第3話 トライバル冒険社

 ガラハ・ボルドーに案内された先にあったのは、3階建ての建物であった。


 しかし、それは街中に存在する小さな砦と言っても良いような物々しいものだった。

ベランダなどの飾り気がある要素はなく、建物の2階や3階には小さな穴が開いており、そこから外に向けて矢を放つことすらも想定されているようだった。


 壁はやや傾斜がかっているが、特別な道具がない限り足を掛けて昇ることは困難な角度だった。

戦いを想定したビルのような構造ともいえる。


 トライバル冒険社はいったい誰と戦うことを想定しているのであろうか、街中で戦いを起こすなどそうありうることでもないだろうに。

ヨシキはふとそんな疑問を持った。


 安全な壁の内側で、戦いなどそう起こるものでもないはずだった。


 建物の門の前には屈強な男が二人ほど警備をしているが、ヨシキはそれよりも周囲の建物を気になっている。

どうやら見張りは目に見えている人数だけではないようであった。


 潜んでいる者たちの視線をいくつも感じ、既に自身が危険な状況であることをヨシキは認識していた。


 そんなヨシキが嬉しそうな表情を浮かべながらも、周囲に目配りしているのを見てケイジもまた悟る。

下手な動きをすれば、今にでも命の危険が発生しうる、と。


 どこか重圧感を感じるケイジだったが、ガラハ・ボルドーと門番である男たちの会話はなごやかなものだった。

その会話にはところどころ冗談すら挟まれており、余裕があるものだった。


 それがなおさら問題だった。


 トライバル冒険社の人間は自然体で冗談すら言いながら、ヨシキに警戒させている。


 ヨシキは自らの性癖、そのドМに対する情熱によって、あらゆる危険を察知できる才能の持ち主だ。

大方、その能力は自分を痛めつけるのに使われているが、そんなヨシキが警戒する状況であるということが問題である。


 つまり彼らは『緊張感などなく笑顔のまま相手を傷つけたり、殺したりできる連中である』ということが伺えるのだった。


 そこまで考えて、ケイジは「いざとなったら、ヨシキとレダスを盾にすればいいか」と思い直すことにした。

どうせ殺しても死ななそうな連中であるし、死んだら死んだで自己責任だ。使えない奴を、旅に連れて歩く気はさらさらない。


「そういや、レダス。 今更だけど、冒険社ってなんだ?」


 ケイジはあくまで自分の世界の言葉で話すが、レダスは気にもせずその意味を読み取って見せた。


「ヴィトン・トライバルという冒険者が作りあげた結社だ。 多くの冒険者を統率し、戦闘訓練や教育を施していると聞く」

「……ってか、そもそも冒険者ってなんだよ」

「我には答えかねる。 おそらく様々な見解があるであろうからな。 あえていうなら、武器を所持する徒党といった見方もあり、この国を作った初代の王は英雄と唄われた冒険者だった」

「はあ、よくわからねえが傭兵みたいなもんなのかねえ?」

「傭兵は食うに困って田畑を耕したりはしない」

「おいおい、冒険者ってそんなこともするのかよ」

「収穫期は臨時の働き手だ、実のところ村で働いていた余所者のなかにも冒険者はいた。 だが、トライバル冒険社は、領主や村、商人などから支援援助を受け、自分たちでも貿易や職人への出資もしていると言う」

