第14話 コウとディック 遺跡の決闘

 あたしが盗賊に連れられてボスに続いて外に出ると、そこにはもう盗賊の子分達が集まっていて何やら騒いでいた。

 辺りには背の低い崩れた石垣がいくつか点在しているだけで、あたしの今いるこの奥の遺跡は小高い丘の上に建っているので視界を妨げる物は無く、あたしは何も特別なスキルを使うことも無くその場を一望できた。


「あいつら、見張ってろって言ったのに」


 盗賊のボスが呆れたように言ったのも仕方がない。普通見張ってろと言われたら相手に見つからないように密かにやる物だよね。

 刑事ドラマで犯人を見張る人達のように。そうでないと相手に対応されてしまうものね。

 それは遺跡の前の広場の中央に立っているコウがおとなしくしているからでもあるんだろうけど。

 そう、ここへ来てすぐに気が付いたことだけど、この場にコウが来ていた。あたしは目を煌めかせて彼を呼んだ。


「コウ! 来てくれたんだ!」

「ああ! ルミナ! 俺、いろいろ考えたんだけどさ。やっぱりルミナの事、放っておけなくて。来たんだ!」

「うん! 偉いよ、コウ!」


 あたしがここへ来いと言わなくても、コウは自分で考えて来てくれた。その事が嬉しくてあたしは感激してしまった。


「チッ」


 盗賊のボスがつまらなそうに舌打ちして前に出た。

 自分を倒す勇者がここへ来たんだもの。そりゃ不機嫌になるよね。もうあたしが手を出す必要は無くなった。コウを応援しよう。

 盗賊のボスは小高い丘の上から子分達に遠巻きに包囲されているコウを見下ろして言った。


「お前が勇者か」

「そうだ。ルミナを返してもらいに来た!」

「こいつはもう俺の物だ。返すつもりはないな」

「コウ! こんな奴やっつけちゃって!」


 あたしが心からの応援を送ってやると、盗賊のボスがあたしの喉元に剣を付きつけてきた。大きな曲刀だ。青竜刀って言うのかな。あたしは自分の喉元に付きつけられている剣を見下ろしながらゲームの知識でそう推測するんだけど……

 ここは我慢しないとね。コウが来てくれたんだもの。ここで剣を蹴り上げて盗賊を叩きのめすのは本当に簡単なんだけど、そうしたらせっかく決意して来てくれたコウの見せ場を奪ってしまう。

 あたしの役目は導くことだ。今は勇者の活躍とこの戦場を見守ろう。さて、観察だ。

 盗賊のボスの目は本気だ。こんなマジなやる気、初めて見たかもしれない。彼は不敵に笑った。


「さすがだな。剣を突き付けてやってもビクとも震えねえ。それほどあの小僧を信じているのか」

「え? ああ、震えた方が良かったかなあ。あははー」


 自分の行いを反省するあたし。盗賊のボスは鋭い視線をちょっと緩めた。


「俺が今からあの勇者を倒してやる。そしたら、お前は俺の女になれ」

「ふえ?」


 何を言われたのか分からずきょとんとするあたし。


「答えは戦いの後で聞く」


 盗賊のボスは自分の言いたいことだけを言うと剣を下ろし、コウの待っている広場へと向かって歩いていった。

 子分達が花形レスラーの登場を待っていた観客達のように応援の歓声を上げた。

 さあ、二人のファイター達がリングに上がりましたよ。戦いは間近だ。あたしはやっと我に返って叫んだ。


「冗談じゃないよ、盗賊の物になるなんて! コウ、頑張ってーーー!」


 あたしの応援の声が届いたかは分からない。みんなも応援の声を上げている。


「勇者の小僧も負けるなよー」


 コウを応援している盗賊もいることが驚きだ。そう思っていたら、


「俺はお前に賭けているんだからなー!」


 どうやら賭け事が行われているようだ。もう、これだから盗賊は。

 あたしはもちろんコウに賭けるよ。この気持ちをね。 

 応援を送る観衆達の前で、二人はお互いに向かい合って対峙した。


「俺は盗賊のディックっていうんだ。お前の名は」

「コウだ。ルミナを返してもらうぞ!」

「あの女はお前の何だ?」

「ルミナは俺の……仲間だ!」


 女だとか精霊だとか言われたらどうしようかと思ったけど、まあ仲間というのが無難な線か。コウらしい良い返事だと思うよ。

 盗賊のボスはディックと名乗った。ここで初めて名前を知ったよ。

 盗賊のボス、ディックはコウに対して不敵に言葉を返した。


「仲間か。ただの仲間に過ぎないのなら俺がもらっても支障は無いよな!」

「ルミナは渡さない!」


 さあ、戦いのゴングが鳴りました。ここにゴングは無いけど戦いの開始だ。

 さすがに動きは盗賊が速い。すぐに距離を詰めて曲刀を振り下ろした。コウも負けてはいない。盾で上手く防いで距離を取った。

 ディックは感心したように唸った。


「さすが勇者様はやるな。俺の初撃を防いだ奴は久しぶりだ」

「ルミナが教えてくれたんだ。しっかりと準備してから冒険に行けって。そうでなければやられていた」

「ルミナルミナルミナ、あの女がそんなに役に立つのかよ!」

「ルミナは俺にいろんなことを教えてくれたんだ!」

「なら、俺がもらってやるぜ!」

「ルミナは渡さない!」


 二人の本気の激闘が続く。あまりあたしの名前を出さないで欲しいよ。恥ずかしいから。

 お互いの剣がぶつかりあって火花を散らす。あたしにはコウの頑張りは分かるけど、盗賊のボスが何をムキになっているのか分からないよ。

 勇者を倒した称号が欲しいのかなと思っていたけど、そんな感じでも無いみたい。

 さっきからあたしの事を言っているみたいだから、あたしの手助けが欲しいのかな。でも、あたしは勇者を導くためにこの世界に来たんだから盗賊を導けと言われても困ってしまうよ。

 とにかく今はコウの応援をしなくちゃね。


「コウ、頑張ってーーー!」

「ルミナが応援している。俺は頑張る!」

「気に入らねえ奴だな。ガキ相手にこれを使う気は無かったが、やってやるか」


 ディックは距離を取って跳び下がると握る刀を後ろに下げて構えた。何をするつもりなんだろう。盗賊の応援が止んで場が急に静かになった。

 答えはすぐに分かった。


「音速の刃ァッ!」


 ディックが叫ぶとともに渾身の力で勢いよく剣を前に振り出す。すると、そこから竜巻が起こって複数の風の刃が飛んでコウへと襲い掛かった。

 あれ飛び道具だよ。剣の戦いに卑怯じゃない? 本当に音速が出ているのかどうかあたしにはよく分からなかったけど、風の刃が竜巻の近くを舞いながら速度を増し、コウに向かって飛んでいるのは見えた。

