伝説の戦士たち

第1話 呆然と立つ戦士たち

それは村々にある物見台で、ようやく届こうかと言うほどの高さだった。


独眼の巨人、サイクロプス。


人々にとっては、旅人を喰らう怪物である。


今となっては見る影もないが、サイクロプスの祖先は知性ある巨人族であり、王国において神々に連なる高貴な存在であったとすらされている。


英雄となり、初代の王となったケストラルが愛用した『霧を裂く剣』を作り上げた鍛冶師は、なんと巨人であったという逸話があるほどだ。


それにも関わらず、今では人々に怪物として恐れられ、時に集落を襲う事すらあると言う。

小さな集落にとっては、サイクロプスの襲来は壊滅につながる大災害といってもよい。


人間の矢や剣は、サイクロプスにとっては針に刺された程度のダメージでしかない。

例え歴戦の勇士と言えども、人外の怪物と戦うには人類は非力すぎるのだ。


 それを理解しながらも、サイクロプスを見上げる戦士たちがいた。


 眼には闘志を宿し、それぞれが得意とする斧や剣と言った得物を手にし、構えられた弓はいつでも解き放たんとするように引き絞られつつあった。


 人数はわずか6人、当然ながら怪物を討ち取るには不足である。


 彼らがサイクロプスを恐れなかったわけではない。

だが、ここで退けばサイクロプスが歩む進路先、そこの集落が襲われることは明々白々だった。


そう彼らは、この強力な怪物が集落に向かって歩んでいることを知り、集った者たちである。故に、恐怖に捕らわれそうになりながらも戦う意志を捨てない。


 敗北は必至である。


 彼らが望んでいるのは、サイクロプスを討ち取ることではない。それは不可能であると全員が認識している。


 彼らの望みは、サイクロプスの進路を変更させること。あるいは人々が避難する時間を可能な限り稼ぐことだ。


それは自分たちの命を犠牲にしてでも、為すべきことなのである。


 サイクロプスは、悲壮な覚悟によって立つ戦士たちを見下ろした。


 巨体の頭に収まるたった一つの目。

 巨人が何を考えているのか、戦士たちには読み取ることは出来ない。だが、戦士たちはこの中の誰かが死ぬだろう、それだけは確信していた。


 戦士たちを束ねる男は叫んだ。


「それが我が身だとしても、我らは決して屈さぬ!」


 歳は50を超えて数える男だったが、気迫は尋常ではなかった。


 途端に若手たちの戦士たちの恐怖は、消飛ぶ。


 その気迫を受けたサイクロプスは、その大きな口を開けて吠えた。


 無数に並ぶ牙と、心まで見透かすような独眼が彼らを補足した。


 だが、彼らは激突しなかった。

 サイクロプスの背後の道から、無粋な乱入者が現れたからだ。


「オラッ、道のど真ん中で群れてんじゃねえぞ、テメェら! そのデカ物ともども、避けやがれ!」


 けたたましい音と共に、急停止した漆黒の鉄車。


 その中から、柄の悪い男が叫んでいた。

黒い眼鏡を掛け、真っ黒な革の上着を羽織った怪しげな男だ。


苛立ちを隠さず早くもしびれを切らした男は、なにかを叩きだす。

すると、さらに形容しがたい音が鳴り響いた。

