第2話 バイト

 神の洞窟と言っていたにもかかわらず、神社のような神聖な気配もなく、ただの不気味な空間だった。




「どうですか?」


 どうですかと尋ねられても、そんな笑顔の人に、気味が悪いとは言えない。


「どこに、その…神様は、祭られているんですか?」




 管理人の正気を確かめる意味も含め、石崎は聞いてみた。




「いたるところに」


「イタル所、に?」





 管理人が電気をつけた。



 天井からぶら下がった電球が穴の入り口を照らしたが、それでも、ただの穴だった。




 管理人は、入り口付近に置いてあった懐中電灯を手に取り、岩肌を照らした。




 石崎が明かりの先に目を凝らすと奥へと続く穴の岩肌が、所々、1メートル四方に区切られていて、それぞれ、人や動物、何なのか分からないモノ…などの形に彫られていた。


それらはすべて崩れかかっていて無償のまま保たれているものはなかった。




「崩れかかってますね」


「そうですね。じき、元の岩肌になるんでしょう」




「修復…とかは?」


「直すにも時間がかかりますし、このままにしておくんじゃないですか」


「貴重なものではないんですか?」


「いえ、この辺りならきっと他にもあるでしょう」


 石崎は、自分が話している会話の内容が全く理解できなかったが、管理人は石崎が興味を示したと思ったのか、嬉しそうに続けた。


「でも、まだ今なら形が残っているので探そうと思えば探せるはずですが」


「何をですか?」


「自分が力を授かりたい神様です。部分部分に違う力があるので、隣り合う力がその人にとって良い相乗効果をもたらすとは限りません。むしろ悪い結果になることが多いじゃないでしょうか。だから、誰か、ずっと昔の人が、言ってみれば、祈願の効率化のために彫ったんじゃないでしょうか」


 そう言われてみると、それぞれ別の印象を受ける気もしたが、そこから力がでているのかどうかは石崎には分らない。




「管理人さんは、どこに祈願してるんですか?」


 石崎は、一応、聞いてみた。


「私ですか?」


「ええ…」


「はは。私は特にお願いしたいこともありませんし」


 管理人は世間話のノリで答えていたが、石崎は笑うポイントが分からなかった。




「そうですか? たとえば宝くじとか」


 理解するのを諦めた石崎は、からかい半分に聞いてみる。




 それに対して管理人は、少し考えて答えた。 


「それを叶えてくれる力を探すのはその金額を稼ぐのと同じぐらい時間がかかりますよ」




 特に面白くもない返答だった。




「ああ‥そんなにかかりますか」


「ええ」


 管理人は何もなかったように電気を消し、石崎と一緒に部屋を出た。




 先ほどまでの眠気が戻ってきた石崎は、洞窟で味わった気味悪さも加わり、設備の説明は全く頭に入らなかった。






 地上に戻ると、納品のトラックが到着していて、店内のあらゆるスペースに備品の入ったダンボールを積み上げていた。




「おはようございまぁす!!」


 遠慮のない元気な声。


 昨日、採用した地元の短大に通う二人組だった。




一人は小柄でやたら元気な、佐伯彩、と、スタイルのいい和風美人の山野紀美佳、もちろん見た瞬間、即採用。




続いて男たちがやってきた。




人の好さそうな国立大学生、高校生男子3人組、今年高校を卒業したばかりの地元のフリーター。




これで夕方までには終わる。




まだ営業していない店舗で働かせるのは少しマズイ気もしたが、誰よりも早く終わらせたいのは徹夜続きのこの上司だったので、暗黙の了解でそのことには触れず、石崎はバイトたちとワイワイやりながら作業をすすめた。





「ちょっと管理室に寄って、ついでにみんなの弁当を買ってくるよ」



 別に管理室に用があった訳ではないが、石崎は再び地下のフロアに向かった。


先ほど気味悪さを味わった仕返しに、写真を撮ってlineで東京の仲間に送ろうかと思ったからだった。




しかし、その洞窟の部屋は引き扉が閉まっていて、鍵もかかっていた。




石崎が管理人に頼むと何も聞かずに開けてくれたが、神の洞窟だと言っている人の前で写真を撮るのはさすがに非常識なので、ひとまず中に入って、神妙さを装っておいた。




やはりリラックとはほど遠く、パワースポットとも違う。




管理人がいなくなり、石崎はシャッター音が聞こえない辺りまで、気味悪さを我慢して奥へと進んだ。




本当は、廊下からのアングルで、このむき出しの洞窟を撮りたかったが、それは別の日に撮るとして、今はできるだけインパクトのある彫像を探した。


米俵や釣り竿や剣を持ったどこかで見たことのある彫像ではなくポケモンみたいなのがあれば…少し古いが、ネタとしては通じるだろう。


石崎は、スマホのライトで照らしてみたが、どれも今一つで、しかも崩れかかっているので、貴重な感じもしなかった。



「テンチョウ」


 背後で声がした。




 石崎が振り返ると、高橋明澄が部屋の入り口に立ってこちらを見ていた。


 彩や紀美佳とは別の日に採用した高校生だった。




 石崎は洞窟の部屋を出た。

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