終焉の世代達
世代集結
英雄の故郷、王国グスリカ。
グスリカ王家と五つの最高位貴族、二〇近い中小規模の貴族が護る国。
領土ラグナキオンを護る領主は、最高位貴族リースフィルト家の現当主。
二〇年前の大戦にて世界を恐怖と混乱に貶め、崩壊させんとしたユキナ・イス・リースフィルトの異父姉妹であり、英雄の側室の一人。ツバキ・イス・リースフィルトの母――サクラ・イス・リースフィルト。
彼女の名の由来となった色の花が咲く朝焼けの差す頃、彼女は英雄の腕の中で目覚めた。
「おはよう、サクラ」
「お、おはようございます……旦那様」
頬を朱色に染め、青色の瞳を潤ませて恥じらう姿には、最高位貴族の当主などという荘厳かつ重苦しい雰囲気は存在しない。
本妻や他の側室と比べても一番若いものの、未だ愛しい人が帰ってくれば破顔して抱き着き、恋人のように振舞う姿は、俗にいう童顔と合って幼さを残す。
その結果というべきなのか、彼女の中には今、ツバキの弟――もしくは妹となる予定の新たな命が宿っていた。
「可愛い寝顔だったよ」
「もうっ、からかわないでください」
ミーリはサクラを抱き上げ、車椅子へ。彼女には生まれつき、右足の膝から下がない。
ツバキが生まれるときも、一番若い彼女が最初に産むことと同時、子供にも何か不随があるのではと心配していたが、結果的に過ぎるくらいに元気な子を産んでくれた。
サクラはまた不安そうだが、ミーリは大丈夫だと信じているし、知っている。どうしてかは、内緒だ。
「そういえば、昨夜にツバキから連絡があったそうで」
「わざわざ連絡するなんて、珍しいね。いつもは文通してるでしょ?」
「私ではなく、貴方に用があったみたい。
「そっか」
いつだって、子供達のことは信じている。
だが残酷な話。どれだけ信じていたっていい結果になるとは限らず、むしろ信じたくないくらいによくない方向にばかり結果は傾きがちだ。
実際、零がずっと苦労していたのも、苦悩していたのも知っていた。
だからとても安堵して、思わず少し大きめの吐息が漏れる。
サクラが車椅子を寄せ、手を握り締めてくれた。
「朝食にしましょう、旦那様」
リースフィルト家の屋敷にはテラスがあり、二人のときは、いつもそこで食事する。
全面特殊なガラスが張られており、中は色彩豊かな草花で飾られている。外も茨が生い茂って、霊力を吸って成長し、色彩を変えて咲く珍しい花が開いていた。
「零ちゃんが
ミーリと繋がりのある全家族の中で、サクラが一番戦闘に関する知識に乏しい。
元々対神学園の出身ではないし、仕事も
今は力を失っているし、どちらにしても武装に関する知識もなければ、戦闘経験も豊富とは言い難い。
「俺も能力の詳細は聞いてないんだ。帰ったら聞こうと思ってる、けど……」
「零ちゃんと喧嘩でも?」
「あぁいや、零じゃなくて……その武装が、ね」
同時刻、
二人の娘、ツバキも紅茶を嗜んでいた。
さすがに貴族の令嬢なだけあって、紅茶を飲んでいるだけなのに実に様になる。彼女を慕って生徒会に入った後輩らは、さぞ今の彼女の姿に見惚れ、絵にさえするだろう。
隣で腕を組み脚を組み、ただ静かに目を瞑るアロンには、縁遠い話である。
ラグナロクでツバキの仕切る生徒会と並ぶ二大戦力、風紀委員を束ねる彼は学生らから恐れられる存在であり、ツバキとは対極と言えた。
生徒の情報を扱う生徒会と違って、学内の抗争を武力で以て制圧するのが、風紀委員の特色だからだろう。
実際、彼がいるだけでその場に若干の緊張感が生まれる。
彼といて緊張することを知らないのは、彼と同じ父の血を引く子供達だけだ。
「元気そうだな、
「はい! 元気です!」
「つ、ツバキお姉様、も……お元気そう、で、よかったです」
歳が五つも離れている異母姉妹ということもあって、最年長の二人に対し、最年少の双子は若干緊張気味。そんな二人の背後から、麒麟がギュッと抱き締めた。
「あぁもう、可愛いなぁ。二人共、偶にはうちに遊びに来ればいいのに」
「麒麟お姉ちゃん、苦しいよぉ!」
麒麟は荒野家に来ると、必ず下の双子に一回は抱き着く。
ずっと妹や弟が欲しいと言い続けている彼女には、二人が可愛くて仕方ないのだろう。
だから二人も麒麟のことは好きだったが、最近は合う度に抱き着こうとしてくることに、うざったさを感じ始める年頃でもあった。
「その辺にしたげなってんですよ、麒麟。二人が嫌がって逃げやがりますでしょうが」
「だってぇ、可愛いんだもん」
未だ幼さを残す二人が可愛いのはわかるのだが、麒麟の接触の多さは那月から見ても、うざったいだろうなと思わざるを得なかった。
と、インターホンが鳴り、扉が開く。
青の中に赤が混じったセミショートの髪に、左右で赤と青に分かれるオッドアイを携えた、最後の終焉の世代が到着した。
「遅くなってごめんよ。お母さんがなかなか離してくれなくて」
ラグナロク四年、シールフォンス・ファブニル。愛称、ジル。
終焉の世代、唯一の半神半人。
星の歴史に名を刻んだ過去の影法師――人より神へと昇華して転生した魔神を母に持つ。
母親については全世界共通の認識ではなく、ファブニルの姓も表向きの物だ。
未だ神々を敵視する世界の在り方は変わっておらず、元は過去の人間だった魔神とて例外ではない。英雄の側室ということで大目に見られるとも限らないため、彼の母の本性を知る人は限られていた。
無論、世代の子供達は面識もあり、魔神だなんて呼称も似合わない優しい人であることも知っているから、抵抗はなかった。
「全員――揃ったか」
アロン・クーヴォ。
「以前にも会合はしたが、二人は通信だったからな」
ツバキ・イス・リースフィルト。
「ごめんね、ツバキ姉さん。毎度タイミング悪くて」
シールフォンス・ファブニル。
「人気のない遠方の依頼ばっかり受けやがるからでしょうよ。遠慮しないで、もっと近場の依頼にも立候補しやがればいいんです」
「ジルは優しいだけだよ、那月。七騎全員が学園から遠く離れてるわけにもいかないって、自分から行ってくれてるんだから」
「七騎については、僕には何も出来ないですから……本当、申し訳ないです」
荒野
「切お兄ちゃんが気にしても仕方ないよ! ねぇ、清廉!」
荒野微。
「え、えっと……お、お兄ちゃんは、病気しちゃう、から、仕方ない、です……」
荒野清浄。
「と、まぁこの人達が私と同じ父親の子供達。学園の名前から、終焉の世代って呼ばれてるの」
そして、荒野零。
もう一人怪しい男がいるものの、とりあえずこの九人が、ラグナロクが誇る終焉の世代。
これから彼女――ロンゴミニアドの能力を共有する、異母の兄弟姉妹達。
「本当に信用して構わないのですか、
「大丈夫だから! そんな目つきで睨まないで!」
周囲からしてみると、どんな目つきかもわからないし、能面のような無表情から変わっているようにも見えない。
召喚者と応じた武装というパートナーだからこその、繋がりなのかもしれない。
だが武装は召喚者に近い性質の物が召喚されると聞いていたのに、零とロンゴミニアドは、その常識を疑わしく思わせる
名のある武装以前に、ロンゴミニアドのような人格を有した武装を召喚したことの方が、皆には信じられなかった。
だが実際に一番信じられてないのは、召喚した当人だ。
「では、
抹殺だなんて物騒な言葉を零は使わない。
堂々とした振る舞いもなければ、常に脅威を探すようなこともしない。
本当に、どの部分が零に近いのか。
強いて言うなら、本人に自覚はないだろうが、学内でも密かに噂されるくらい美人ということか。スタイルもよく、人当たりもいい。何よりか弱い女の子だから、男子には護ってやりたいと思わせるのだろう。
本人に言うと絶対に傷付くし、美人の部分だけでも否定するだけなので言わないが。
「抹殺とか言わないで!」
「では拘束した際の尋問、拷問の許可を」
「拷問も禁止!」
だけど本当に、なんで召喚できたんだろう。
皆の疑問符が消えることはない。
「ロンゴミニアド。不安に思っているのは、零のことを思ってくれているからなんだよね。僕らも……同じ、気持ちだよ。代わりに僕ら全員の武装の能力も教えるから、ダメ、かな。お互いに能力を知っている方が、連携も取れると……思うんだ」
咳を堪えながら、切が助け舟を出す。
ロンゴミニアドは特別反応を示さず、また何か反論することもなく、考えている様子だった。
おそらく、啓示される情報の信憑性をどこで判断すべきかを考えているのだろう。
気付いた切はツバキに一瞥を配り、ツバキもまた気付いて助け舟を出す。
「なら、学園に登録してある私達の武装情報を見せよう。学園に登録する際には厳しい審査もされているから、偽りはない。その上、限られた生徒と教職員しか見られない決まりだ。情報漏洩の心配も少ない」
「そこまでする必要が? むしろあなた方が危険に晒されているかと」
「そいつが……俺達を裏切ると? それとも、おまえが裏切るつもりなのか」
アロンが細く目を開けて睨む。
威圧感のある声が微と清浄をビクリと震わせ、切も零も少し頼りないと思ったのか、ロンゴミニアドの後ろに隠れてしまった。
隣からツバキに肘で小突かれて面倒そうに視線を返しながらもアロンは訂正した。
「俺達は、誰もこの先道を間違えない、なんて思っちゃいない。だが間違えれば残りが正す。例え殺してでも。零だろうと、俺を含めた他の奴らだろうと同じことだ。要はそういうことだ」
「これが風紀委員をやってる理由、わかっただろう?」
ロンゴミニアド――
彼女が生きた時代は、兄弟だろうと親子だろうと競い合い、貶め合い、殺し合った時代。