 あたしはコウを信じると決めていたので、助けていいものか迷ってしまう。


「やばいぞ! みんな隠れろお!!」


 盗賊の子分達が一斉に叫んで散って物陰に隠れていく。暴れる竜巻が近くの瓦礫を吹き飛ばす。暴風が近づいてくる前の風に吹かれながらコウは動かなかった。


「コウ! 避けて!」


 あたしの叫びにコウは頷き、わずかな動きだけで飛んできた刃を次々と全部避け切った。風が通り過ぎて静かになった舞台で、ディックが初めて焦りの顔を見せた。


「小僧、よく今のを見切ったな」

「ああ、狙いが甘かったからな。未完成の技だった。ルミナが言ったようにしっかり準備していればあんな技は撃たなかった」

「くっ!」


 ディックは体勢を立て直そうとするが、大技を放った直後で動きが鈍っていた。チャンスだよ、コウ。あたしはゲーム的に考えてしまう。

 それはコウにも分かっているようだった。今度はこちらが剣を深く構えた。


「今度は俺が見せてやる。これが俺の鍛えてきた技だ! ソードスラッシュ!」


 コウは勢いよく前に飛び出す。白刃が閃く。動きの鈍ったディックはその攻撃を止めきれなかった。


「ぐわああああっ」


 まともに食らって吹っ飛び、倒れた。ディックは気絶した。勝負あったね。周りの子分の盗賊達が騒ぎ出す。


「うわあああ!」

「ボスが負けるなんて!」

「ありえない!」


 さて、このままだと混乱が広がりそうだ。あたしはちょっと力を入れて縛られているロープをプチッとちぎると、(これはあたしが馬鹿力なんじゃないよ。このロープが弱すぎるんだ。もっとちゃんとしっかりした頑丈なワイヤーロープとかだったらもうちょっと苦労しただろう)

 両手が楽になったよ。もっと早く切っても良かったかもしれない。盗賊達が気づくよりも早く、あたしは足早に広場の中央へと降りていった。

 コウの傍へとたどり着き、みんなに向かって勝利を告げる。


「コウの勝ちよ! みんな静粛にして話を聞きなさい!」


 騒ぐ子分達に向かってあたしは声を張り上げる。みんなは一斉に黙って注目した。

 こういう雰囲気って苦手だ。発表会みたいで。でも、言わないといけないよね。言わないとみんな分からないもの。

 あたしは息を吸い込んで吐いてから言った。


「コウとディックはお互いに正々堂々と戦って決着を付けました。これ以上の争いは無益です。あたしは約束通りコウと一緒に帰らせてもらいます。盗賊の皆さんはもう二度と人をこんな場所に連れてきたり、酒場で騒いだり、迷惑な行為をしたら駄目ですからね!」


 あたしの告げた言葉に、盗賊達の間でざわめきが広がった。


「あの酒場お気に入りだったのに」

「そもそも誰がルミナさんをここへ連れてこようって言ったんだ?」

「それはルミナさんが自分で役に立つって言ったから」

「とにかく!」


 あたしは藪蛇に気が付かれないうちに声を張り上げる。再び注目を集め、言った。


「もうあなた達は悪さはしないように。はい、解散。コウ、帰ろう」

「ルミナ、もういいのか?」

「うん、コウが来てくれたからね。冒険を続けよう」


 ディックはまだ目を覚まさないようだ。目を瞑って倒れている。目が覚めてまた勝負を持ちかけられないうちにさっさと帰って次の目的地へ向かおう。

 きっとツギノ村の村長が盗賊を退治したお礼を言ってくれて、次に行く場所を教えてくれるはずだ。

 そう思っていたら遠くから大勢の人達が駆けつけてくる足音がした。


「盗賊の仲間達が来たのかな?」

「いや、王国に応援を呼んでいたんだ。いけなかったかな?」

「ううん、これで良かったんだよ」


 コウが言ったように、やって来たのは王国の兵士達だった。


「やべえ、ずらかるぞ!」


 盗賊達は一目散に逃げ出した。物音で気が付いたのか、ディックが起き上がって手下の連れてきた自分の馬に乗った。

 彼はすぐには逃げずに、わざわざこっちに近づいてきて話しかけてきた。


「ルミナ、俺と一緒に来る気は無いか?」

「言ったでしょ。あたしはコウと一緒に行くって」

「そうかよ」


 ディックはそれ以上長居はせず、すぐに去ろうとする。その前にあたしからも言う事があった。


「次に会う時はもっと清潔にしてきてよね!」


 だって、盗賊達って汚いんだもの。特に綺麗好きじゃないあたしでも気になるよ。これだけは言っておかないとね。


「分かった。次に会う時にな」


 ディックは何故だか笑って答え、自分の馬に鞭を入れて走り去っていった。

 その後を王国の兵士達が追いかけていく。後はお巡りさんに任せておけば大丈夫だろう。

 コウはいろいろ考えて行動してくれた。あたしは結果に満足した。目的は達成した。コウが話しかけてくる。


「ルミナ、また盗賊と会いたいのか?」

「何でよ!」


 コウはあたしが好きで捕まっていたと思っているんだろうか。きっと冗談だと思う。

 あたしはコウと一緒にツギノ村へ帰ることにした。冒険を続けよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る