「……いまいちつかめねえな」


 ケイジは眉をしかめた。

困った顔をするだけで人相の悪い顔が、さらに凶悪になった。どんな表情をしても悪人面からは逃れられないのがケイジと言う男である。


 トライバル冒険社の中は思った以上に華美だった。


 絨毯が敷かれ、シャンデリアは天井から輝きを放ち、美しいバラのような花が飾られていた。

かと思えば、見るからに恐ろしい怪物の首が、剥製として飾られているのにはさすがにケイジもぎょっとしたものだった。


 物々しく武装した男たちが出入りしたかと思うと、着飾った男たちやドレスを纏う華やかな女性が歩き回っていたりもする。

村では見られなかった非日常的な組み合わせだった。


 見目美しい男が案内人として、一行を先導する。暖かな印象の優しげな笑みを浮かべる案内人は名をジャン・マケルスと言った。


 貴族であると言われれば信じてしまうほどの気品があり、冒険者には程遠いように見える。

だが腰に差してある分厚い無骨なサーベルが、彼が見かけどおりの男でないことを表していた。


「まさかリーガンの紹介状があるとは思いませんでした。 まさに『グリフィンの羽は寝ぼけた頭に下る』と言うところですね」


 案内役のジャン・マケルスはそう笑った。

 ケイジとヨシキは頭を傾げた。まるで言葉の意味が分からなかったからだ。


「この辺りの諺ですか? あまり僕らにはなじみがない言葉ですね」


 ヨシキは不思議そうに言った

 その言葉にジャン・マケルスは納得したように頷く。


「……なるほど、となるとお二人は異国からお越しになられたと言う訳でしたか。 それがどうしてリーガンから紹介を受けることになったのか。 実に興味深い事です」

「リーガンとは酒場でマスターをしている方のことですか?」

「おや、名前もご存じなかったのですか。 彼は我々と同じ所属だったのですよ、『盾で庇い合った仲』と言うやつです。 今では退社しあんな場所で暮らしていますが。 いえ、『あんな場所』とは失礼な言い方でしたね」


 謝罪を受けて、ヨシキが困った顔をした。

どう答えたらいいのかわからなかったのだ。


 結局、ヨシキは聞かなかったことにして別の話題にすり替えた。


「あのマスターが冒険者だったとは初耳でしたよ」

「それを言わなかったと言うことは、リーガンはおそらくもう冒険者として生きる気はないのでしょう。 戦いで負った後遺症のためか……あるいは、あの子のために」

「それはリトさんのことですね?」


 そうヨシキが訊ねると、ジャン・マケルスはあえて何も言わずに微笑んだ。

女子なら赤面してしまうような笑みだったが、そこには「それ以上は話さない」という強い拒絶の意思が感じられた。


 ケイジはそれを見て察した。


 今の会話は、「本当に一行が、マスターとの面識があるのか」を探るためのものだったのだと。

そのためにマスターと関わる過程で、必ず知ることになる人物を話題に出したのだ。


 ケイジは「いけ好かねえ野郎だぜ」と元の世界の言葉で毒気づいた。


 一行が連れて行かれたのは、地下室だった。


 てっきり三階の一室だろうと思っていたケイジとしては、なんとも言えない気分だった。

地下室なんてじめじめして気が滅入りそうだった。


 ケイジの心を躍らせたものは、道中飾ってあった古そうな壺やら甲冑やらが、どれくらいの値段で売れるのかが気になったくらいのものだった。


 突如として地下室のどこからか、男の悲鳴が聞こえた。

こらえきれない激痛や恐怖からくるものであることは明らかだった。


「……今のは?」

「おや、失礼。 お客人に聞かせるようなものではありませんでしたね」


 ジャン・マケルスは周辺にいた背の高い男に「黙らせろ」と端的に指示した。

頷いて、静かにどこかに去っていく無口な男。


 ガラハ・ボルドーが眉をしかめたものの状況を受け止めているのを見て、ケイジは納得した。


「なるほど、ここじゃ生きた人間を墓場に入れるようにするサービスを提供してるんだな。 ずいぶんとお盛んなことだ」


 ジャン・マケルスは首を傾げる。


「彼は今、なにと言ったのです?」


 ヨシキは呆れた様子を見せながらも、翻訳することにした。


 いつも翻訳するレダスが、気に入らない内容だったせいのかわからないが、今回に関して一切口を開こうとはしなかったからだ。


 言葉のニュアンスを伝えるとジャン・マケルスは愉快そうに笑った。


「面白い方もいるものだ。 ……我々、トライバル冒険社は顧客の希望があればお答えするのが仕事なのですよ。 自らの矜持に反しない限りね」

「冒険者ってのは、意外と楽しそうでいいな。 だが、他人に自分のジョークを説明されるのは、なかなかクソみたいな気分だとこれでわかっただぜ」


 ケイジの言葉にヨシキはうんざりした様子をみせた。


「ケイジ、ややこしくなるので貴方は黙っててください。 だいたい貴方は片言でも話せるようになってきてるじゃないですか」


 注意されるとケイジはおどけて肩をすくめた。


 ジャン・マケルスとガラハ・ボルドーを伴って。

一行がたどり着いたのは厳重に守られた地下室の最も奥に位置する部屋。その場所にいたのはたった一人の男だった。


「君たちがリーガンの友人たちかね?」


 貫禄のある紳士といったところだった。


整えられた髭、落ち着いた声、自信に満ち溢れた所作。

目は鋭さを持つが、迫力を伴わせながらも粗暴さを感じさせることはなかった。


 一見して痩せている印象だが、その実は無駄がない鍛えられた肉体と言う事なのだろう。腰に差されたサーベルは二本。意匠をこらされた物ではなく、飾り気のない無骨な武器だった。


