第4話 魔法使いの振る舞い

 結局のところ、ヴィトン・トライバルの想定通りに話が動いている、とケイジは感じていた。


『魔法使い』に相応しい手柄を立てられる任務を、ヴィトンが指定する形になっている。これではうまく利用されているようなものだ。だが、そこで反発する理由は特になかった。


 金の儲けができる気がする。


 それがケイジの勘だった。だが、彼の場合、たいていそれは外れる。


 ヴィトン・トライバルからの提案は、一見して奇妙な話だった。


「異変を調査し、少なくない情報を得る事。 それこそが『魔法使い』に相応しい任務であり、実績ではないかね?」


 一行の目的はまさにそれである。それが出来なくて困っているからこそ、手がかりを探しているのだがヴィトン・トライバルは当然のように言った。

 異変の情報を得るための人物に出会うために、異変を調べろというのである。


 ヴィトン・トライバルはなにか確信を持った様子で一行にそう提案しているようであったが、ヨシキは戸惑いを隠せなかった。


「僕たちは手がかりがないから困っているのですよ」

「君たちは既に手がかりを得ているよ」


 ヴィトン・トライバルは髭を指先で整えながら、そう言い切った。


 自身が試されているように感じたケイジは不快をあらわにしたが、侮られる訳にもいかぬと怒鳴り散らすのを抑えた。


「ほほう? 俺達には見えていないことがヴィトンさんには見えているらしい」


 ヨシキにだけわかるように、元の世界の言葉でそう言った。

 とはいえ、異世界を訪れてから起こった出来事や得た情報はそう多くない。


「少々飛躍しているように思いますが……もしかして僕たちの周囲で起きた事件は、異変の一部だった可能性あるということでしょうか?」


 ケイジがその言葉に頷く。


「おそらくな。 まず、子鬼を伴って人喰い鬼が人里に下りてきたこと。 それに続いて街道に出現したサイクロプス。 たった2つまでなら偶然だが……」

「しかし、3度以上続けばそれは偶然ではなく、必然と考えることも出来る、と。 実はそれだけでなく、類似性がある事件がほかにもあるということですかね?」


 ヨシキとケイジがそう話してるのを聞いて、ヴィトン・トライバルは満足げに笑みを浮かべる。どうやら解答がお気に召したらしい。


「この地方で起きた事件は、文書にまとめてある。 君達にはそれらを閲覧する権利がある。 それが今出来る、私からの助力だよ」


 自分で調べて、考えろ。

 そう言っているのは、明確だった。


 ヨシキははんば頭を抱えるようにして、前髪をかきあげた。


「思ったよりも、困難な課題です。 もっとわかりやすく、そう、竜退治しろとでも言うのなら、僕はそれでもいいんですけどね」


 その言葉は冗談が半分含まれていたが、残りは紛れもなく本気だった。苦境や苦難はこの男にはご褒美である。


 そんなヨシキの言葉に、ケイジは「ケッ」と毒気づく。


「鬼退治のあとは竜退治かよ、桃太郎にでもなったつもりか? どうしてもやりたいなら、犬でも猿でも連れてけ。 俺は嫌だぜ」


 レダスは真面目に頷くと返答した。


「竜退治は『魔法使い』に相応しいとは言えまい。 それは『英雄』の為すべきことだ」

「なんだ、『魔法使い』が竜退治したら変だってのか」

「……我はケイジの考えに同意したつもりだが、なにか不満か」


 レダスの問いかけをケイジは無視をした。別に理由があって反発したわけでもない。ケイジは竜退治などしたいとは全く思っていないが、ダメと言われるとそれはそれで気に入らないのである。

 ヴィトン・トライバルはふと思い出したかのように、一行にさらなる情報を与えた。


「事件と言えば、それともう1つ。 異変とやらに関係あるかはわからないが、この街では今あることが起きている」


 戦士長ガラハ・ボルドーの表情が固まった。

 この老人にとって、その事件は触れてはならぬ鬼門であるらしかった。


 それを無視して、ヴィトン・トライバルは続ける。


「子供や女性が失踪、あるいは血肉の残骸となって発見される。 そんな出来事が起きているのだ。 現場は血の絨毯が敷かれ、飾りつけに臓物に使われていたよ」

「ほう、この街にはずいぶんと悪趣味な祭りがあるんだな。 ……そんな事件があった割には、街にすんなり入れたもんだが?」


 ケイジが悪態をつきながらそう言うと、レダスが表情を動かすことなくすぐに翻訳した。


 その言葉にヴィトン・トライバルは頷く。


「一重にトライバル冒険社への信頼によるものだ。 ……と言いたいところだが、実際は貧民層にのみ被害が出ているからだろう。 貴族に被害者がいれば、もっと混乱と警戒が生じていたはずだ」

