第21話 サード国へ
それからも戦いながら進んでいく。このダンジョンには状態異常持ちの敵が多かったけど、その都度高嶺ちゃんが回復してくれたので助かった。コウは勇敢に敵に向かっていく。
神様と同等の権限こそ持っていたけど職業が魔法使いのあたしは、いわゆる普通の回復魔法というものが使えない。
神様の権限でコマンド一つで全回復とかはあったが、こんなのは魔法じゃない。ただの反則(チート)だ。コウの旅をつまらなくしてしまうだろうし、楽を覚えさせても良い事はない。
回復アイテムをきちんと買わずに旅に出るような冒険者にはなって欲しくないものね。
高嶺ちゃんと仲良くしているのを見ると、魔法使いを選んだのは失敗だったかなと思ってしまう。賢者なら攻撃と回復の両方の魔法が使えたんだけど……似合わないよね、あたしなんかじゃ。
賢者ルミナ様なんて呼ばれたらあたしは恥ずかしくなって逃げてしまうよ。クラスのみんなに知られたら笑われてしまう。自分の身の程は弁えているんだよ。
あたしはやっぱり魔法使いでいい。あたしはコウを導ければそれでいいんだから。
「敵をやっつけたぞ、ルミナ!」
「うん」
「あそこの階段から上に上れそうですわ」
「行こう!」
敵をやっつけてから階段を上り、やがてダンジョンの出口が見えてきた。
チイサナ島とは違う風が外から流れてくるのを感じる。オオキナ大陸へと着いたんだ。
ここからあたし達の新しい冒険が始まる。気持ちを切り替えていこう。余計な事を考えるのはここまでだ。
あたしはそう決意して、コウと高嶺ちゃんと一緒に洞窟を出てその先に広がるオオキナ大陸の草原へと足を進めた。
風の吹く広い草原だった。あたし達は感慨深げにその場に立った。
「ここがオオキナ大陸か……」
「ついに別の土地に来ちゃったね。コウにとってもあたし達にとっても初めて来る場所か」
「あれがさっきまでいたチイサナ島でしょうか」
向こうの海岸から大陸が見えていたように、今度はこっちの大陸からチイサナ島が見えていた。
「さすがにチイサナ島は小さいね」
大陸は大きく見えたが島は小さく見えた。
水平線に横たわる景色の違いにスケールの差を感じてしまう。
さて、いつまでも感慨に耽っている暇は無いね。ツギノ村を発った時はまだ昼だったのに、もう夕方が近づこうとしていた。
「夜になると門が閉じられるかもしれない。サード王国を目指そう」
ツギノ村の人達の話によるとこちらの大陸にはサード王国があるはずだ。まずはそこを目指す。
初めて来る大陸で見つかるかなあと思ったけど、すぐに街道が見つかった。その時にはもう遠くに国が見えていた。
「あれがサード王国かな。探す必要は無かったね。急ごう」
トンネルが岩崩で塞がる前は商人達の通っていた街道だ。歩きやすく整備された道をあたし達は歩いていく。
すると向こうから近づいてくる馬車がいた。
いいなあ、馬車。あたしも前にやっていたゲームでは馬車を持っていたものだった。いつかこの世界でも持つようになるのだろうか。
物珍しそうに見ていたからだろうか。御者台にいた商人が馬車を止めて話しかけてきた。
「君達はもしかしてチイサナ島から来たのかい?」
「はい」
「と言う事はあのトンネルが通れるようになったのかな?」
「はい、岩はあたし達が撤去しました」
「ルミナが爆弾を使ったんだ」
「ドカーーーンと景気よく吹き飛ばしましたわ」
「こうしちゃいらんねえな」
あたし達がトンネルが通れるようになったことを伝えると、彼はすぐに商売の再開だと急いで町に戻っていった。
おっとりしたおじさんに見えたのにさすがは商人だね。動きが早い。
馬車に乗せていってくれたら楽だったんだけど……贅沢を言ってもしょうがないか。王国の城壁はもう見えている。
あたし達は徒歩で向かい、何とか太陽が地平線に残っているうちに門で手続きを済ませ、中に入ることが出来た。
ここがサード王国。夜が近くなってもう人通りのピークは去ったようだが、タビダチ王国より華やかで広そうだ。
「まずは宿を探しましょうか」
「そうだね」
高嶺ちゃんに指示された。導くのはあたしの役目なんだから取らないでよ。
都会に出てきたばかりの田舎者のようにボーっと物珍しそうに辺りを見ていたあたしも悪いんだけどさ。
ちょっとした不満を思い、あたし達は宿を目指す。大きな建物で看板も出ていたのですぐに分かった。「INN」は宿屋のマークだ。これはゲームもこの世界全体も共通なのだろうか。
中に入って訊ねると部屋は空いていた。あたしはみんなで一緒に泊まるつもりだったんだけど、あたしの肩を高嶺ちゃんが掴んで止めてきた。
「すでにこの世界に来て結構な時間が経ちましたし、わたくし達は帰りましょう。この宿にはコウさんが御一人で泊まってください」
「ルミナ、もう帰るのか?」
コウは寂しそう。初めて来た国で一人で泊まるんだものね。気持ちは分かるよ。あたしだって寂しくなる。
あたしは一匹で寂しく置いていかれる犬のコウを思って考えてしまう。家のコウはどこにも行かずに犬小屋で幸せに暮らしているけど。
まだご飯の時間には呼ばれていないけど、昨日は遅れてお母さんに怒られた。また同じ失敗を二日続けて起こすわけにはいかないよね。あたしは決めた。高嶺ちゃんの意見に賛同する。
「あたし達は帰るよ。コウ、知らない国で一人で大丈夫?」
「ああ、ルミナのいないうちに俺がこの国の情報を集めておくよ」
「うん、無理しない範囲で頑張ってね」
あたしが褒めてやるとコウは照れたようだった。
あたしが言わなくてもコウは自分のやる事を心得ている。頑張って答えてくれた。
あたしは賢い勇者に別れを告げて、高嶺ちゃんと一緒に自分達の世界へ帰っていった。
いつもより早く帰ると何だか早退した気分だね。あたしと高嶺ちゃんは現実世界のあたしの部屋に戻ってきた。
高嶺ちゃんの目が帰ってくるなりテレビの画面を見る。
「わたくし達、本当に異世界へ行ってましたのね?」
「うん、本当に行ってたんだよ」
画面に映っていたゲームの姿のヘルプちゃんが『またのお越しをお待ちしています』とメッセージを表示してから画面が消える。
あたし達はしばし余韻に浸った。帰るのが早かったのでお母さんはまだ晩御飯の用意を始めていない。
今度帰るのはこの部屋からだ。高嶺ちゃんが帰宅の姿勢を見せた。
「では、わたくしは帰りますわ」
「うん」
「くれぐれもあちらの世界の事は内密に」
「もちろんだよ」
あたしの方から内緒にしてと頼む立場だと思っていたのに、高嶺ちゃんから言われるのは何だか不思議な気分だ。
高嶺ちゃんもおかしなゲームみたいな話をしてみんなに変な人だとは思われたくないのかな。
向こうは真面目な委員長でお金持ちのお嬢様の立場もあるから、あたしよりその気持ちは強いのかもしれない。
高嶺ちゃんはどこから帰るんだろう。来る時にうるさかったヘリの音はしないけど。と思って見ていたら窓に向かった。
やっぱり来た時と同じルート? あたしはわくわくしたが彼女はベランダで脱いでいた靴を拾っただけだった。
どうやらヘリを帰す合図を送った時に靴をきちんと揃えて置いていたようで、彼女の几帳面さが伺えた。
靴を手にした高嶺ちゃんはすぐに引き返して今度はドアへと向かった。
じっと見ているあたしに一礼してから廊下へと足を進めていく。あたしはその背中を見失わないように後をついていった。
高嶺ちゃんに続いて玄関を出ていくと、そこに立派な黒い車が止まっていてあたしはびっくりしてしまった。
凄い高級車だよ。テレビでしか見た事がないような。さすがお嬢様。お金持ち。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ええ」
庶民は指をくわえて見ているしかないようなその高級車に高嶺ちゃんは何の躊躇いもなく近づき、運転手の開けた後部座席に乗り込んだ。
住む世界の違いにあたしは言葉を飲み込んでしまう。このまま別れるのかなと思っていると、高嶺ちゃんは後部座席の窓を開けて話しかけてきた。
「今日はあなたの夢中になっている事を拝見させていただきました。こちらの世界の事はまた明日、学校ですることといたしましょう。では、瑠美奈さん。ごきげんよう」
「うん、また明日学校でね、高嶺ちゃん。ごきげんよう」
窓を閉じて車が発進していく。あたしはまた明日学校でクラスメイトと会うんだと当たり前の事を思っただけで、彼女の話の意味を深く理解してはいなかった。
甘く見ていたんだ。高嶺ちゃんの行動力と委員長の責任というものを。
車が出て行ったのと入れ替わるようにお兄ちゃんが帰ってきた。お兄ちゃんは何だか興奮している様子だった。
「瑠美奈、今の鷹宮のお嬢様じゃなかったか?」
「うん、高嶺ちゃんはあたしのクラスメイトだけど」
「マジか。世間は狭いな。何をしに来たんだろう」
「高嶺ちゃんならあたしと……ゲームしに来たんだよ」
危なく向こうの世界の事を口走る所だった。あたしは正直者である自分の口を閉じて、別の事を言った。嘘は言ってない。
ゲームが別の世界に行くリアルなゲームってだけのことだ。それでもお兄ちゃんは驚いていた。
「鷹宮のお嬢様がお前とゲームを!? あの子でもそんな事するんだな」
「そりゃするよ。同じ年のクラスメイトなんだから」
あたしだって昨日までだったら驚いただろう。でも、もう一緒に旅をした仲間なんだから。
友達になれたんだ。これからもやっていこう。そう思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます