神槍・ロンゴミニアド
新学期、無事に四年生へと進級した
進級のために行った補習先で、
『無能の零』などと呼ばれていた彼女が武装を召喚できたこともそうだが、何より噂が広まった要因は、召喚された武装の絶世とも言える美しさであった。
「
「う、うん……ありがと」
甘い香りのする蜂蜜色の髪。
陶器のような白い肌に端正に整った顔立ちと、顔だけでも充分に異性を惹き付けるというのに、凛とした一挙手一投足、儚げな立ち居振る舞いと、同性さえも魅了して止まない。
唯一惜しい点があるとすれば、機能性を重視するあまり、服装が簡素に過ぎるということか。
宝石で豪奢に飾る必要はないが、少しはオシャレしていいと思うくらいに、彼女の意匠は簡素で、一般学校の制服を思い起こさせた。
そんな恰好で姫のような顔立ちと、騎士のような振る舞いをするのだから、周囲からしてみればこれ以上なく不思議な存在に映る。
故に皆が物珍しそうに見つめて来るのが零は嫌だったが、当の本人はまるで気にしてない――こともなかったが、それは視線の中に零に対する敵意がないかを気にしているという意味合いでであった。
「
戦闘訓練は組手形式なのだが、零相手では意味がないと誰も相手してくれない。
結果、相手になってくれるのは彼女だけで、それがまた注目を集めるから、零は集中力を欠かれた。何せ彼女は同学年の生徒を凌ぐほどに、体術が優れていたからだ。
自分達よりキレもあり、速度も威力もある上、柔軟な動き。武装相手に劣っていることを卑下する生徒がいれば、嫉妬する生徒もいるし、逆に憧れ、尊敬する生徒さえいた。
同時、なんでそんな凄い武装を零なんかが召喚できたんだと訝しむ目さえあったが、視線に変えれば即座にロンゴミニアドが睨むので、誰も何も言えなかった。
「えっと……そこにいられると、食べづらいんだけど」
礼拝堂だった場所を改装した、ラグナロク食堂。
食事する零の隣で、ロンゴミニアドはロングブーツの両踵を揃えて立っていた。
視線はずっと零を見ているが、注意は常に周囲全体に向けられている。護衛のつもりなのだろうが、食べにくいことこの上ない。
「我が君、
「……その、一緒に食べない? サンドイッチ。何味が好き?」
「武装に食事は不要です。いつ神々の進軍があるやもしれぬ今、充分な食事は出来るうちにしておくべきです。我が使い手たる
本当に、
彼女の意見は理に適っているし、正しいとも思うのだが、この融通が利かない部分はどうにか出来ないかと悩んでいた。
どうも彼女の考え方は武器としての考え方で、人の肉体も戦うために有したとさえ思ってしまうし、人格もただ戦うためだけに固定化されているようだった。
そう思うと、少し悲しい。
ロンゴミアントや他の武装のように、人として振舞う姿も見てみたいとさえ思うけれど、どうすればそんな姿を見せてくれるのか、皆目見当もつかなかった。
「王たる君。早く食べませんと、次の授業に差し障ります」
「えっとその呼び方は……」
と言いかけて、待てよと考える。
「ねぇ、毒味をしてくれない、かな……最初にあなたが食べて、それで私が食べるの。どう?」
自分を王様と位置付けているのなら、とダメ元の作戦だった。
そもそも学園について説明するのに、散々安心な場所だと説得した後で毒味してくれと言うこと自体が本末転倒なわけで、彼女に指摘されれば何も言い返せない。
だけどその心配の半分程度ではあったものの、期待もあった。
何せ学内で自分の名前を呼ぶな、とさえ言う程だ。主のために配る心の数と、警戒している見えない敵の数は計り知れない。
だからもしも彼女の中に可能性があるのなら、乗ってくると思った。
「……なるほど。
やっぱり。
心配性――とは少し違うだろうが、彼女がそう易々と警戒を緩めることもないし、信用することもない。
毒の可能性を示唆すれば、乗ってくる可能性は充分にあった。
彼女の良心に付け込むような形で罪悪感もあるが、今はまだ、これでいい。
こうなれば、時間を掛けてでも信頼を勝ち取ってやろうとさえ思う。奇跡の手を借りたとしても、自分の手で召喚することが出来た武装なのだから。
「では、失礼します」
食材すべての毒の有無を確かめようと、適度な大きさに千切って口に入れる。
長い咀嚼で出るよう促した唾液と食材を絡めて、毒の有無を確かめる彼女の顔つきは真剣そのもので、まるで食事を楽しんでいるようには見えない。
味がわからない、なんてことはないはずだが、シンプルに彼女の口に合わないからなのか、それとも毒の有無を慎重に吟味しているのか、長い咀嚼を終えた彼女は吐き出すのではないかと心配する零をよそに、ゆっくり呑み込んだ。
「毒はないと思われます。
「そ、そっか! じゃ、じゃあこっちの二つもそれぞれお願い!」
「……畏まりました。王命とあらば」
形は少し歪だが、でも初めて取る一緒の食事。
いつしか普通に、周囲の皆と同じように食事できるまでにどれだけの時間が掛かるだろう。しかし今日、そのための一歩を踏み出せたことが、零は嬉しかった。
ただ周囲から送られる視線の一部が、とても冷たい眼差しであることも、零は感じていた。
武装はどこまで行っても武装――そんな考えを持つ人も、少なくないからだ。
二〇年前、両親が学生だった頃ほどは酷くないとは聞いているけれど、その時代の学生らが親となり、子供にそう言った教育をしていてもおかしくはない。
ロンゴミアントも、最初は召喚が不十分で槍の脚だった頃は物珍しそうな目で見られているのが嫌だったと言っていたけれど、果たして彼女には、周囲がどう見えているのだろうか。
「ねぇ、ちょっと」
不意に話しかけてきたのは、五年生の先輩だ。
確か生徒会に所属していて、ツバキと一緒にいるところを何度か見かけたことがある。
彼女の武装は、武器というより拷問器具に近い、いわゆる
彼女――カウーレ・オルトクラムは、その音速に至る一撃を操る使い手で、麒麟が入るまでは七騎の一人にも数えられていた実力者でもあった。
零が一方的に見知っているだけで、直接の面識はない。だからまさか、話しかけられるだなんて思ってもみなかった。
「えっと、な、なんでしょうか……」
「なんでしょうか、ですって? わざとらしい。それを堂々と見せ付けてる癖に」
彼女の指は、紛れもなくロンゴミニアドを指した。
彼女自身、隠す気などまったくない。彼女は学内でも、武装を武装としてしか見ない傾向が特別強い人としても知られており、同時、プライドが高いことでも知られていた。
「名のある武装であることは、霊力を見ればわかるわ。でもだからって何? 見た目が綺麗だからって見せびらかして。対人戦闘訓練も彼女とやったって言うじゃない。どうせ父親のコネで召喚させて貰ったのでしょうけど、そんなに自慢したいのなら逆に堂々としてて欲しいわ」
「そんな、私は――」
「往生際の悪い! あなたがこんな悪い性格をしてたなんて、知りもしなかったわ! 最弱で無能な上に性格まで悪いなんて、恥を知りなさい?!」
確かに、自分が無能で最弱なのは自覚している。
自分が彼女を召喚できたのは、父ミーリのコネだと思っていた人も、少なくなかっただろう。
自分自身で召喚したなんて誰も信じてくれないとは思っていたけれど、こうも真正面から言われると傷付くし、泣きたくなる。
彼女を見せびらかしてるつもりなんてなくて、ただ仲良くなりたかっただけだったのに――
このままじゃ泣きそうになると、逃げるように席を立とうとしたとき、乾いた音がカウーレの方から聞こえて、見ると彼女の肩に、真白の手袋が乗っていた。
「決闘の意思あり、と受け取りました。言葉で向かう意気があるのなら、挑まれた戦いから逃げることもないでしょう」
「ちょ、ちょっと――」
「
彼女も、我慢ならなかったのだろうか。
相変わらず表情は過ぎるくらいに不愛想で、ほとんど変化は見られない。
けれど決闘を申し込むため手袋を投げるにも今の発言にも、まったく躊躇は見られなかった。
だが今の言動は、カウーレの逆鱗に大いに触れた。
たかが武器と思っていた相手に負け犬と呼ばれ、しかも決闘を申し込まれたのだから。
「脅威? 最弱で無能の、終焉の世代にも数えられないような子に、私が恐れる脅威なんてあるはずもないでしょう?!」
終焉の世代に、七騎の座を追われたが故の嫉妬か。
唯一自分より劣っていたはずの零が、自分でも召喚出来なかった名のある武器を召喚できたことが相当にショックだったのだろうが、ついに本音が漏れだした。
肩に乗った手袋を、震える手で床に投げつける。
「いいわ、受けてやろうじゃないの! どれだけ凄い武装か知らないけれど、武装の能力だけで私に勝てるなんて思わないことね!!!」
「では一時間後、第一闘技場でよろしいですね」
「いいわ。徹底的に甚振ってあげる! 覚悟しなさい、荒野零!」
とんでもないことになってしまった。
相手は元とはいえ、学園最強の称号の座にいた人だ。自分が敵うはずもない。
たった一人で悪魔を倒したという彼女だけなら可能性もあるかもしれないが、武器単体の決闘なんてカウーレが受け入れるはずもなく、カウーレでなくともあり得ないと考えるだろう。
武器は人格を有していてもあくまで武器であり、人と同じ権利は存在しない。どれだけ彼らの人格を尊重しようとも、これだけは変えようのない事実だ。
故に決闘は、カウーレと零のものとして行われる。
「えぅ……ぅ……」
泣きそうだ。
また恥を晒すことになる。
道場を襲撃された事件に補習での失態と、ここ最近だけでも立て続けに無様を晒し続けているのに、また、父の顔に泥を塗るのか。
――最弱で無能の、終焉の世代にも数えられないような子に!
どうしよう。泣きそうなのを超えて、死にたくなってきた。
自分が負けるだけならいい。自分だけが蔑まれるのなら、もういい。
でも父が、兄が、家族までもが笑われてしまうのは嫌だ。
自分のせいで。自分が弱いせいで――
「
彼女は何も悪くない。
彼女はむしろ、自分を庇うために抗ってくれた。言い返してくれた。感謝こそしなければならないのに、心のどこかでなんてことをしてくれたんだと思う自分がいることに腹が立つ。
実力の前に、心までもが弱い自分が憎い。苛立たしい。いっそ、殺してしまいたい。
「心配には及びません。常に勝利は王の手の中に」
「……私、学園で最弱ですよ。老人にまで負けてしまうくらい弱いですよ。私は、最強の父の血を引きながら、強さだけを引き継げなかった、最弱の――」
「だからこそ、勝てるのです」
目の前で片膝を付き、手を取られる。
普段の不愛想な彼女のままだが、今手を取って自分を見上げる姿には、何故か感情が見えた。
顔にも言葉にも、熱は感じられず、力んだ様子もない。なのに、感じられた。
「私が、約束致しましょう――」
その先にあったのは、いつしか聞いた言葉に似ていた。
もしかすると、自分はこの言葉を言って欲しくて、あの人をパートナーにしたかったのかもしれない。
その言葉は武装として、使い手を心の底から信じていないと、出てこない台詞だと思うから。
自分なんかを信じてくれるその言葉を、あの祝詞にも近しい言葉を掛けてくれるなら、弱い自分でも、頑張れるかなと、思えてしまうから。
――必ずあなたを勝たせて見せるわ
「必ずや、王たる貴君に勝利の勲章を」
彼女らしい言葉に飾られた宣誓がされた瞬間、零の中でようやく、神槍・ロンゴミニアドが、パートナーとして映った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます