第2話 英雄譚の始まり
戦士たちは、サイクロプスを倒した乱入者たちの扱いに困っていた。
サイクロプスを倒した一行はどうしようもないくらいの不審者だったからだ。
白いスーツに身を固めた優男、黒い皮の上着を羽織る怪しげな黒眼鏡、極めつけはレッドエルフだ。
全くもって、身の上を察することなどしようがない。
そんな一行が黒い鉄の車(それも奇怪な音を立てる)に乗ってやってきたのだから、怪しまない方がどうかしている。
とはいうものの、彼らはどう見ても不審者ではあるが、命の恩人と言っても良い相手である。
仲間を一人も失うことなく、無事にサイクロプスが討伐されたのは喜ばしいことだ。
一方で、戦士たちは故郷や人々を守るために、死地へ赴こうと悲壮な覚悟を決めていた身の上にも関わらず、何もできなかったことは戦士としての誇りが傷つくものだった。
並べてみれば、訝しみと感謝、圧倒的ともいえる強さへの敬意と畏怖、状況への困惑と危機を逃れたことへの安堵……一言ではなお言い尽くせぬほど、複雑と言わざるを得ない心境に戦士たちは陥ってしまったのである。
これを誰も責めることは出来ないだろう。
ただ、一点安心できる部分があるとすれば、エルフは嘘を吐かず、誠実であるとされていることだった。
英雄の助力になることはあれど、悪党に手を貸すなどそうそうないことなのである。
「……どうする?」
誰からともなく、戦士たちは互いに問いかけた。
目の前の一行は、地に伏したサイクロプスを眺めながら、ああでもないこうでもないと意味の分からない話を緊張感もなくしている。
白いスーツに身を固めた優男、ヨシキはこんなことを言い出していた。
「そういえば、サイクロプスって食べられるんですかね」
そんな常識はずれな質問に対し、ケイジは挑発するように鼻で笑った。それでもケイジも疑問に思ったらしく考え込む。
「……知らねえよ。 でも、こっちの感覚ってよくわからねえからな。 ここまで文化圏違うんだから、たぶん食べてると思うぜ。 目玉とか珍味だろ」
そんな言葉を、レッドエルフのレダスはめずらしくはっきりと否定した。
「絶対に食べない」
いつもより、話し方に勢いがあった。そこには強い意志が感じられる。
そんなレダスの姿を見て、ケイジは面白がってからかい始める。
「それ、マジで? 誰も食べる奴がいないって言いきれんの?」
「当り前だ、あんなものを食べる者は存在しない」
レダスは断言した。
ケイジは嬉しそうに、にやにやしながら話す。
「エルフはそうってだけじゃねえのか。 人間とか他の種族の中にはさすがにいるだろ」
「ありえない、無理だ」
「え、でもたぶん中国人なら食べると思うぜ」
「なんだそれは」
「元いた場所で、人口を一番占める人たち」
「……お前が住んでいる場所は、恐ろしい場所だな」
「そうだろ、足がついてるものはテーブル以外食べるらしいからな。 たぶんいたら子鬼も食べるぜ」
「正気とは思えん」
ヨシキはそれを見てたしなめた。
「ケイジ、さすがにそれは怒られますよ」
「でも、あの国は猿の脳みそが高級食材なんだろ。 猿や昆虫も美味しく調理できるなら、巨人でも不可能じゃないんじゃねえの?」
「ケイジがどう思ってるかはともかく、言われる相手の立場にもなって下さいよ。 まったく……ケイジは常識のない人ですね」
「お前がサイクロプス食えるかって話を始めたんだろうが。 常識がないのは、お前だろ」
レダスはいつもと変わらぬ無表情だが、それとなく二人から距離をとった。
「我からしてみれば、お前たちはどちらも常識外れだ」
それを聞いた二人は心外だと言わんばかりに言い返す。
「俺ほどの常識人はいないが? 仮にそうじゃなかったとしても俺について来れない常識が悪い。 むしろ俺の側に常識が来るべきだな」
「僕から言わせてもらえば、常識なんて打ち破るものですよ。 常識にこだわっては自分らしさが失われてしまいますよ」
自分たちから常識があるかないかの話を始めたのにも関わらず、二人はそんなことを言い始めた。
