第5話 降りかかる火の粉ども

 追跡者たちは、ケイジとレダスを見張っていた。

 隙さえ見せれば、今にも襲ってやろうと画策していた。

 それは、ケイジたちにもわかっていた。


 だが、追跡者たちは、混ざりものと言えどエルフを同時に相手どれるとは思っていない。

 自分たちが簡単に後れを取るとは思えないが、たやすく勝てるとも思っていなかった。それが彼らの認識だった。


 最も、追跡者たちはそれが、戦力の過小評価であるとは気づかなかったが。


 街中でケイジたちを追い続けていると、その様子が変わったのに気付いた。

 どうやら、別れて行動するらしかった。

 ケイジたちは互いに声を掛け合い、その場で別行動をとり始める。


 これは好都合だった。

 あの人相の悪い男の方から捕まえるなりして、人質にとればいい。

そうすれば、レッドエルフと言えどそうそう好きには振舞えまい。


 追跡者たちはそう思った。


 それが致命的な間違いであるとも知らずに。


 これ見よがしに、人相の悪い男、つまりケイジが人気のない路地へ入るのも、絶好のチャンスだと思い込んだ。


 ケイジはため息をついた。

 いつまで待たせる気だと。


「そろそろいいだろ? 早く出て来いよ」


 標的は、どうやら自分たちに気付いている。

 追跡者たちがそう理解したのは、人相の悪い男の方から声をかけてきたからだった。


 まあ、それならそれで話が早い。

 そう考えた、追跡者たちのリーダーは、ケイジの前に現れた。


「どうやら気付いていたみたいだが、ちょっと遅かったみたいだな」


 追跡者たちは、続々と物陰から現れる。

 その人数、4人。


「遅かった? 何を寝ぼけたこと言ってんのかわからねえが、『要件は何だ?』」


簡単な話だった。

ケイジからしてみれば、追跡してくる者たちから、情報を得たい。

もしかしたら、事件にかかわる何かを知っているかもしれない。


ならば、隙を見せれば声をかけてくるはずだ。


 いとも簡単に、追跡者たちは引っかかった。

 追跡者たちは、革の鎧などを着込んだ冒険者崩れに見えた。


 トライバル冒険社にいた冒険者たちとは、品質があまりにも違う。


「ん? いや、なに。 トライバル冒険社から何を頼まれたかは知らねえが、その内容を俺たちに教えてもらおうと思ってな」

「……まさか、それだけか?」

「そんで手を引け。 痛い目をみたくなけりゃあな」


 ケイジは頭をぼりぼりと掻いた。

 期待外れもいいところだった。


「くそ、大外れかよ! マジ、うぜぇ」


 ケイジが意味不明な言語でそう叫んだのを見て、追跡者たちは怪訝そうな顔をした。

 4対1で追い込まれた人間の様子とは思えなかったからだ。


 彼らは剣を抜いた。


「おい。 頭沸いてんのか。 こっちはお願いしてるんじゃねえんだぜ! 早く何を頼まれたか、いいやがれ。 こっちは命令してんだ!」

「あーあー、そうだろうな……」


 その時、ケイジが手のひらから武器を生み出した。

 ケイジが生み出すことのできる武器の一つ、『骨の槍』。

 それを柄の長さが非常に短い形で、顕現させたのである。


 それは槍ではなく、短剣のように見えた。


「『骨の短剣ボーンナイフ』ってところか。 レダス、手を出すな。 すこしこいつ等と遊んでやる」


 追跡者たちは動揺した。


「お、お前、それ今どうやって出した?」

「魔法だよ」


 剣を構える男の剣先を、骨の短剣で払い、懐に踏み込む。

 そのまま、拳を振り下ろした。


「ぐはっ」

「こ、コイツやる気だぞ!」

「構うか! やっちまえ!」


 振るわれる剣を、紙一重で避けていく。

 ずれそうになるサングラスを、指で押さえながら、ケイジはそのぎりぎりの境を見定めた。

 つまり、退きすぎれば反撃が遠くなる。近すぎれば、致命的な出血は免れない。


「こんな密集している中で、そんなもの振り回すんじゃねえよ」


 剣を突いてきた追跡者。その一人の腕を抑え、関節技を決める。腕を絡めとり、まずは容赦なくそのままへし折った。

 