「……それで犯人は?」


 ヨシキは強く拳を握りしめている。


 罪のない人々、特に女性が殺されていることは彼にとっては耐え切れないことだった。

 変態だがフェミニストなのである。


「手がかりはほぼない。 しかし、血に酔い、人間を肉の塊としか見ていない獣。 それが街のどこかにいるらしいことは確かだ」


 ヴィトン・トライバルは笑みを浮かべ、髭を撫でつけながら言った。

 それはこの状況を楽しんでいるように見えた。


「つまり、人喰いだよ」


 一同に沈黙が下りる。

 ケイジ一行が戦い、倒したのは|人食い鬼(オーガ)と呼ばれる強靭な怪物だった。瞬く間に自己再生し、怪我を修復してしまう強い生命力と、木々をなぎ倒す腕力と号風のような暴力的機動力を兼ね備えた強敵だった。


 状況によっては、全滅する可能性すらあったかもしれないとケイジは考えている。


 それもまた人を食うとされるモンスターだが、ヴィトン・トライバルが指す人食いはまた別のものを言っているようだった。


「もっと具体的に話せ」


 礼儀を知らないケイジが、ぶっきらぼうにそう言った。

 言語が違うにもかかわらず、ヴィトン・トライバルはその意味を察したようだった。


「まず前提となる話をしよう。 一部の怪物は、人間に擬態することが可能だ。 上位の巨人族は魔術に長けており、人間には不可能なほど万能な変身術が可能であるし、液体で体を構築する一部の怪物もまた肉体を自在に変化させる」

「人間に化ける怪物……ね」

「当然ながら、君たちはもう知っていることだろう。 |人食鬼(オーガ)もまた、人間に化けることの出来る怪物だ。 人を捕食する怪物は、狩りの成功率を上げるための術を身に着けている」


 そうなると、ヴィトン・トライバルは変身術を備えた怪物による犯行を示唆しているのだろうか。


 いや、おそらくそれは違うのだろう。とヨシキとケイジは判断する。


「二人は察しているようだが、怪物たちによる犯行……これを私は否定している。 まず、外部からの侵入を判断できないほど、甘い警備はしていない。 これは魔術的な要素も含めてのことだ。 この城塞都市は顧問魔術師によるある種の結界も用いている、防壁は怪物に対抗するための数多くの仕掛けを施してもあるのだ」

「なるほど。 都市の守りについても、顧問魔術師の責務なのですね」

「魔術的な分野についてはそうなる。 次に、巨人や鬼といった怪物が人間を、貧民層であるかどうかを区別して食らうことは自然ではないことだ。 それに食事の量も少ないし、残している残骸も多い。 彼らは人間を丸ごと食べることの出来る生物だからな」

「怪物たちの習性などに合致している事件ではないのですか。 僕はあまり詳しくないのですが、専門家のあなたが言うのならばそうなのでしょうね」

「さらに現場は被害者の血肉が多く残されていたが……食物をばらまくような真似はしないだろう。 実際のところ、彼らは人間とは違えど文化的ではある存在だ」

「ふむ、しかしそうなると……」

「怪物を除外してしまえば、残るのは人間くらいなものだろうな」


 ケイジは肩をすくめた。


「しかし、人間に可能なこととは思えないが?」

「人間にもいろいろな力の持ち主はいる。 だが、これはあくまで私の見解だ。 もちろん、さらに考えている点もいくつかあるが……むしろ、これ以上の余計な先入観を持たずに捜査してもらいたいところである」


 試されているのだろうな、そうケイジは思った。

 サイクロプスや人食鬼(オーガ)を倒せる程度では、ヴィトン・トライバルに認められるには、いまだ不足しているのだろう。


 別に認められたいわけではないが、この男が旅に協力してくれるのであれば、一気に有利になることは間違いなかった。


(ここは大人しくしているか)


 ケイジは様子見に徹することにした。


 ここでガラハ・ボルドーが一行に協力を申し出た。


「ヴィトン社長、ワシはこの者たちに恩義がある。 手助けしてやりたい」

「君には、戦士長としての任があるだろう?」

「そろそろ若い者に任せてもよい頃じゃ、なにより命の恩人をここで放り出すのは冒険者の道義から外れる。 ましてやここ最近起きている怪物襲撃の原因となれば、ワシらに無関係な話ではあるまい」

「一理ある。 新たなる戦士長を選抜し、戦士団を引き継いだうえでならば許可しよう」

「感謝する」


 ケイジは「勝手に決めてんじゃねえよ」とぼそりと呟いたが、積極的に反対することはなかった。

 自分の得になる事柄をつぶす趣味は、彼にはない。


 一方のヨシキは、もちろんガラハ・ボルドーを受け入れるつもりであった。

 ただ、気になることがあるとすれば、ケイジの態度である。どことなくガラハ・ボルドーへの対応が柔らかいような違和感がわずかにあった。


「じゃ、俺は話がまとまったらしいから出ていくぜ」


 ケイジは肩をすくめて、ため息をついた。誰かに誘導されることや、働かされるのは嫌いなのである。

 彼はすべてをヨシキに投げ出して、一方的に別れを告げた。


 沈黙を保ったまま、レダスもまたケイジに追従する。


 二人が部屋を出ていくのを見て、ヨシキは苦笑した。


「まったく仕方のない人たちですね」


 そんなヨシキにヴィトン・トライバルは疑問を投げかける。


「……あのレッドエルフは、ケイジ氏につき従っているのかね?」

「いえ、そういうわけでは……んー、でも、もしかしたらそうなのかもしれませんね」

「おや、言いづらそうだな。 もしや、あまり話したくない話題だったかな」

「そうではないんです。 正直なところ、僕もどうして彼がケイジと共に行動しているのかわからないところもあるのですよ」

「ほう?」

「彼は不思議な人でして。 どうも目が離せないところがあるんですよね、根は小者の悪党なんですけど。 口も性格も悪くて、人を不愉快にすることに喜びを見出すような人なので、善人では決してないことは間違いないんですが」


 なんのフォローにもなっていないようなことをヨシキが言うと、ヴィトン・トライバルやガラハ・ボルドーは言葉が継げなくなった。


 落ち着いて頭のなかで意味を整理しようとした結果、やはり理解の範疇外だったことを再確認する。何とか自分を落ち着かせようとして、無意識にぼやいてしまう。


「魔法使いは賢人じゃが、人格者とは限らないということなのかの? いや、そんなはずは……」

「……本物の魔法使いではないのだとしても、演技にしてはひどすぎるが」


 ヨシキは聞こえてはいるものの、あえてなにかを言おうとはしなかった。


 いつも通りの我関せず。

 ヨシキはニコニコと穏やかな笑みを浮かべ、資料室への案内を求めた。情報を収集することにしたのである。


 ヨシキは他者からの評価や、目はまるで気にならない人間だ。

 有象無象がどんなふうに捉えたとしても、時も場所もわきまえず、わが道を貫くのがヨシキという人間である。


 一方のケイジは文献調査をすべてヨシキに押し付けることに成功し、街をぶらぶらと歩いていた。

 怠け者に見えなくもないが、実際のところ文字が読めないケイジがいても何も意味がないのは事実である。


 文字が読めないことに関しては、ケイジが不勉強なのではなく、文字を読めるヨシキが異常だった。


 ヨシキは言語について大きな才能を有していたが、それ以上に言葉を身に着けることに強い情熱を持っていた。


 異世界の言語を習得するのに使った期間は、わずか2ヶ月程度である。

 地球にある言語で発音や文化的に近いものを習得していたとしてもまず無理な期間である。


 日常会話だけならまだしも、文字を読むことすら彼は平然としているのだ。(ただし、書き崩した字を読むことには困難さが未だにあり、書くことまでは習得できなかった)