 ヨシキは頷いた。


「友人と言うよりは、むしろお世話になった側ですよ。 マスターにはとてもよくしてもらいましたし」

「そうなのか?」

「ええ、食費と酒代(主にケイジの飲み食い代である)をだいぶ負けてもらいました」


 それを聞いて、ヴィトン・トライバルは「フッ」とわずかに口の端を緩ませた。


「奴も丸くなったものだ、今では気のいい酒場のマスターか。 どんなに鋭い刃だったとしても、歳を重ねればそうなると証明して見せたわけだ」


 一見和やかな会話であるが、武芸者であるヨシキは自分の実力を測ろうとしている眼に気付いた。武を嗜む者にある強者の眼である。


 それによって直感的ではあるが、目の前の男が相当な使い手とヨシキは見抜いたのだった。

とは言え、腰に差されたサーベルでは、人間相手ならまだしも怪物との戦闘には耐え切れないだろうと考えていた。


 自分が素手で人喰い鬼と戦っているくせに、サーベルが折れる心配をしているのも奇妙だが、残念ながら誰も彼の思考にツッコミを入れるものはいない。


 男は逆に自らの実力を探り返そうとするヨシキの様子に気付いたようだったが、さして問題とは思っていないように会話を続けた。


「失礼、紹介が遅れたな。 私がヴィトン・トライバル。 ここトライバル冒険社の社長をしている」

「社長……ですか」

「ああ、その通りだ。 冒険者を束ねる集団としては、我々がこの地方では一番だと自負しているよ。 規模の上でも、もちろん強さでもだ。 いずれは世界一になるだろうがね」


 ヴィトン・トライバルは自信に満ち溢れた男だった。それでいて、油断や堕落とは縁が遠いようにも見えた。

つまり、この男から香るものは、権力ではなく血と闘争である。


「しかし、だ。 こうして見ると、手紙の内容のイメージとはだいぶ違うように思うが」

「ふむ、僕たちはなんて書かれているんですか?」

「人柄はともかくかなり戦える人材だそうだな。 喰人鬼(オーガ)を討伐するとは、そうそうできる事ではない。 素直に賞賛したいところだが、君たちはいったい村でどんなふるまいをしたんだ?」

「人柄はともかく……ですか」


 ヨシキは納得したようにケイジを見た。同時にケイジも納得したようにヨシキを見た。

 二人とも相手の方に問題があると思っていた。


「確かにケイジは人格に問題がありますが、逆にそれが長所です。 非道なことをする才能には長けていますよ」

「それは褒めてねえよ。 命の恩人であることを盾にして、若い娘にあんなことをさせておいて常識人ぶるなよ」

「トレーニングに協力してもらっただけですよ」

「お前が上半身裸になる理由がない。 お前の欲望を満たす以外の理由が」


 そのまま二人はお互いを罵り合い始める。

一同はケイジの言っている内容が理解出来ないため困惑していたが、それをレダスが通訳すると、その全員が顔をしかめた。


 自分の目の前にいる好青年と思わしき美丈夫が、想像以上に駄目な人間であることを察したのだ。


「いつもこうかね?」


 ヴィトン・トライバルはレッドエルフの青年にそう訊ねた。

 当然と、その問いに対し肯定を示すレダス。


「我が知る限りではな。 少なくとも目が覚めて、眠りにつくまでの間はそうだ」


 それは一般に常に、である。


「……それでも、君はこの二人と共に行動をするのか」


 レダスは重々しく頷いた。

それがどのような心境によるものかを推し量ることは、この場にいる誰にも出来なかった。


そもエルフと人間の価値観は、大きくかけ離れたものである。種族の違いはそれほどまでに大きい。


 同じ種族同士でもわかりあえぬのに、別の種族を理解出来るなどというのはしばしば人間が犯す過ちであり、愚かな思い上がりである。


 だが、エルフが付き従うのは高潔な英雄だけである。人間や鬼との混血であるレッドエルフと言えど、弱き者や心なき者に下るようなことはありえない。


 とは言え、ヨシキとケイジは罵り合いながらも、ヴィトン・トライバルを忘れたわけではなかったので突然に話題を転換し本題に戻ってみせた。


「それで結局のところですが、ヴィトン氏は僕たちに協力してくれると言う事でしょうか?」

「……難しい問題だ。 我々冒険者は、友人への助力を惜しむことはない。 しかし、君たちは友人の紹介してくれた人物ではあっても友人ではない」

「なら、僕たちはご挨拶できただけで十分ですよ。 あとは自分でなんとかしますし」


 ヨシキは即座に退いて見せた。これは本人の謙虚さからなるものだった。


 ケイジも間髪入れずにそれに倣う。貸しを作るような真似はしたくはなかったし、交渉するとしても安く自分を売る気などさらさらなかったからだ。

いったん相手を突き放すのは、交渉における常套手段である。


図らずも、考えの違う二人は同じ判断をしたのである。

 