レダスは彼らを突き放すように言った。
「お前たちこそが言われる相手の立場になれ。 常識が哀れだ」
もはや常識がなんなのか、わからなくなってきたような有様である。
その話を黙って聞いていた戦士たちの気持ちは、どんなものであっただろうか。
とは言うものの、ケイジの言葉は戦士たちにはわからないものだった。
ヨシキとレダスだけが、戦士たちが扱う大陸で主流となっている公用語を口にしているような有様である。いっそう、何を話しているかわからない。
怪しい、むしろ、妖しい。
妖魔か何かだと言われても、納得できるほど奇妙な連中である。こんな連中にエルフが同行しているなど信じられないことだった。
かといって、恩人に剣を向けることも戦士としての誇りを傷つける行いだ。出来れば、戦士たちとしては相応の礼を尽くしたいところである。
だが、もしも彼らがサイクロプスに代わる新たな脅威となることもあり得るとなれば、ここで対応を間違えることで悲劇が起こる。
一行の気を損ねたら戦士たちはおそらく皆殺しである。こんな状況で誰が話しかけたいと思うだろうか。
とうとう戦士たちは無言で互いに、話しかける役目を押し付け合うかのように目配せを始めた。がやがやと互いに混沌とした会話を繰り広げる。
「どうするよ、これ?」
「もう帰っていいんじゃねえか」
「そうもいかんだろうがよ……、あ、お前話せよ、最年少だろ」
「結婚したばかりで、嫁さん未亡人にしたくねえっすよ」
「安心しろ、お前の嫁さんは俺が面倒見てやる」
「いや、後輩をいびんなよ。 てか、アンタもう結婚してるじゃねえか」
「おいおい、あんな女を嫁と呼ぶくらいなら、俺りゃサイクロプスの方がマシだ。 この頬の傷を見てみろよ、今朝やられたんだぜ?」
「あー、そりゃ大変だな。 確かに見た目、人食い鬼みたいだしな。 お前の嫁」
「……うるせえ、人に言われるのは気に食わねえんだよ。 お前の嫁なんか、山ナマズみてえじゃねえか」
「なんだと、この野郎」
「落ち着け、おぬしら。 下らん話をして現実から目をそらすな」
それを、リーダー格である最も老齢の戦士、戦士長ガラハ・ボルドーが止めた。
そして、内心無理もない、と思いながらもガラハは戦士たちを叱りつけたのだった。
「勇敢な戦士が動揺するでない、恥を知れ。 主らが出来んのならワシが出る」
もし、ガラハ・ボルドーが無責任な人間であれば、一行に話しかけるその役目を適当な誰かに押し付けていただろう。
しかし、彼は決死の戦いに自ら赴き、先陣を切ることで部下たちへの責任を果たそうとするような人間だった。
結論から言えば、ガラハ・ボルドーは再び死地に赴くような覚悟を決めて、自分が最初に話しかけることを決意したのである。
最悪の場合、時間稼ぎの贄になることを考えたうえでだ。
ガラハは一歩を踏み込んで、一行に話しかけた。
「ワシはトライバル冒険社の戦士長、ガラハ・ボルドーじゃ。 貴殿らの助太刀、感謝する!」
が、一行はそんなもの気にしてはいなかった。
というより、話を聞いていなかった。
「ってか、常識ってなんだろうな」
「よくわからないですよね、僕が思うに常識なんて単なる個人的な思い込みに過ぎないんじゃないでしょうか。 世の中、その人だけにしか通じなかったり、あるいは、その場所でしか通じない常識だらけじゃないですか」
「人それぞれ常識ってやつが違うってことか。 まあ、全員の常識が同じだったら法律も裁判もいらねえよな」
「そう考えると常識って言葉自体がナンセンスなのかもしれませんね」
哲学的な論議でうやむやにしようとする二人に、レダスは冷たく言い放つ。
「常識があるとかないとか言い出したのは、我ではなくお前達だ」
ケイジとヨシキは首を傾げた。
「ん……そうだな、それがどうした?」
「なにか、問題でもありましたか?」
不思議そうにレダスを見る二人。
レダスは何も言わずにため息をついた。もう何を言っても無駄だと、諦めたのだろう。