 ヨシキにとっての言語を学ぶ動機、それは「言葉責め」や「罵倒」をされたときにより詳しく理解するためである。


 さまざまなプレイの幅を考えると、文字を読めたほうがなおいい、などと半ば妄想じみた動機が彼の原動力になっていた。


 さらにヨシキは女性に恋文を書くかもしれない可能性まで考慮していた。

 誰かに文を書くのならば、確かに文字を読み書きできなければなるまい。


 逆に、女性から恋文をもらうこともあるかもしれないとまで考えれば、彼の楽しみはさらに増えた。


 それが自分をなじるような言葉まで書かれているような宝物であるかもしれぬと思えば、一層勉学に身が入った。


 ケイジが分析するに、ヨシキはただのドMではない。

 非常に優秀な向上心の高い天才的ドMなのである。


 彼の優秀さはほぼすべて己の性癖を満たすために使われているといっても過言ではなく、その優秀さを磨き上げる努力も性癖のために行われてきている。


 ケイジにとって非常に理解したくないことだが、ヨシキにとって無理な努力をすること自体が楽しいわけではない、彼にとって非常に苦痛なことである。

 だからこそ、努力すればするほどヨシキは興奮する。努力することが好きではないからこそ、努力する苦しみを感じることができるのだった。


 苦痛こそ、ヨシキにとっての喜びなのである。


 客観的に見て、人間は時に過酷で理不尽なことに挑戦するし、苦しむことが快感になる生き物であることは事実ではある。

 過酷な環境に身を置こうとする登頂者、限界に挑戦しつつづけるアスリート、ある意味ではジェットコースターに乗る若者ですらそういった面があるといえるかもしれない。


 ヨシキはそれが常人にはなしえない高いレベルで、行うことができる人間なのかもしれない。

 好き好んで苦しみ、呼吸をするかのように努力をし続ける天才、そんな者がこの世にいるとしたら、それは常人には理解不能な異常ともいえる特殊性癖である。


 ライバルがいるわけでもないのに、己を磨き続ける者がいるとしたら、それもまた常人には理解不能な特殊性癖である。


 極端に言ってしまえば、すべてはドMである。


 ケイジはそこまでヨシキのことを分析し、その才覚に嫉妬していた。


 自分が努力したところでヨシキほどのモチベーションを出すこともできないし、元の世界での記憶は覚えていないものの、ずっと努力し続けてきた下地があるのは間違いなかった。


 才能だけでなく、努力の量も質も勝てない。どうあがいてもヨシキには敵わない、そんな劣等感をケイジは感じてすらいる。


「だが、それがどうした」


 小さくケイジはつぶやいた。


 ケイジは過去のことはあまり覚えていないが、自分の人生はろくなものでなかったことはわかっていた。

 うっすら覚えているなかでも、まともな幼少時代ではなかったのは間違いないことだった。


 世は不平等で、自分より恵まれた人間など、山ほどいることをケイジはよく知っている。


 だが、それがどうしたというのだろう。

 うらやむことなんてない、どんなに恵まれた人間でも付け入る隙はいくらでもあるのだ、逆に道具として利用してやればいい。それがケイジの価値観だ。


 なによりどんな人間でも、殴って当たり所が悪ければ死ぬのだ。

 ナイフで刺されても死ぬ。偉そうにしてる奴でも、転んだり階段から落ちたりして死ぬ。どんなに立派な人間も、酔っ払いの運転する車に挽かれて死んだりする。


 それは誰であったとしても、変わらない世の真実だ。

 だからこそ、ケイジはこう考える。


 自らの望みを叶えることが人生の目的ならば、才覚や財産なんてものは決定的な差ではないのだと。


 才覚や財産、環境に恵まれた人間は、極限に有利な立場であることには違いない。


 だが、それよりも大事なのは、目的を達成するまで生き続け、死なないこと、だ。

 自分の望みを叶え続け、死ぬまで面白おかしく生きることができれば勝ちだ。


 すべてはそのための道具に過ぎない。


「俺は必ず生き残ってやる。 たとえ、なにが相手だろうがな」


 ケイジは強い決意を込めた目で街を観察しながら歩く。

 彼はなぜか自らの力で生きるということに固執していた。

 それにケイジ自身は気づかず、なぜそこに拘るのか思い出すこともできなかった。


 レッドエルフのレダスは、ケイジに尋ねた。


「これからどう動く?」


 レダスは、ケイジが動き出すことを確信していたようだった。

 ケイジはそれを当然のものとして、返答する。


「この事件を一番把握してるのは、貧民層だ。 もっと言うなら、そういった場所を縄張りにしてる連中だ」


 レダスは無言のままうなづく、それは道理だと思ったからだ。


「それにヨシキはどう考えてるか知らねえがな、話が上手くいきすぎてる。 もっと警戒するべきだ、マスターは確かにお人好しだったかもしれねえが、冒険社という組織も同じだって保証はねえぜ。 あんなアジト見せられて、天使と思える奴はいないと思うが」


 そもそも冒険社側に用意された資料が信用できる保証もなかった。与えられた情報だけで判断するのは危険すぎた。


 ケイジにとって、ヴィトン・トライバルが、自分たちをどのように捉えているのかがわからないのが不安要素だった。罠にはめようとしているのか、利用しようとしているのか、あるいは純粋な善意なのか。

