第3話 休憩

「店長はここだって聞いたもので。遅れてスミマセン」


アズミは言った。


「いいのいいの。きょうは仕事って訳じゃないから。これから弁当買いにいくから手伝って」


「はい」


 アズミは部屋の中を見ていた。


「入る?」


 石崎は聞いた。


「いえ」




 石崎とアズミは地下フロアを出て、二人で食品売り場に向かった。




「あのぉ…」


 お弁当を選んでいるときにアズミが聞いてきた。






「あ、何か嫌いなものあった?」


「いえ。好き嫌いはないです」


「えらいね。どれも美味しそうだな」


「どうしてここなのかな、と思って」


「ああ。社長の地元、正確には社長のお母さんの地元だからって聞いたけど。社長のお父さんはイギリス人で、育ちはニューヨークみたいだから」




「あ、いえ、そうじゃなくて。スーパーマーケットと同じ建物だから。料理するための食材を買いに来た人がピザを買ってたべようとは思わないかなって……スミマセン」


「あ、ハハ、そういうことか。確かにそうだね。なんでだろう。高橋さん頭いいね」


「いえ、そんな」


「まぁオレは会社が決めたことに従うだけだから。会社員だし」




 店舗に戻り、作業を中断したみんなと弁当を食べ終わると、上司は石崎が渡した栄養ドリンクをもって車に向かった。


上司がいなくなった途端フリーターの松木屋が紀美佳に近づいていく。


そんなに気を使うほどの上司でもないけれど、二十歳前だとあれでも多少の存在感は感じるのだろうか、と石崎は思った。


「オープンの日には社長も来るから元気よく挨拶してね」


 石崎は、今朝初めて電源を入れた業務用の冷凍庫から出した箱入りのアイスをみんなに配りながら言った。







 週末のオープニングには社長の他、営業課の課長も参加して、石崎は新店舗の店長にふさわしい底抜けの明るさで、やる気あるスタッフを集めたことをアピールすることができた。


 社長は帰り際に、英語訛りの日本語で言った。


「ショウライあなたガ社長になるカノウセイもあるんデスヨ」。


 石崎はその言葉の真意が分からず、精一杯の力を尽くしますとだけ答えた。




 グランドオープンの週末が終わると、予想道り平日の夕方前まではヒマな時間ができた。




 石崎は軽い昼食をとると、決まって地下の部屋に降りた。





 まだいい写真が撮れていないこともあったし、早めにこの違和感を克服しておきたいという気持ちもあった。


 働いている足元が不気味なままだといつもと調子が狂う。


 かといって仕事を放棄して逃げ出すほどでもなかった。




 石崎は、タバコが吸いたいと思いながら社長の言葉を思い出した。


 あとから聞いた話では、社長の経営信念がどうとかこうとか、、石崎にはよく分からない理論だったが冗談とかやる気を起こさせるためではなく本当にその可能性は、一応、あるらしいということだった。




 石崎が、遠い世界に思いを馳せたとき、管理人がタバコに火をつけながら部屋に入ってきた。


 …なんだ、吸っていいのか。


 石崎はタバコに火をつけた。


 管理人は、石崎に軽く会釈すると、だまって穴の奥にタバコの煙を吐き出した。




「どこまで続いているんですか」


 石崎は話しかけてしまった後、宗教の話でも始められたれら面倒だと後悔したが、管理人は、さぁどうでしょうと、気のない答えをして、ポケット灰皿でタバコを消し、部屋を出て行った。




 石崎は未だに管理人がこの穴をどう捉えているのか分からなかった。


「この扉、出るときどうします? カギ閉めますか?」


「ああ、そのままで構いませんよ」




 この穴の存在を抜きにすれば、管理人はごく普通の、人の好い地方都市の住人だった。




 石崎は、管理人に、あなたにとってこの穴とは何でしょう、と、アナウンサー風に質問している自分を想像してみた、


 ネタだとしても恥ずかしいレベルに思えた、、


 田舎に安住している弊害が出てきたのかと少し心配になった、、、。





 吐き出した煙が洞窟の奥へと消えていく。





 石崎はスマホのランプで洞窟の奥を照らし、少し進んでみた。




 洞窟は思ったよりずっと深いようだった。


 壁の彫像は、見方によっては人や動物の形に見えるという程度で、1メートル四方の区切りから、やりかけの工事のようにも見えた。




 石崎は社長のことが思い浮かんだ。といっても、会社に愛情が生まれたのではなく、自分が社長になったところを想像してみたのだった。……社長か。


 悪くない、と、石崎は思った。


 もちろん今の会社でボロボロになるほど働いて奇跡的な可能性にかけようというのではなく、ただ、社長という立場に引かれただけだった。


 堂々としていて社会を動かしている一人という感じには憧れもあった。


 石崎は30歳までは楽しくやれればいいという考えで、将来を思い描いたりはしなかったが、その思い付きに、なるべく人の形に近い彫像に手を合わせて願ってみた。



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