第12話 ツギノ村の酒場にて

 酒場に入るとそこにはガラの悪い連中が大勢いた。酒場の中は真昼間から賑やかで酒臭い。

 この村の人達だろうか。そんな感じには見えなかった。

 あたしはゲームの酒場とは違うなあ、どっちかというと不良の溜まり場に来たみたいと思ったが、奥のカウンターに身だしなみのいいマスターがいたので歩みを進めて彼に訊いてみることにした。

 ここへは情報を得るために来たのだ。この場所の状況がどうあれ、手早く情報をゲットしよう。

 話を訊きたければ何か一杯注文しろと言われたら迷うところだが、所持金ならこの村に来るまでにコウが倒したモンスターから手に入れた物があった。

 なので、自信を持ってあたしは訊ねた。ごく普通の旅人のように。


「この村で何か困ったことはありませんか?」


 ゲームでは訪れる町にはたいてい何か困った事件が起きていて、それを解決することで先に進めるようになるのだ。

 この村でも何か事件が起きている。そんな予感をあたしは感じていた。

 場合によってはただ素通りするだけの中継点の村もあるけど。

 マスターは素直に小声で内緒話をするように打ち明けてくれた。


「早く帰った方が良いよ」

「え? 早く帰った方が良いって?」

「盗賊が……」


 マスターが言いかけた時だった。あたし達の後ろのテーブル席で酒を飲んでいた柄の悪い連中が立ち上がった。

 マスターの代わりに彼らが教えてくれた。乱暴にテーブルを大きな手で叩いて。


「この村は俺達盗賊の島だから帰った方が良いって言ってんだよ!」

「お子様は家に帰ってママのおっぱいでも吸っていな!」

「ギャハハ!」

「ひいっ」


 柄の悪い奴らが立ち上がったので、マスターはびびってしゃがんで引っ込んでしまった。あたしは落ち着かせようとする。


「あたし達なら大丈夫よ。ここに勇者がいるからね」


 途端に爆笑の渦が上がった。柄の悪い連中が大笑いしていた。


「勇者だってよ!」

「こんな奴が勇者なもんか!」

「そんな奴が相手ならうちのボスでも勝てるよ!」

「ぎゃはは!」


 コウが身構える。あたしは酒場を見渡した。ボスっぽい人はいないみたい。


「あなた達のボスはどこ?」

「今日は用事で出かけてるよ!」


 酔いが回ってるせいか、素直に教えてくれた。うーん、ボスがいないならザコを相手にしてもしょうがないかな。

 あたしが考えていると、コウが訊ねてきた。


「ルミナ、ここはどうすればいい?」

「うーんと、そうねえ」


 あたしはのんびりと考えることが出来た。盗賊達はニヤニヤとしてあたし達を脅かそうとしてくるだけで襲ってこない。

 まあ、子供相手にマジになってもかっこ悪いもんね。びびらせて退散させて笑い者にすればまた美味しいお酒が飲めると思う気持ちは分かるよ。

 でも、それだけじゃないな。ここにボスがいないからだ。だから彼らも不用意な行動を起こせないのだ。でも、それはこちらも同じで……

 面白くないなとあたしは思ってしまう。この盗賊に馬鹿にされている状況がじゃなくて、コウがあたしが言うまで何もする気が無さそうなところがだ。

 このままじゃどちらかのボスが命令するまで睨み合いが続きそう。この状況は良くないね。

 あたしはコウに役に立つ助言をし過ぎたのかもしれない。改める必要があるかもしれない。まあ、ひとまずはこの場を片付けようかな。


「コウ、やっちゃって。殺さないようにね」

「分かった」


 方針を与えてやったらコウの行動は素早かった。すぐさま目の前で立ちはだかってニヤニヤしている酒臭い盗賊を殴って吹っ飛ばした。

 あちゃー、こっちから手を出しちゃったよ。まあ、命令したのはあたしだけどさ。やっぱり少しは考えて行動して欲しいと思うよね。

 あたしも完璧じゃないんだからさ。ちょっとはあたしの言う事にも疑問を持って欲しいと思うのは贅沢でしょうか。

 あたしが悩んでいる間にも相手が色めき立つ。仲間をやられて黙っている盗賊連中じゃ無かった。すぐに襲ってくる。さあ、大乱闘の始まりだ。

 盗賊は見た目は強そうだが、あまり強くは無かった。て言うかコウがレベルを上げすぎたんだろう。あたしが家に帰っている間に随分と頑張ったようだ。

 ゲームの序盤に出てくるザコの盗賊なんて目じゃ無いね。

 この場は問題無さそうだ。さて、これから先をどうしようと思っていると、あたしの背後に回ってきた盗賊が、


「おとなしくしろ! こいつがどうなってもいいのか!」