己の誇りと武勲と栄光、それらを自らの手で掴み取るため、家族さえも敵に回さなければいけなかった時代にあり、かつての使い手も、実の息子と戦って最期を迎えた。
そんなかつての持ち主の二の舞を演じまいとしてくれているのか、理由は未だ語られてはいないけれど、彼女が本気で零を思っているのは事実だ。
だから今、どれだけ言葉を並べたところで、彼女の警戒を真に緩めることは出来ないだろうし、信頼など勝ち得るにはまだ程遠いだろう。
そしてそれは、零も同じだ。
彼女も今は人格を有す身。彼女自身も主を見限り、誰かに着くことが出来る。
皆、信頼を勝ち取らなければならない。得体の知れない、正体を見せない王の槍から。
「……アディ。あなたの能力を、みんなと共有したいの。許してくれる?」
「それが王命とあらば」
王命とあらば迷いはない。
だけど返事の早さが、そのまま信頼の有無には直結しない。彼女は今、零を自分の主としているから言うことを聞いているだけだ。
そういう意味では、カウーレに虐待を受けていたパートナーと、関係性はなんら変わりないだろう。だから変わりたい。
まずは一緒に戦った。次は同じ相手、同じ人達に心を開けるようにしたい。自分達は彼らの仲間だと、認識を同じにしたかった。
「アディの能力は、結構特殊なの。アロンさんとツバキさんは、一昨日の決闘を見に来てくださったんでしたよね」
「うん、だが……」
「能力の詳細までは絞れなかった。何せ零は立ち尽くしていただけで、奴が勝手にバテていただけだったからな」
結構序盤から見てたんだな。
実は零のことが心配で、いの一番に向かったのではとさえ勘繰ってしまう。難しい顔をしているが、中身は他の兄弟と変わらないと知っている。
「精神に干渉する系統か。力そのものに作用する系統か。俺の中ではこの二択だったが」
「大まかに系統を括ると、後者のお考えが近しいです。私の能力は、敵対している相手の能力を、王のそれより下にするというものですので」
「う、うん? え、どゆこと?」
微と清浄が首を傾げると、ロンゴミニアドは少し考え始めた。零曰く、言葉を選ぶときに一番長考するらしい。
「今、我が王は
「え、つまり? なんか自分、とんでもない能力に聞こえたような気がしやがるのですが」
「私も――ご、ごめん零ちゃん! そういうつもりじゃ……」
那月も、失言だったと頭を下げた。
ロンゴミニアドの能力をとんでもないと感じたことは、悲しいかな、零の能力値の低さがとんでもないと思っていることも一緒だったからだ。
だってそうだろう。
学園最弱にして無能の零が、相手の能力値を強制的に最弱かつ無能の自分より下にするのだから、今現在のラグナロク生徒では、誰も彼女に勝てなくなることを意味する。
確かに凄い能力ではあるのだが、持ち主が弱ければ弱いほど効力を発するなど、これ以上なく皮肉の効いた内容でもあった。
「相手の能力を、零より下、か……なるほど。カウーレの動揺もわかる」
「おい、アロン」
皆が同じ気持ちでなんとも言い難い空気になっている中、切は違うことを考えていた。
もしかしてロンゴミニアドが頑なに能力を明かそうとしなかった一番の理由は、零を庇うためだったのではないかと。
聞いた限り、彼女の能力は知ったところで簡単に対処できるような代物ではないし、今のラグナロクに打破出来る人はいないだろう。
それでも能力を明かさなかったのは、零の無力を確証づけてしまうからではないかと思った。
というよりも、そう信じたかった。勝手な思い込みかもしれないけれど、妹の呼びかけに答えて、今も護ってくれている無表情の武装に、そんな優しさがあったのだと。
「零。確認するが、今は下位の契約しかしてないんだな」
武装との契約は下位と上位に分かれており、上位の契約は真に深い信頼と霊力の結び付きがなければ成立しない高度な契約。
失敗すれば、下位の契約さえも破綻しかねないため、学園では学園長からの許可を得ないと使用どころか試用も出来ない規則になっている。
そして上位の契約を結べばより強い力を得られるのと同時、新たな能力を得られることも少なくない。それも二つ三つと複数の能力を得ることだってある。
零が頷くと、アロンは何か決めたらしく、座っていたソファの肘置きを叩いた。
微と清浄がまたロンゴミニアドの後ろに隠れ、両隣からツバキと那月、上から那月に小突かれ、ジルにも冷たい視線を送られて、少し反省した様子で低く唸ってから、本題に戻した。
「零、風紀委員に入る気は無いか」
「私が、風紀委員に……?」
突然の誘いに困惑する零。その隣で、ロンゴミニアドは誰にもわからない鋭い視線を、アロンに向け続けていた。
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