それをヴィトン・トライバルは呼び止めた。


「そうことを急くこともあるまい。 要件によっては便宜を図ることもやぶさかではない、戦士長ガラハ・ボルドーが命を救われている訳なのだから。 その借りに見合う働きをこちらはすべきだろう」

「あの、僕たちにそんな覚えはないんですが」


 ヨシキは困惑した。一行は道にたちふさがっていた障害物(サイクロプス)を始末しただけである。別に誰かを助けるつもりだったわけではなかった。


 ケイジにも思い当たる節はなかったが、絞れるだけ礼はもらってもいいはずだと瞬時に計算を始めていた。呆れたものである。


「君たちの意図がどうであれ、我々の同胞が感謝している。 彼らの任務はサイクロプスの足止め、ないしは撃退だった」

「足止め?」

「そうだ。 彼らは決死の覚悟で、精鋭が派遣されるまでの時間を稼ぐ気だったのだよ」

「倒す気はなかったということですか」


 ヨシキは疑問を表情に浮かべる。


 戦士長ガラハ・ボルドーは自らの上司に一礼をした上で、言葉を引き継いだ。


「サイクロプスの接近が発覚したのは、急な事柄じゃった。 本来であれば、あんな化け物と正面から戦うことを選択することはまずない。 並みの戦士では命を捨てることにしかならぬでな。 しかし、ワシやあの戦士たちは周囲の村々を出身とする者たちじゃった」

「サイクロプスは近隣の村を襲おうとしていたわけですね」

「然り。 避難と並行して、ヴィトン社長に救援を依頼した。 ここ、本部の精鋭ならばサイクロプスなど討ち取ることも容易かろう」


 ガラハ・ボルドーの言葉を継いで、ヴィトン・トライバルは言葉を連ねた。


「あるいは倒せないまでも、サイクロプスが割に合わないと思うほどの手傷を負わせることで退かせることが出来る。 被害は少なくないだろうがね」

「それって難しい事なんですか?」


 ヨシキのその質問に対し、ガラハ・ボルドーは戦士としてのプライドを激しく傷つけられたような表情を見せた。

空気が読めない一行はそれに無関心である。


「サイクロプス討伐が簡単なことであったとしたら、私は君に会おうとはしなかっただろうな。 例え、リーガンの薦めであったとしても、部下に対応させたことだろう」


 そこで、口をはさんだのがケイジである。


「つまり、ヴィトンさんとやらは我々に難しいことをしてほしい、と?」


 一同がケイジを見る。

それがたどたどしいながらも、この世界の言語だったからだ。


 ケイジはまたおどけたように肩をすくめると、レダスに目配せした。訳せと言う合図だった。

ケイジは未だに言葉を話すことに自信はなかったし、そこに労力を使いたくもなかった。


 レダスは黙ったまま頷く。


「ガラハ・ボルドー率いる戦士たちは、あなたにとって精鋭ではなかった。 ある程度の重要さはあっても、絶対に失ってはならないほどではなかったはずだ。 それを助けたからといって、この地方でも有数の戦力を持つ人物が会おうとするとは思えない」


 レダスは今までの無口さが嘘のように、饒舌にケイジの言葉を訳し、威厳を持って語って見せた。

人間に付き従うエルフが、言葉を代弁するのは一種の神秘さがあった。


「誤解されぬように言わせてもらうが、戦士長ガラハ・ボルドーは勇敢なだけでなく現場の指揮官としては優秀な男だ。 あの場面で自分たちを捨駒にし、次の戦力到着までつなぐのは、論理的にも冒険者の生き方としても正しい。 万が一、村々を失えば、我々はすべてを失うことになる。 信頼も誇りもだ」

「それでも、だ。 冒険者がどのような道理で動いているかは知らないが、無条件でこちらの頼みを聞く気がないということは、それに値しない程度の働きだと考えていることに他ならない。 戦士たちが取り返しの利く被害と考えており、村々に被害を出さない確信があった、としか解釈できない。 代わりにあなたは何をこちらにさせたいのだ?」