 何とあたしを人質に取ってきたよ。あたしのレベル、コウより高いんだけど。他人には分からないようだ。

 おじさんの手が震えてるよ。あまり度胸が無い人のようだ。こういうの慣れてないのかな。

 酒場にいる周りの盗賊仲間達からはよくやったーと言う賛辞よりはやっちまったーって惨事の顔色が見える。

 ボスのいない間に勝手な騒ぎを起こしたことにびびっているのだろう。やる事が大きくなると制裁も大きくなるからね。

 この村に来るまでさっぱり存在を知らなかった盗賊団だけど、有名になったら国が動くかもしれないし。

 まだ序盤だからか、あまり悪くて凄い盗賊団とかではないみたい。

 レベル差が大きいので、あたしは冷静に状況を見ることが出来た。

 盗賊が突きつけてきてるナイフは安物だね。木の棒よりちょっと強いぐらい。奪って売ってもたいしてお金にはならないだろう。

 さて、この盗賊を殴って吹っ飛ばすのは簡単なんだけど……あたしはコウを見る。彼はこっちを見たまま止まっている。手を出せないというより、あたしの命令を待っているみたいだ。

 どうすればいい? と目で語ってきている。あたしに訊かれても困るんだけど。この村の状況で知っていることはあたしもコウも同じだ。

 盗賊もこの村でろくにお金を持っていない子供をいじめる趣味は無いらしく、動きを止めてお互いに相談していた。命令を出せるボスがいないとお互いに動きにくいみたい。

 コウならあたしを人質に取ってるつもりのこいつを吹っ飛ばせばすぐに戦いを続けるだろうし、あたしが動くなと言ったら動かないだろう。

 なので、あたしは考えを決めた。この場を解決しても得る物が無いね。急いで先に進むよりも今の状況を改善しておこうと。

 お兄ちゃんだったらゲームを速攻クリアも目指しただろうけど、あたしはゲームは慎重に進める主義だった。


「コウ! 手を出しちゃ駄目!」

「ええ!?」

「あたしが人質に取られてるからー!」


 あたしがそういうとコウは渋々と言う事を聞いてくれた。不満そうなのは良い事だね。何でも言う事を聞いてくれるつまらない犬にはなっていない。

 あたしの愛犬のコウだって、散歩に行きたくない時は行きたくないと駄々をこねるのだ。

 あたしは命令してくれるボスが不在の盗賊達にも提案してやる事にした。


「ねえ、この場は一度体勢を立て直してボスに報告に行った方がいいんじゃない?」

「え?」


 盗賊は何を言うんだこの子? って目をしているが、あたしは構わずに言ってやった。

 良い考えがあったら聞きたいのは誰だって同じだろう。あたしは区別することなく助言してやった。


「ここにいるコウは勇者だよ。あなた達の手に負える相手じゃない。強さは知ってるよね?」

「こいつ本当に勇者だったのか!」

「だったら俺達だけで判断するわけにはいかないか」

「あなた達のボスはどこにいるの?」

「それは勇者が旅立ちの準備を始めたって情報が来たから、タビダチ王国に様子を見に……」


 なんてこった。入れ違いになったのか。あたし達は森を迂回して平原を来たから、盗賊のボスは森を直行したのかもしれない。

 様子を見に行っただけみたいだし、王国には強い兵士達がいるから向こうの心配はいらないだろう。

 盗賊達はお互いに相談して一度アジトに戻ってボスと合流することを決めたようだ。気が緩んで手も緩んでいる盗賊にあたしは提案してやる事にした。


「あたしは勇者の仲間でかよわい女の子だよ。あたしを連れていけばきっとボスの役に立つよ」

「そうだな。よし、お前は来い! もう少し人質になってもらうぞ!」


 うん、良い反応。この盗賊ちょろいよ。人に言われることに慣れているみたい。それはあたしも反省するべきことなんだけど。

 あたしが人質に取られていて手を出すなと言ったので、コウはうかつに手を出せなかった。逆らってでも戦うかなとちょっと期待したけど、あたしはそのまま外に連れていかれてポイッと馬に乗せられてしまった。

 盗賊達も馬に乗って一斉に走り出す。うわあ、こんなに大勢で乗馬体験なんて初めて。

 こんな状況じゃなければあたしは手を振り上げて喜んだだろうけど、今はおとなしく無力な人質の振りをしておかないといけない。

 コウ、あたしがいなくても自分で考えて勇者として行動して。

 あたしはそう望みを掛けてツギノ村を後にしたのだった。

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