他の男たちが剣を振り下ろそうとする。

 骨をへし折ってやった男を、そのまま盾にしてやれば、とっさに剣を振り下ろすのを男たちはためらった。すぐさま、その状況で判断できるほど、覚悟は決まっていない。


「刃物は脅しの道具じゃねえんだよ」


 腕をへし折った男を土台にして、自らの体をケイジは回転させた。

その回転した勢いのまま、ケイジはその動揺したあご先に蹴りを入れる。その衝撃は脳を揺らす。顎に受けた衝撃は、グラグラと視界を揺らがせ、男の意識を刈り取った。


ケイジは、あえて、どんどん男たちの懐に飛び込んでいく。

常に誰かを盾にしながら、彼らが剣を振るえないようにしていく。


そこで、追跡者のリーダーはケイジを全身で取り押さえようとした。


「ぐああっ、いてえ! いてぇよ!」


 新たに骨の短剣を生み出し、生み出された短剣は、取り押さえようとした追跡者のリーダーに刺さる。骨の短剣は、肉に食い込み決して離れない。

抜こうとすれば、神経と一体化したかのように、痛みを強烈に引き起こす。


「馬鹿だな、骨は全身にあるんだぜ? 俺の全身がナイフみたいなもんだ」


 痛がるリーダーに気をとられる追跡者。

 そこにケイジは畳みかける。腹に一撃、さらにもう二撃。ついで顎にアッパーカット。えぐりこむように、脳天を突きあげるように穿ち撃つ。すぐに一味の一人は動かなくなる。


 殺す覚悟を決めた最後の一人が、とうとうそのつもりで剣を構えた。


「この野郎! もう生かしちゃおかねえぞ!」

「ああ、それ。 よく言われるよ」


 殺すと決めた人間の、その剣を構えた握りこぶしは固く、力強い。

 その瞬間に、その握りこぶしを下から打ち上げるように蹴り飛ばす。

 力が入って硬くなった体は、そのまま空を仰いだ。


「これで仕舞ぇだ」


 隙だらけのその胴体。


「……がら空きだよ」


 全身の力を掛けて、踏み込む。体が宙に浮く。

 拳を壊さぬように、衝撃を叩き込むための掌底。狙い撃つは顔面。

そして、心臓を狙い撃ち、膝蹴りを同時に放つ。

 

 男は、その勢いのまま、路地裏の薄汚れたゴミダメに上半身がめり込んだ。

 ゴミダメがそのまま崩れ落ちる。


 ケイジは、息を吐き。

 肩関節をぽきぽきと鳴らす。


「準備運動にもなりやしねえ」


 けだるそうに、ケイジは

 腕を折られた男と、ナイフが体に刺さったリーダー格の男を見た。


「で、お前らはまだやんの?」


 声を掛けた途端、男たちは逃げ出す。


「ひ……ふひぇえええっ!!」

「レダス、逃がすな。 捕らえろ」


 建物の上に潜んでいたレダスが、飛び出した。

 すぐに男二人に飛びかかり、鎮圧する。


「……これでよいか?」

「ああ。 こいつら、適当にどこかに引き渡せばいいだろ。 なんならトライバル冒険社の奴らに渡せば、また恩でも売れるんじゃね」


 ぱちぱちぱち、と音がする。


 見目美しい男が彼らの前に現れた。

暖かな印象の優しげな笑みを浮かべる、その人物。

案内人として、ヴィトン・トライバルの元へ一行を先導した案内人であり、名をジャン・マケルスと言った。


「いやあ、お見事です。 実に見事」

「他にもつけてた奴がいたの、お前かよ」

「はて……? なんとおっしゃってるので?」


 ケイジが日本語をそのまま話すため、話が通じない。

見かねたのかレダスが、ケイジの言葉を代弁する。


「我々を追跡していたのは、貴殿かと問うている」

「なるほど。 ええ、全て見させていただきました」


 それを聞いて、ケイジは不機嫌そうだった。


「これ、お前の差し金か」

「それは違いますよ、これは私どもと敵対するマジリット冒険社の連中です。 商売敵……と言うには、弱小組織ですな。 正直、眼中にもない小物です」


 ケイジがレダスに目線を向けると、レダスは補足した。


「冒険者のグループは無数にある。 すべてを知り尽くせはしまい」

「なるほど。 こいつら雑魚だしな。 でもよ、どうせ俺たちの実力を測るにはちょうど良いと思ったのが本音といったところだろ」


 ケイジが己の見解を述べる。

 積極的に、止めるつもりはジャン・マケルスにはなかっただろう。と。


「まあ、いいや。 なんで出てきた?」


 ケイジは、それが疑問だった。

 このまま姿を現す必要もなかっただろうに。


 ジャン・マケルスは笑った。


「あはははっ、決まってるじゃないですか……。 あんなの見せられたら……。 疼いちゃうわ」

「は?」


 ジャン・マケルスは、武骨なサーベルを引き抜いた。


「その雑魚どもは、あとでうちの手の者が引き取ってあげる。 でも、貴方は逃がさない」

「こいつも変態の類かよ!」

「こんな戦いでワタシを疼かせたんだもの、もちろん責任を取ってくれるわよねえ」

「知るかっ、オカマやろう!」


 警戒して、骨の短剣ボーンナイフを構えるケイジ。

 レダスはなぜか、そこから一歩引いた。


「れ、レダス。 お前逃げんのかよ!」

「……これは、ケイジに与えらえた試練だ」

「そんな気遣い要らねえよ! お前も戦え」

「我は今ここにはいない」

「いるだろ! 下がんじゃねえよ」


 ジャン・マケルスは駆けだした。


「準備は良いかしら? 行くわよぉ!」

「骨の槍っ!」


 ケイジはとっさに骨の短剣ボーンナイフの柄の長さを引き延ばし、槍に変化させて迎え撃った。

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