 レダスの翻訳に、ヴィトン・トライバルは興味深そうに顎に手を添えた。


「そう言われてしまうと、私がひどく冷たい男に見えてしまうな。 そうだな、戦士たちが命を捨てることで、村々を救えただろうという確信はあった。 だが、そういった言い回しをされると、私は君たちを利用するために面会したのであり、戦士たちの命が君たちの頼みごとに劣るように聞こえてしまう」

「そうなるかどうかは、あなたがこちらの頼みを聞くかどうかにかかっている」

「面白い言い回しをするものだ、遠慮と恐れを知らない。 魔法使いとは皆こういうものかね?」


 魔法使い、というフレーズにヨシキが苦笑を浮かべる。


「それも手紙に書いてあったのですか?」

「そうだ、鵜呑みにはできないがリーガンは冗談でこんなことを書く男ではない。 ましてや、サイクロプスをいともたやすく葬ったとなればな」

「まるで見たかのように言うんですね」


 その指摘には、ヴィトン・トライバルは答えなかった。

代わりに、ヨシキとケイジが望んでいるであろう言葉を口にした。


「いいだろう、君達が頼みたいこととはなんだ。 出来うる限りの便宜を図ろう」


 ヨシキは3秒ほどで、考えをまとめ提案した。


「この世界でなんらかの異変が起きているはずです、その情報を。 それと可能ならば、魔法に詳しいものを紹介していただきたい」

「それと金銀財宝だな、酒と金髪美女も欲しい。 服は付けても付けなくても構わないぜ」


 ケイジがそれを茶化すように、俗な願いを口にしたがレダスはそれを翻訳しなかった。


 それが下衆な内容だと言うのは、翻訳されなくてもこの場にいる全員が察した。

魔法使いを自称するこの男に、知性はあっても品格がないのは、初対面の時点で誰もがわかることだった。


「異変について、とはまた抽象的な話だ。 魔法使いからの依頼と考えれば、不思議なことではないのかもしれないがね。 魔物の動きが活発なのは事実だ。 起きた事件は文書まとめてある、それの閲覧を許可しよう」

「ありがとうございます」

「しかし、魔法使いが魔法について尋ねるとはな。 理由を聞いても?」

「こちらの事情が通じやすいものが必要なんですよ、可能なら情報通であるとありがたい」

「ふむ。 そちらの方面から見た視点の情報が欲しい、と。 しかし、正規の魔術師は大学に所属しているうえに閉鎖的な考えの持ち主だ」

「と、言うと?」

「魔法使いどのがどれほど世俗に通じているかは知らんが、魔術師とそうでない者の溝は深い。 身近にいる怪物のようなものだ。 ……とはいうものの大学に属していないモグリの情報など、信用に値すまい。 冒険者にも魔術師はいるが、殺し合いの業しか知らん者が大半だ。 世界の異変を知る情報源としては不足だろう」

「……顧問魔術師なるものが領主に仕えていると聞きましたが?」

「地位のあるものに会うことは簡単なことではない。 私が便宜を図るにも、もうすこし手柄が必要になる。 ……それこそ魔法使いらしい手柄がな」

「結局、そうなりますか」

「かなり協力的に対応していると思うが不満かね」

「いえ、ありがたいお話です」


 ケイジとヨシキは目を合わせた。

ケイジがめんどくさそう顔をしかめているのを見て、ヨシキは苦笑した。


ヨシキとしては、人助けをすることになるのであれば、そこまで不満はなかった。

 

ヨシキは『魔法使い』はただのファンタジーな称号というわけではなく、『正義の味方』のようなものだと、そう認識し始めていた。

名乗りとしては、そう悪いものではないとして、今後も多用するつもりだった。


 当然ながら、実際はそこまで単純なものではない。

その土地にある概念というのは、なかなか言葉にするには難しいもので、一言でまとめられるものではない。

 

それこそ『侍』や『忍者』、あるいは『神社』や『八百万の神』などという概念を、何も知らない外国人になんの誤解もなく正しく完璧に教える。と言うのは、極めて困難だ。


 今後も、自分たちが名乗りを上げているものの偉大さを知ることなく、彼らは名乗り続けることになる。

英雄の介添え人、深淵を知る賢者、奇跡を起こす聖者、そういったものを混合した概念である『魔法使い』という称号を。


「いいでしょう。 それもまた異変を知る手掛かりになるはずです。 あなたが考える、魔法使いに相応しい手柄とはなんですか?」


 ヨシキはそうヴィトン・トライバルに問いかけることにした。

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