獣の叫びでも楽器の奏でる音でもない、戦士たちにとってもサイクロプスにとっても、聞いたことのない実に不愉快な音だった。


戦士たちが知る由もないが、それは『クラクション』と言うものだった。


その音と車は未知なる恐怖をかきたてた。

サイクロプスにすら立ち向かう勇気ある戦士ですら、この得体の知れない存在は決意を揺るがすものだった。


 臆病風に吹かれたのではない。

集落のためにサイクロプスと戦い死ぬことは出来ても、得体の知れないものに理由もなく立ち向かうことを彼らは勇気だとは思わなかった。


 そんな彼らの様子に気付かず、黒眼鏡は罵倒を続ける。


「聞こえてねえのか、お前ら。 無駄にでかいウスノロともども脇に避けろと言っているんだっ! 道のど真ん中で喧嘩する奴がいるか、迷惑を考えろアホども!」


 車の主はサイクロプスの背後から、戦士たちの間を抜けて街道を通りたいようだった。


 それは戦士たちにも分かる。

しかし、同時に理解不能な事態だった。


 あえて言おう。


この状況下でそんなことを考えるのは、底抜けの阿呆だけである。


 例えるなら、暴れる象やサイの群れに「邪魔だ」と叫ぶようなものだ。

それは命知らずのすることと言うよりは、状況が読めないばかりか、人外に言葉が通じると勘違いしている阿呆である。


 ガンガンと苛立ちをクラクションに叩きつけながら、黒眼鏡の男はさらにサイクロプスや戦士達までもを罵倒する。


 その隣に座る白いスーツに身を固めた優男は、その悪態をたしなめた。


「ちょっとやめてください。 なんか変に僕らが注目されて恥ずかしいし、どう考えてもろくなこと起きないですよ。 いや、すごいワクワクして仕方ないんですけど」


 止める気の全くない抗議である。


そうこうしているうちに罵倒の内容が通じるわけもないが、サイクロプスは対峙していた戦士たちよりも、漆黒の鉄車と黒眼鏡の男に矛先を向けた。


どう考えても当たり前である。

 

サイクロプスは戦士たちに背中を見せ、漆黒の鉄車に向き直る。


戦士たちにとっては好機であるが、最初に飛び掛かった者は決死の覚悟を固める必要があった。

しかし、こんな間抜けな状況で死ぬ覚悟を持てる人間がどこにいようか、戦士たちは戸惑い状況を見守るだけだった。


「おい、なんだこのでかいの。 もしかして、話が通じねえんじゃねえか?」


 黒眼鏡はそんなことを言い出した。


「いや、ケイジはこんなのと会話できると思ってたんですか?」


 助手席に座る優男は、黒眼鏡の男……ケイジにそうツッコミを入れた。


「通じる見た目じゃねえけど、この間の人食い鬼は会話できたぜ。 人型だし、コイツも行けるかと思ったんだが」

「まあ、確かにオーガも会話できる見た目じゃなかったですね」

「もしかして、ヨシキが気に入らねえからじゃね? 意図的に返事をしないで、無視してるのかもしれん」

「ケイジこそ初対面の印象最悪ですよ、常に。 まあ、僕個人としては放置プレイも悪くないですから、それはそれで」


 優男、つまりヨシキと呼ばれた男は嬉しそうに返事をした。

実に気の抜ける会話である。

 

そんななか、今まで存在感を消していたレッドエルフは腕組みをしたまま、後部座席から静かな声で言った。


「今の時代に会話が通じる巨人族は少ないぞ」


 それを聞いたケイジは、レダスを睨んだ。


「レダス! 黙ってねえで、先にそれを言いやがれ!」

「裸で街道に仁王立ちしている巨人に、文明的な会話が通じると思う事自体が我には理解出来ない」

「オレには黙ったまま見てたお前が理解出来ねえよ! 異世界の常識なんざ知るか、レッドエルフなんて非常識な存在のくせして偉そうに」

「……人間の常識は我にはわからぬ」


 車内でそんな大騒ぎする三人。


 サイクロプスはそれを見下ろしながら、音も立てずに大きく腕を振りかぶっている。


 そして、天から降る岩のごとく、漆黒の鉄車へ拳を叩きつけた。


 轟音、舞う砂埃、空気とともに揺れる地面。それは爆発と言ってもいい破壊力だった。


 間近でそれを見た戦士たちからすれば、火山が噴火したかのような、そんな凄まじさすらあった。誰もがその鉄車の一行が死んだことを確信した。


 砂埃が徐々に落ちついていく。


共に戦士たちは目を疑った、そこに人影を確認したからだ。


「危ねえじゃねえか、ウスノロ」


 サイクロプスの拳に立つ、ケイジ。

 真っ白な飾り気の一切ない槍を手に持ち、サイクロプスを睨みつけた。


「オレに手を出すってことは、殺し合いが望みか?」


 そしてそう言い捨てると、ケイジは槍先をサイクロプスに向けた。


 途端、まだ晴れぬ砂埃の中から、矢がサイクロプスの目に向かって放たれた。


吸い込まれるように巨大な眼球に突き刺さる矢、たまらずサイクロプスは目を押さえながら叫ぶ。


矢も剣も通じぬ、絶対に勝てぬはずの怪物が、最初に悲鳴を上げた瞬間だった。

 戦士たちは唖然とするばかりである。


 そこに白い影が飛び掛かった。


「人体の弱点がそのままでかくなった怪物など、恐れるに足りません」


 サイクロプスの側頭部まで飛び上がった真っ白な影、ヨシキはそう口にし、サイクロプスの耳へめがけて掌底を叩きつける。

回転を伴った掌底は、強烈な衝撃を伴って叩きつけられ、さらに頭蓋骨を伝わり、サイクロプスの鼓膜を破り、聴覚としての機能を破壊する。


 サイクロプスは、この一撃によって悲鳴を強制的に止められた。


「例え、どんな怪物であろうと生物である以上、鍛えることのできない部位があります」


 ヨシキはさらに連続して、攻撃を叩きこむ。

 止むことのない絶え間ない連撃、サイクロプスの全身を駆けまわり流れるように急所を潰してしていく。


 腕を振り回すサイクロプスだが、なぜかヨシキには当たらない。暴れる巨体は全身を使って、ヨシキを叩き潰そうとするがそのすべてが見切られていた。


「温い、この程度の危険では楽しめませんね」


 サイクロプスはさらに小賢しい敵を叩き潰すために暴れ出そうとするが、とんでもない激痛が足に奔り動けなくなった。そのままうずくまる怪物。


 黒眼鏡の青年、ケイジは持っていた白い槍を使い、サイクロプスの足を貫いていたのだ。そのまま足を地面に縫い付けるほどに、槍は深く突き刺さっている。


その様子を見て、黒眼鏡を指で押さえながらケイジはにやりと笑う。


「オレの使う『骨の槍』は、肉に食い込む。 強固な肉体だろうと、それが肉である限り完全に防ぐことは不可能だ」


 眼球に矢が刺さりながらも、サイクロプスはケイジを睨みつけた。


「睨むなよ。 オレより、ヨシキの方がダメージ与えてるだろうがよ」


 間合いの外に逃れながら、ケイジは嗤う。


 サイクロプスは邪魔な骨の槍を抜こうとするが、激痛のあまり絶叫。

街道に悲痛の声が響き渡る。


「あ、それ、抜かないほうがいいぜ。 神経とか筋肉まで巻き込んだ、肉体の一部だと思った方がいい」


 にやにやとサイクロプスが苦しむ様子を楽しむようにして、眺めるケイジ。


 サイクロプスが腕を振りまわすが、足が固定されているため動作に支障をきたしている。さらに重心を移動させるたびにサイクロプスは苦痛に耐えていた。


 そんな動きを読み切り、ケイジとヨシキは攻撃を回避する。


 レッドエルフであるレダスは気配を消し、周囲の草むらに隠れていた。

三人の中で、レダスは最も強靭な肉体を持つが、戦いという行為には積極的ではない。


 狩りなどの生きることを目的ならまだしも、極力殺生を好まないのがレダスという人物だった。

それに理解しているのである。


 ケイジとヨシキの二人には、この戦いにおいて手助けが不要だと言うことを。

 そう、もはや誰の手も不要だった。  


サイクロプスと戦おうとしていた戦士たちすらも、蚊帳の外。

呆然としたまま、怪物サイクロプスがじわじわとなぶり殺しにされるのを眺めるしかなかった。

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