第13話 盗賊のアジト

 あたしが馬に乗せられて盗賊達に連れて来られたのは村からそれなりに離れた場所にある古びた遺跡だった。

 近くに人の住んでいそうな民家は無い。隠れて住むのにはうってつけのような人気のない場所だった。

 馬から降ろされて抵抗できないように両手をロープで縛られたあたしは、盗賊に引かれるままにその遺跡の奥へと進んでいった。

 もうほとんど崩れかけのようなぼろい遺跡だけど歴史的な価値はあるのかな。あたしはこの世界の考古学者では無いのでよく分からないが、暴れて壊したりはしない方が良さそうだ。

 それにしてもあたしの両腕を縛っているこのロープ。質の悪い安物のロープだなあ。荷物をくくるのでももう少しまともなロープを使うと思うんだけど、こんな物で人の動きを封じられると思っているのかな。

 さすがに序盤に登場するような盗賊に伝説の魔人を封じられるような上等な鎖を持ってこいとまでは言わないけど、うっかり力を入れるとロープが切れちゃいそうで気を遣うよ。

 なるべく力を入れないように意識して引っ張られるあたしはやがて突き当りの奥の部屋に辿り着いた。そこにはわりと立派な調度品が置いてある。ボスの部屋かな。あたしはさらに引っ張られ、その横の小さな部屋に入れられた。


「ここで待っていろ。すぐにボスが帰ってくるからな」

「いつごろ帰ってきそう?」

「すぐだ。連絡をしておいたからな」

「そっか」


 あたしにはコウを待つかボスを待つかしかするつもりは無いので、ここは素直に待たせてもらうことにする。

 盗賊は『調子の狂う奴だな』と言いたげな顔をして部屋を出ていった。あたしは落ち着きすぎていたのかもしれない。でも、泣きわめくような演技をしても無駄だと思うんだよね。

 それにあたしはここに来たかったんだし、可哀想な子だと思われて帰されたら困ってしまう。

 さて、静かになったが部屋の外に見張りぐらいはいるだろう。何をやって時間を潰そうかなとあたしは考える。

 ヘルプちゃんを呼べば良い話し相手になるだろうけど、ここでお喋りをして騒がしくしたらさすがにバレるよね。この手はもう少し退屈になって我慢ができなくなるまで保留にしておこう。

 宿題があれば良い時間潰しになっただろうけど……ここには持ってきていなかった。

 スマホを見れば……うーん、両手を縛られているので使えないんでした。魔法を使ってポルターガイストが起きても困るし。

 もうこのロープ切ってもいいかな。両手を使えないと不便だ。でも、騒ぎになっても困るし、もう少し様子を見てから決めよう。

 結局あたしは空想でいろいろ考えて過ごした。頭は便利だね。じっとしてても使えるから。

 ここで待っている途中で晩御飯の時間が来たらどうしようかと考える。コウや盗賊が来た時にあたしがいなかったら困るよね。うーん。待っているしかないかな。

 でも、ゲームに熱中しすぎていると思われて取り上げられてしまうと困ってしまう。

 幸いにも悩む必要は無かった。盗賊のボスはすぐに帰ってきた。部屋の外で見張りの男と交わす声がする。


「お帰りなさいやせ、ボス」

「勇者と交戦してこっぴどく負けたらしいな。俺が帰るまで待てなかったのか?」

「申し訳ありやせん。その代わりに勇者の女を連れて参りやした」

「俺好みのボンキュッボンな絶世の美女なんだろうな?」

「え? それは……」

「フッ、邪魔するぜ」


 部屋の入口をくぐって盗賊のボスが姿を現した。さすがにザコよりは強そうな風格をしているね。だが、汚い身なりで髪はボザボサで無精ひげを生やしていた。盗賊はみんなこうなのだろうか。

 あたし自身も身だしなみには無頓着だけどさ。別に不潔で汚いのが好きというわけでは無いんだよ。

 わりと機嫌が良さそうに入ってきたボスだったが、あたしを見てすぐに笑みを消して真顔になった。すぐ傍にいた子分の男に訊く。


「おい、なんだこいつは」

「へい、ですから勇者の女でせ……ぐえっ」


 すぐにボスの腕が部下の男の口を塞ぐように掴んだ。そのまま万力のように締め上げて持ち上げる。見ただけで痛そうであたしはうわーと思ってしまった。

 ボスは野生の獣のような鋭い目で部下を睨んで言った。


「勇者の女というから俺は気立てが良くて美人でグラマラスな聖女のような女を想像してきたんだぞ。それなのに何だこいつは。ただちょっとお洒落が出来るだけのガキじゃなねえか」

「ですが、勇者の女……」

「ガキはいらないんだよ。ピーピー泣いてうっとうしいからな。さっさと返してこい」

「あたしはピーピーなんて泣いてません!」

「ほう」


 おっとつい口を挟んでしまった。だって泣いてないのに泣いたなんて言われたむかつくじゃない? みんなだってそうでしょ?

 あたしの言葉に盗賊のボスは興味を惹かれたようだ。部下から手を放してこっちに近づいてきた。そして、しゃがんで目線を合わせて顔を近づけて手を出してきてあたしの顎を摘まんでクイッと持ち上げて来た。

 うーん、こういう行為はイケメンの男子にやって欲しいんだけど。学校にはあたしの好みの男子はいないけどさ。

 もう、この男吹っ飛ばしてもいいだろうか。でも、コウが来る前に盗賊団を壊滅させたらあたしの計画が狂ってしまう。都合が悪いんだよ。

 あたしは困って手を動かすとロープが切れちゃうかもしれないので足をモゾモゾ動かしていると、盗賊のボスは面白そうに笑った。


「このガキ、俺の好みにはまだ遠いが10年後ぐらいには良い線行くかもな。気が強そうで俺を睨むこの目が良い」


 ええー、睨んでいるつもりは無いんだけど。ただちょっと機嫌を悪くしていただけで。

 盗賊のボスに気に入られてもいいことなんて何もないよ。あたしが手を出すと遺跡を破壊してしまいそうなので、口だけ出すことにする。


「あんたも年貢の納め時よ! あたしにはコウが……勇者がついているんだから! すぐに助けに来てくれるんだからね!」


 殴るまではしないけど、これぐらいの啖呵は切ってもいいよね。ちょっと気分がすっきりした。

 あたしは口で攻撃したつもりなのだが、盗賊のボスは面白そうに笑った。


「ほう、それは楽しみだ。俺は前から勇者と戦いたいと思っていたんだ。勝てば箔が付くからな」


 ああ、この男は称号が欲しいのか。あたしは理解した。

 あたしもゲームで『魔王を倒した英雄』とか称号を手に入れたら嬉しかったもんね。気持ちは分かるよ。

『勇者に勝った盗賊』とか名乗れたらさぞ気分が良いことだろう。みんなが憧れて羨望の眼差しで見るかもしれない。でも、そうはさせないよ。あたしの勇者がさせない。

 そんなあたしの願いが届いたのだろうか。部下の盗賊が慌ただしく駆け込んできた。


「ボス、大変です! あ、お楽しみ中でしたか?」

「俺がこんなガキに手を出すわけないだろ? 何かあったのか?」

「それが、勇者が来たんです!」

「コウ、来てくれたんだ!」


 あたしが心から喜んだ顔を見せると、盗賊のボスはムッとした顔をした。すぐに立ち上がる。


「勇者には手を出さずに見張ってろ。奴の相手は俺がする」

「このガキはどうします?」

「連れてこい。お前に見せてやるよ。俺がお前の勇者を倒すところをな」


 盗賊のボスは自信満々だ。あたしのレベルだったらここでロープを引きちぎって敵を一掃するぐらいわけは無いんだけど、コウは勝てるだろうか。

 見た感じ、レベルはコウよりボスの方がちょっと高い。ゲームだとそれぐらいが適正なんだけど、安全策を取るならレベルは適正より少し高い方が望ましい。

 あたしはゲームではしっかり準備して安全策を取りたい性分だった。

 コウは大丈夫だろうか。あたしは心配しながら盗賊についていって遺跡の外へと出ていった。

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