第22話 委員長からの試練
キーンコーンカーンコーン!
さあ、今日も朝から学校の授業が始まるよ。もう高嶺ちゃんに注意されないように気を付けないとね。
チラッと彼女の席の方を振り返ると目が合って、高嶺ちゃんはすぐに目線を教科書の方に戻してしまった。
学校に友達がいるって不思議な気分。いや、普通なのかもしれないけどさ。一緒に異世界を冒険して同じ秘密を共有した友達が出来たのは初めてだよ。
何だか普通の生活も変わって感じる。
あたしは高嶺ちゃんとは良い友達になれたと信じていた。でも、それは甘かったとすぐに知ることになったんだ。
午前の授業が終わって昼休みになった。
あたしがいつものように一人でお弁当を食べようとしていると高嶺ちゃんが前の席に座って机をひっつけてきた。
彼女の手にはお弁当があって、あたし達は一緒に食べ始めた。
初めての友達らしい行為にあたしは感動して、周囲のクラスメイト達の『委員長の指導が始まったよー、神崎さん可哀想』って視線には気づいていなかった。
仲の良い友達がいたらネットワークを通して世間の情報がいろいろ回ってきただろうけど、あたしにはそんな仲の良い友達はいなかったので、クラスの情報網からは孤立していた。
最近友達になったばかりの高嶺ちゃんと一緒にご飯を食べている。あたしにとってはそれだけのことだ。
あたしは何か話したかったけどクラスのみんなの耳のある所で向こうの世界の事は話せないし、高嶺ちゃんも食事中に話すのはお行儀が悪いと思っているのか緊張しているのか何も話してこないので、お互いに無言で弁当を食べ終わってしまった。
高嶺ちゃんが動いたのはそれからだった。お互いに弁当箱を片付けてから立ち上がって言った。
「では、瑠美奈さん。これからわたくしに付き合っていただけますか?」
「いいけど、どこに?」
友達の誘いだ。あたしは前向きに受けようとするんだけど、
「図書室にです」
「図書室?」
頭が凡人のあたしには縁の無い場所だった。でも、高嶺ちゃんがせっかく行こうと誘ってくれたんだもの。あたしは行くことにした。
これから待っていることも知らないで。あたしは本当に呑気な女の子だった。
昼休みの静かな図書室。慣れない場所だ。お邪魔しまーす。
あたしはこっそりと挨拶してから高嶺ちゃんに続いて入っていく。
図書室では真面目そうな生徒達が真面目そうに本を読んだり勉強したりしている。何だかとっても場違いな場所に来た感じ。
あたしが頼れるのは高嶺ちゃんの背中だけだ。離れないようについていく。
図書室の中を進み、空いている席に向かい合って座り、高嶺ちゃんが自分の鞄から出してきたのは問題集だった。それも学校の物とは違う特別製のようだった。
何これ、結構分厚いよ。
高嶺ちゃんはそれをあたしの方に向けて差し出し、言った。
「では、この問題集を。わたくしが良いと言うまで解けるだけ解いてください」
「なぜ昼休みに勉強を!?」
「時間はもう始まっています。始めてください」
「くっ」
高嶺ちゃんがどういうつもりか分からないけど、友達だもんね。きっと理由があるんだ。
あたしは始めることにした。
時計の針の回る音がする。はっきり終わる時間を指定されていないからペース配分が分からないよ。でも、とにかくやるしか無い。
あたしは分かる問題を優先して、分からない問題は飛ばしていく。この問題集、いろんな教科が混じっているし、ページ数が多いよ。昼休みだけで終わるわけがない。でも、とにかく進めた。
友達を信じて。
「そこまで」
高嶺ちゃんが終了の合図を告げたのは予冷の鳴る五分前だった。あたしは全力を出した。疲れ切って椅子の背もたれにもたれた。
高嶺ちゃんはすぐにあたしの手元から問題集を引き寄せて採点を始めた。解答のページを見もせずに採点を付けていく。さすがはお嬢様で委員長、頭が良いんだ。
彼女が友達で一緒に冒険をした仲間だなんて誇らしいね。
あたしが椅子の背もたれにもたれながら高嶺ちゃんの真面目な顔を見ていると、やがて採点を終えた彼女が顔を上げた。
「この分だと大丈夫そうですわね」
「やりい」
友達に褒められると嬉しいね。やったあいがあった。
でも、すぐに釘を刺された。
「でも、油断はしないでください。うちのクラスから赤点なんて出しませんからね」
「うん」
あたしはただ高嶺ちゃんに認められて嬉しかっただけで、その裏にあった事件には気づいていなかったんだ。
かつてあたし達のクラスには成績が最下位で不良だった佐藤君という生徒がいた。彼は委員長に何度注意されても態度を改めず、無理やり拉致されて連れてこられても問題を解こうとしなかった。
彼の味わった地獄なんてあたしは本当にこれっぽっちも知らなかったんだ。
あたしはクラスのことにはとんと無頓着で、佐藤って変わったよな~と周囲が話していても、ふーん、そうなんだと聞き流していただけだった。
自分でも知らない間に地獄を回避していたあたし。予冷が鳴ったので急いで教室に戻った。
日頃は話さないクラスメイト達からなぜか心配そうな声をもらった。
「大丈夫だった? 神崎さん?」
「佐藤のような目に会わされなかったか?」
「佐藤君?」
授業の始まる前から真面目に席に着いて教科書の用意をしている秀才の佐藤君が何だと言うのだろうか。あたしにはちっとも分からなかったけど。
「無事ならいいんだ」
「そのままのあなたでいてね」
たいしたことは無さそうだと判断したのか、みんなは急いで席に着いていった。
先生が来る。
さあ、午後の授業が始まるよ。
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