一方で、完全に無視された形になった戦士長のガラハ・ボルドーだ。
だが、彼は不屈の人だった。怒ることもせずツカツカと歩み寄り、一行に割って入った。実に勇敢である。
人、これを無謀と言う。
「頼もう! 助太刀感謝するぞ、旅の一行!」
ケイジがぎょっとして、ガラハを見た。
「いきなりなんだ……このジジイ顔でけえな」
幸いなことに、公用語には未だに詳しくないケイジである。ガラハはケイジが何を言っているのか、まるでわからなかった。
「聞き覚えのない言語、まさか遠い異国の者か? ワシは『トライバル冒険社』の戦士長、ガラハ・ボルドーである」
それを聞いて、ケイジはふむ、と声を漏らした。
「これはこれは、コイツは話が早いや」
公用語を話せなくても、理解することだけは出来るケイジである。彼は悪人が浮かべる表情で、にやりと笑った。
ヨシキも渡りに舟とばかりに、勢いづいてガラハと話す。
「助太刀がなにを指しているのか、まるでわかりませんが、僕たちちょうどそこに行こうと思ってたんです」
「なんじゃと?」
「名乗られたからには、名乗らねばなりませんね。 僕の名前はヨシキ。 後ろにいる科目なレッドエルフはレダス。 そして、そこの柄と人相の悪い男はケイジと言います」
それを聞いて、ケイジは舌打ちする。
「お前なんかツラくらいしか良い所ねえじゃねえか」
そんなケイジの言葉を、ヨシキは無視してガラハ・ボルドーへ事情を話し始めた。
「すこし前にいた村で人助けをしまして。 そこで酒場のマスターが、元はそのトライバル冒険社のメンバーだったと紹介状を書いてくれたのですよ。 出来るなら、有力な組織なりなんなりで伺いたいお話がありましてね」
ケイジ一行はリトを助け出した礼として、新たな情報源への足掛かりを得ることが出来ていたのだった。
村を救った後、二人はなんとかしてこの世界の情報や、起きている事態を知るべく少しでも有力な手がかりを求めた。
彼らが生きて元の世界に帰るには、異世界に起きているなんらかの異変を解決しなければならないからだ。
手がかりのうちの一つが、領主に仕える顧問魔術師だった。
さらにそれだけでなく、酒場のマスターは以前自分が所属していた組織を紹介することを申し出てくれたのだ。
その組織はこの地方において強力な勢力の一つであるとのことで、この世界においてなんらかの異変があれば、その情報を得ることが出来るのではないか。とヨシキとケイジは期待していた。
とは言え、マスターからの紹介状だけでどれだけ便宜を図ってくれるかはわからない。そこになんの保証もなく、門前払いの可能性さえあるのだった。
しかし、仮にそうなったとしても、ケイジとヨシキはこの冒険を決して諦めないだろう。
トライバル冒険社なる組織が、自分たちに協力しなかったとてそれで折れる程度の心の持ち主ではない。
何せ二人は、他人など利用することにしか興味がないどうしようもないクズと、命を危険にしてまで苦痛と言う名の快楽を求めるドМなのだ。
「ほう……」
だが、そんなこととは露知らず、戦士長ガラハ・ボルドーは感心した。
サイクロプスを倒した手腕はさることながら、堂々たる態度。ぶれることのない真っ直ぐで力強い二人の眼差し。
なにより『トライバル冒険社』という、誰しもが恐れる組織を口にしながらも、なんの気負いも見られない。
もちろん、ガラハ・ボルドーは勘違いをしている。
この地において、トライバル冒険社は人々を護る盾と剣でありながらも、恐れるべき悪党たちの集団であることを、二人は最初から知らないのだから。
そう、トライバル冒険社は民衆を守るのに使った剣を、時に民衆自身に振るうこと厭わない残虐な悪党だ。決して正義の味方ではない。
なにより戦士長ガラハ・ボルドー自身も、所属する組織を恐れている。
「本気で『トライバル冒険社』に行きたいのかね?」
「ええ、モンスター討伐や事件解決を行う特別な組織。 それならば、僕たちが知りたい情報があるかもしれません」
「どんな場所か理解しておるのじゃな」