 しかし、ケイジに言わせれば純粋な善意など存在しえない。


「俺の世界には、現場百回って言葉があってな。 そりゃ面倒すぎるんで、結局のところ現場に住んでる人間に話を聞いたほうが早いだろう」

「して、犯行現場をどう割り出すのだ?」

「殺人事件が起きるような危険な場所を、貧民街の連中が気にせずにいると思ってんのか。 適当に捕まえて、お話すりゃすぐに分かるはずだぜ」

「……住民が素直に話すとは思えぬ」


 ケイジもレダスもよそ者に過ぎない、警戒されることは十分にあり得る。

 それは当然、ケイジも理解しているのだ。彼はにやりと笑う。


「誠心誠意、お願いすれば協力的になってくれると思うぜ」


 確かに、とレダスはつぶやきどこか感心したような様子を見せた。


 表情を変えないものの、レダスがケイジを見るまなざしには尊敬の念が込められた。

 「さすが魔法使いを名乗るだけのことはある」とでも言いたげだった。それを見て、ケイジは満足そうな表情を見せた。


 二人は話す言葉が違っても、スムーズに会話が成立するようになっていた。

 一重にレダスが異世界の言語にすら対応しつつあるからこそ成せることなのだが、実際のところは二人の会話には多々すれ違いが発生してもいた。


 言葉の表面が通じても、わずかなニュアンスにすれ違いがあるのである。

 二人はそれに気づいてすらいない。


「にしても、あれな」


 ケイジが顎先をわずかに動かし、背後を示すとレダスは無言でうなづく。


「冒険社を出てから、何人かつけてきてるな。 あれどうしたもんかね」


 ケイジにとって不愉快なことに、2人は何者かに追跡されているようだった。


「数は3……いや、4人か?」

「見えている範囲ではそうだが、物陰と道の先にも怪しげな動きをしているものがいる。 よそ者に対して、いぶかしんでいるだけかも知れぬが」

「怪しく見ようと思えば、みんな怪しくは見えるわな。 ……どこの連中だと思う?」

「冒険社。 あるいは、城塞都市の治安部門」


 レダスは即座に答えた。

 どちらも納得のできる答えだった。


「順当なところだな。 俺としちゃ例の事件の犯人、って線も疑ってる。 まあ、これは願望も入った希望だがな」


 敵が接触してきているのであれば、解決する手がかりになる。


「……武器を持っている人間もいる」

「へえ、わかんのかよ」

「音だ」


 超人的な聴力である。

 エルフの特性であるのか、レダスは街を歩く雑踏のなかですら聞き分けることが出来ていた。


 隠し持っている武器、その金具がこずれる音である。


「エルフってのはみんなそうなのかね。 ……敵に回すと面倒そうだ」

「極力、エルフとの交戦を避けることは望ましいことだ」

「同族とは殺し合いたくないってか? お上品なことだ」

「我とて必要があれば、剣を抜こう。 だが、エルフの戦士はみな強靭だ。 殺せないまでも素手で人食鬼(オーガ)と対峙することもできるし、魔術の使い手すらいる」

「そいつはおっかねえ、ちびりそうだ」

「そして、お前の言うとおり耳が良い。 それだけでなく、眼力にも優れている。 エルフの真の恐ろしさは、女子供も含めて集落のその全員が優秀な狩人であり、あらゆる痕跡や気配を逃さないことだ。 一度、追跡されてしまえば振り切ることはできない」

「どこぞの未来から来た殺人サイボーグみてえな連中だな」


 この世界のエルフとは忍者か何かだろうか。


 冗談として聞き流したいところではあるが、人間とのハーフにあたるレッドエルフですら相手として手古摺りそうなのだ。

 単純なら戦闘力でも、まともに対峙してレダスに勝てる光景がケイジには思いつかなかった。手段を選ばなければ勝てるのかもしれないが、いまだに実力が未知数である。


 今のところ、理由は不明だがレダスが仲間として一行にいることは幸運である。


 レダスと己の力をもってすれば、今自分たちを追跡している者たちなど簡単に蹴散らせる自信がケイジにはあった。

 今の話を聞くに、エルフの一団に追われている状況と比較すれば、あくびが出るほど退屈ですらある。


「して、方針はなんとする」

「決まっているだろ」


 ケイジはにやりと笑った。


「全員、一人残らず返り討ちだ」

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