石崎はいかにも地元の高校生の雰囲気を出しているアズミを見て、自分が都心にいないことを思いだした。




「遅くまでありがとう。帰らなくて大丈夫?」 


「家はすぐ近くで、連絡もしてありますから。それより店長大丈夫ですか?」


「あんまり大丈夫じゃないかも」


「元気だして下さい。店長が一生懸命仕事してたの私知ってますから」


 アズミはきちんとした大人の態度で言った。




 容姿だけが石崎には幼く見えた。




「ありがとう」



 石崎は、地方の高校の制服っていいな、と思った。






「私の父、市役所に努めてるので聞いてみます。何か少しは詳しいことが分かるかも」


 石崎はこの弱々しそうな高校生が必死に自分を支えようとしている姿が嬉しかった。


「アズミちゃん」


「はい」


「…いや。今日はもう遅いから。心配してくれてありがとう」







 



 翌日、昼過ぎに出勤してきた松木屋は、心配して声をかけてきた国立大学生のケンイチにシカトかと思えるぐらいの小さな返事しか返さず、笑顔で、すみませんでした、と、石崎のいる事務所に入ってきた。


 結果から言えば、松木屋の後ろを走っていた大型トラックの運転手が居眠りをして松木屋が飛び降りたバイクだけを押したままあのビルに突入し、トラックだけビルの中に埋もれたというのが現実で、道路交通法上は松木屋にほぼ過失はなかった訳だったが、会社的には大勢が多大な迷惑をこうむり、特に、石崎自身が入社後で最大級のストレスを受けていた。




 とりあえずは2車線あるうちの右車線を原付きで走っていたこと。


 あと、笑顔での、すみません。


「反省してる?」


 挨拶がわりに石崎は言ってみる。


「はい」


 松木屋はニタニタするのをやめて言った。


 何か因縁をつけられるのでは、と、少し警戒したようだった。




 もちろんそのつもりだ。





 善悪は関係なく心に溜まった不愉快を発散させる。




 松木屋のように明らかに影のあるヤツはもってこいだった。




 影は格好のサンドバック。







「あんまり反省しているようにみえないけど。何が悪かったか言ってみて」


「それは、、」


「なんだ口だけか。俺のことナメてんだろテメェ」


「は?」


「は、じゃねぇよ。日本語ぐらい話せんだろ? 質問に答えろ」


 松木屋は、うんざりという風に、席を立ってでていこうとしたが、それを石崎はつかまえて座らせる。




 松木屋が抵抗したが石崎は手荒なことはしなかった。




 腕力でも明らかにこちらの方が強いと分からせるようにじっくりと抑えつけて座らせると、松木屋はさっきまでの勢いがなくなっていた。


 石崎は松木屋を見つめた。勝ち負けは初めから気にしていない圧倒的強者かつ非人情な目で。



 こいつの陰はどこにある?



 もちろん、光とは反対側にある。





 石崎は常識という名の光を当て、そこにできた影を力の限り踏みつぶした。



 これまで正義とか考えたことは一度もなかったが、今はその時だった。



 早い段階で松木屋は泣き出したが、そんなことは石崎には関係なかった。






 1時間ぐらい似たようなことを繰り返し、ある程度スッキリした石崎は、松木屋に言った。


「分かってくれればいいんだよ」


 石崎は松木屋の肩に手を置いた。


 やさしく伸ばしたにもかかわらず松木屋はビクッとして避けようとしたが、もう石崎の表情が怒ってないのをみて取ると、すみませんでした、と小声で言った。


「もう気にするな」


 ある程度、心を込めて言った。







 石崎は、洞窟に入るまえからタバコに火をつけた。


 そしてもう片方の手で懐中電灯をつかむと、奥の方を照らしながらゆっくりと進んでいった。


 洞窟は少しづつ下降しながらどこまでも続いていて、整備したのか、足場も平だった。20分ほど歩いて立ち止まり先を照らしたが、その先も、所々に1メートル四方の神様を刻みつつ、少しづつ下降しながら永遠と続いているように見えた。

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