「ええ、もちろんです。 実際にこの目で見るのが楽しみですよ」
ヨシキとケイジは本当に楽しみにしていた、主に観光的な意味合いで。
モンスターが跋扈するこの異様な世界で、それらを討伐する人々。言ってしまえば、元の世界ではヒーローみたいなものだ。
子供じみたことだが、彼らにとっては自分たちが何歳になったとしても興味を惹かれるような話である。
ガラハ・ボルドーはヨシキの言葉に嘘がないことを、その深い経験から洞察した。
嘘ではなかった、まさか悪党の巣に観光気分で楽しげに行こうとする馬鹿がいるとは思うまい。
「……ただ命知らず、ではなさそうじゃな。 血気盛んな若者ではあるようだが」
そもそも通りがかりにサイクロプスを討伐するなど、正気の沙汰ではない。
「ええ、命の危険は望むところです。 覚悟は常にしていますからね」
ヨシキはそう爽やかに笑った。
「それ、完全にお前の趣味だろ」
ケイジはヨシキにツッコミを入れるが、その言葉は戦士たちの誰にも理解出来なかった。
遠い異国の言葉としか理解されず、幸か不幸かガラハ・ボルドーには自分にはわからない言語で息の合った掛け合いをしていると判断されていた。
「よかろう、ワシが主らを案内しよう。 なんにせよ、恩人に義理を果たさずにいる訳にはいくまい」
「おいおい、義理で生きるなんてこんな世界じゃ命とりじゃないのか」
ケイジがそう馬鹿にしたように笑う。
ガラハ・ボルドーは首を傾げた。
「この黒づくめの男、ケイジ殿であったか? 彼は何を言うておる」
そう訊ねたガラハ・ボルドーにレダスは答える。
「おそらく、義に生きるのはこの世界では危険だ、と言うようなことを言っている」
このレッドエルフはおおよそケイジが言っていることを、なぜか理解出来るのだった。
それがエルフにならば誰にでも可能なことなのか、それともレダスが特別であるのか。それはまだわからない。
ガラハ・ボルドーはその言葉に、神妙に頷いた。
「そうかね、確かにそういうこともあったじゃろう。 しかし、むしろ信頼はひとつの財産だと考える。 誰も信用できぬからこそ、義理堅いことで重用されうる」
「一つの処世術ってやつか」
「義理を通せば、生きにくさも確かにある。 だが、ワシはそれ以上に自分のその生き方に助けられているのだろうな。 こうして戦士長の地位にあるのも、経験を積み重ねたこと以上に恩に報いる人間であるからじゃろう」
「絶対に真似しようとは思わねえが、義理堅いのも需要があるって考え方もあるか。 確かに、使う側からしたら都合のいい人材だな」
レダスはそのケイジの言葉をあえて訳さなかった、賢明である。
何を言ったかは、ガラハ・ボルドーにはわからないはずだが、さらにケイジに対して言葉をつづけた。
「とはいえ、ワシも他の生き方が出来るほど器用ではないのだ。 お主のような若者であれば、まだ生き方は変えられるだろうが、ここまで歳をとればそうはいかんよ」
「くだらねえ意地を通すのが、人生の醍醐味ってやつだろ。 俺はジジイの生き方はする気もねえし、それこそくだらねえ生き方とは思ってるぜ」
ケイジの態度はどこまでも傲慢だったが、悪意はそこになかった。
ガラハ・ボルドーも言葉わからないながらも神妙そうに聞いている。
「だが、ま、他人に『くだらねえ』と指を刺されず馬鹿にされもしない人生なんて、死んでるのと変わらねえような小さい事しかできないゴミが送る人生だ」
「何を言うてるのかわからんが、ありがとうよ。 ケイジ殿」
「ああ、せいぜい長生きしろやジジイ。 気が向いたら使ってやるからよ」
ケイジが感じたのは、ガラハ・ボルドーが自分たちを対等以上の人間として扱っていると
いうことだった。
その理由は理解出来ていなかったが、自分たちが高くこの老戦士に評価されていることだけは察していたのである。
旅路がスムーズに行きそうなこともあって、概ねケイジの機嫌は良かった。
何を言っても悪態しかつかない男が、言葉の内容はともかく割合大人しくしているのはそんな理由もあったのである。
それともう一つ、なぜか彼はおおよそ年寄りに対してはそう当たりは悪くなかった。
よほど虫の居所が悪いのでなければ、という前提は必要だがこのクズ男も人間なのである。
ヨシキはそんなケイジの様子を内心意外に感じていたが、善良な彼はそれを好ましく思い、水を差すことはなかった。
何はともあれ、彼らは打ち解け合いながらも旅路を急いだのである。
「差支えなければ、聞きたいのじゃがな。 あの黒い鉄の車はどこに消えたんじゃ?」
部下たちを急がせ、使いに出したガラハ・ボルドーは単独で一行を案内することにした。
そんななかで、まず出たのはそんな疑問である。
サイクロプスに破壊されたはずの車は、その残骸すら見当たらなかったのだった。
それを聞いたケイジはなんでもないことのように言う。
「ああ、あれな。 魔法で出したんだ、あんなものその気になれば消せる」
「なんと! ケイジ殿は魔法使いだと言うのか!」
レダスが翻訳する形で、その言葉を聞いたガラハ・ボルドーは驚きを隠せなかった。
ガラハ・ボルドーにとってにわかに信じがたいことだったが、実際に現場に残骸が見当たらなかった以上はその通りだと思うしかない。
まさかあれほど存在感を放ち、サイクロプスの怒りを誘った物体が、まやかしや白昼夢の産物であることなどありえないだろう。
歳を重ねたガラハ・ボルドーは、その長きにわたる人生経験からすぐに動揺を抑え込えることに成功した。それでもなお、次々に目の前で起こる非現実な事柄に戸惑っている自信を自覚せざるを得なかった。
「ああ、俺は魔法使いだぜ」
ケイジはそんなものはお構いなしに、にやりと笑ってそう言った。もちろん悪ふざけである。
「……まさか生きている間に『魔法使い』を目にしようとは思わなんだ」
「そんなに驚くようなことかねえ。 今更、世の中に驚くに値することなんかそうそうないと思うんだけどよ」
「……おぬし、まるでそれが当たり前のように言うのだな」
「魔法くらい、いくらでもあっておかしくないだろ? あんな巨人までいるんだからよ、オレからしてみればどれもこれも十分不思議な存在だよ」
ケイジにとってが、同じレベルの出来事であるのだった。異世界など理解出来ないことだらけで当たり前だとすら考えている。
一方で、戦士長ガラハ・ボルドーはサイクロプスが不思議な存在であると考えたことはなかった。
身近とまでは言わないが、いつあってもおかしくない災害のようなものである。人生で目にしたことも一度や二度ではないのだ。
それはそういうものだ、とごくごく自然に受け入れている。
だが、魔法使いであろう人物の言葉と考えると、それは深い見識によるものかもしれなかった。少なくともガラハ・ボルドーはそう考えた。
森羅万象、ありとあらゆることに通じると言う魔法使い。
歴史のなかで彼らは困窮した人々を救うべく何度となく奇跡を起こし、英雄の試練や苦難に際に現れ、英知に溢れた助言により何度も彼らを導いてきた。
魔法使いとは、奇跡を起こす聡明な賢者なのだ。
神の使いと考えることすら出来る。
魔法使いは破壊を好まない。地を割き、火を噴く。ましてや呪いを掛けるなど品格を疑うような振る舞いである。
しないのではなく、出来たとしてもやらないようなことなのだ。
破壊に傾倒するような俗物的なことは魔術師や呪術師の仕事だったし、それらは忌み嫌われる存在だ。
破壊のためだけに不可思議な奇跡を行使する者は、賢者ではなく根本的にモンスターとなんら変わらない。それがこの世界の平民の考え方である。
とは、言うもののまったくそんな賢者には見えないのがケイジと言う男である。
ガラハ・ボルドーにしてみれば、確かにエルフが言葉を通訳しているせいか神秘性が感じられないこともない。
ただ異国の魔法使いということを差し引いても、チンピラかゴロツキのような雰囲気を纏っていることはどこの世界でも疑いようのない事実だった。
老練な戦士長である彼は、悩みながらもとうとうそれを口にした。
「失礼かもしれんが、とても魔法使いには見えぬのだが……」
要するに柄が悪そうだ、品がない。
そんなことを言われているのだろうとケイジは察した。これは面白い、とケイジはさらにガラハ・ボルドーをからかい始める。
「魔法使いだって、人間なんだからクソするし飯だって食うわな。 酒だって飲みたいし、女だって抱くこともあるだろうよ。 世の摂理、とても自然なことだと思うだろ? オレもそう思ってるぜ」
そんな魔法使いがいてたまるか、と内心思いながらケイジは適当にそう言った。
夢もなければ身もふたもないケイジの言葉を、大幅に意訳してレダスは伝える。
すなわち「人の欲は、自然の摂理である。 あるがままに生きるべし」と。
そう聞けば、なんとも含蓄のある言葉ではないか。それでもやはりどこか納得しきれないほど、ガラが悪いのがケイジと言う男である。
「むぅ……しかし、こう、なんというか」
「納得がいかないってことは、ジジイは魔法使いを実際に見たことあんのか?」
「……ないな。 おとぎ話で聞いた程度だ」
「そうだろ。 じゃ、実際どうだったかはわかんねえよな。 夢見るのは勝手だけど、人間どんなに立派に生きてても根っこの部分はみんな一緒だぜ?」
「魔法使いとて、結局のところ人間である、と?」
「人間の価値観で生きてるから、人間に寄り添えるんじゃねえか。 人間の価値観を超えちまったら、それはもう化け物かなにかだぜ」
そう堂々と言われてしまっては、そういうものかと思うしかない。
冷静に考えればサイクロプスを力づくで片づける振る舞いが、魔法使いと言えるかははなはだ疑問である。
それでも今までに魔法使いにあったことがあるわけでもなし。
おとぎ話に出てきた賢者たちも、描かれていないだけで一見して柄の悪い俗人のごとく振る舞う者もいたのかもしれない。
なんとなく人里に下りず、辺境の山々で瞑想でもしている姿を想像していたガラハ・ボルドーにとっては少なからず衝撃ではあったが、本人がそういうのだから納得した。
実際のところはただのデマカセである。
そんな会話を平然とした表情で訳すレダス。
ヨシキはそんな一同の様子に呆れ、苦笑混じりに話を逸らした。
「それにしても、トライバル冒険社とはどのような場所なのでしょう。 楽しみですね」
「楽しみとはまた酔狂な。 ワシが言うのもなんだが、眉をしかめる事こそあれ、それほど愉快な場所ではないと思うがな」
「ガラハさんにとってはそうかもしれませんが、僕は中々に楽しみですよ」
「言うまでもなく危険も伴う場所だぞ」
「モンスターを相手にしている組織ですしね。 僕は多少の危険は人生のスパイスだと思っていますよ。 ステーキにも、多少は塩と胡椒を利かせないとね」
「血の気の多い事じゃな、さすがにワシの若いころもここまでではなかったように思うぞ」
「そうですかね、僕の国では『苦労は買ってでもしろ』という格言があるくらいですよ」
「スマンがどうかしてる思うぞ、お主の国。 修羅(オーグル)の国か何かか?」
実際のところ、ケイジとヨシキは浮かれていた。
自分たちの旅が順調に始まったこと、倒すのに手ごろな獲物に出会えたこと、面白そうな場所に観光気分で行けること。二人の気分を害する要因が何一つ存在しなかった。
レダスは二人が浮ついていることに気付いているが、コミュニケーションに難がある彼が注意を促したところで、飄々の受け流されるだけなのは目に見えている。
せいぜいケイジの通訳役としてのみ口を開いていた。
これをガラハ・ボルドーからしてみれば、レダスは自称ではあるが魔法使いケイジに付き従っているように見える。
レッドエルフが付き従う魔法使いケイジと、素手でサイクロプスを打ちのめす血気盛んな戦士ヨシキ。何か英雄譚の登場人物としか思えない光景である。
この認識の違いが今後、大きなすれ違いを生むことになる……のかどうかは、未だ定かではなかった。
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