第13話 ハッピーエンド

その夜に事件は起きた。


我が子が行方不明なったと訴える父親、助けることは出来ないと断ずるマスター。

嵐を目前にし、うろたえるだけの村の男たち。村を飛び出したリトとヨシキ。

そして、そのヨシキに殴られて、床に大の字になっているケイジ。


事態は混沌としていた。


だが、状況は変わる。

ケイジが大の字のままで散々大笑いし、周囲の村人でも打ち所が悪かったのかと本気で心配したころ、レダスは酒場に現れた。


ある一人の村人が事態の収拾のために呼び寄せたのだった。

レダスは狩人でありながら、村の用心棒のような立場でもあった。


涼しい顔でレダスは店内を見まわした。


「大事が起きたと聞いた」


 焦っている様子はまるでなかった。

だが、レダスは身を革製の鎧で固め、狩りに使う弓だけでなく剣まで腰にぶら下げていた。完全に戦うつもりである。


「……ケイジ。 なぜ、そこで寝ている?」


 ケイジは「待っていた」と言わんばかりに、にやりと笑って見せた。


「床が気持ち良くてな」


 そう言って立ち上がった。

 ケイジはレダスに説明する。


「村のガキが山に入った。 酒場の小娘がそれを探しに出やがった、うちの馬鹿が追っていったが冷静とは言えない」

「それはドラゴンに金貨を見せるが如く軽率だ。 有能な戦士であってもな」

「まだあるぞ、こっちの方が深刻だ」


 勿体ぶってそこで言葉を止めるケイジ。


 レダスは先を促した。


「オーガが子鬼を引き連れて、村に接近してやがるぞ」

「なんと!」


 レダスが声を上げる。


 ケイジの言葉がわからない村人もざわついた。

レダスが驚き焦りを見せることなど、今まで村にいて一度もなかったのだ。

 

疑問に思ったマスターはレダスに問いかける。


「なにかあったのか?」


 すると、レダスは怪訝な顔をした。


「この者たちは聞いていないのか」


 その問いにケイジは頷く。


「言ってないからな、聞かれてもいないし」


 のんきに酒を飲みながらそう答えるケイジに対し、レダスは呆れたような目で見返した。


 同時に、ケイジの度胸に感嘆もした。

この一大事においても、自分を見失わない冷静さは、驚くべきものである。


 緊急事態においては、常識的な態度で泣きわめかれるよりも、常識はずれなまでに落ち着いている人間の方が遥かに頼ることが出来る。

レダスはそう納得し、周囲にケイジの言葉を翻訳した。


「マスター、ケイジはこう言っている。 この村にオーガが子鬼を引き連れて、接近していると」


 村人たちが一斉にざわついた。


「そんなバカな!」

「どうしてそんなことがわかるんだ!?」


 その混乱をマスターが落ち着かせるべく声を張り上げる。


「黙れ! 落ち着かなければ、家族を失うぞ!」


 迫力のある怒号。

 村人は震えあがるようにして、沈黙した。


 それを見て、ケイジは口笛を吹く。


「いいね、やるじゃん」

「頭を吹き飛ばされたいか、小僧。 ふざけてないで詳細を話せ」


 ケイジはマスターに凄まれるも、それを飄々と受け流す。


「俺は魔法使いでね、わかるのさ」

「信じられると思うか?」

「本当さ。 だから、巣穴も見つけてこれた」


 確かにそれで説明がつくとも考えられないこともなかった。


 ケイジが指示した子鬼の巣穴の位置は、偶然で発見できるものでもなかったのだ。

 レダスが口を開く。


「ケイジが不思議な力で巣穴を見つけたのは事実だ、我も同行したからな。 見てもいない場所に巣穴があることを当てて見せた」

「本当か? ……誓ってみせろ」


 マスターが訊ねると、迷わずにレダスは頷いた。


偉大なる大樹エルダーグリーンに賭けて。 我は言葉を偽りはしない」


 マスターはそれを聞いて沈黙する。


 ケイジの言っていることが事実だとすると、事実はかなり切迫していた。


 レッドエルフのレダスもいる。全力で迎え撃てば、オーガを追い返すことは出来るかもしれない。しかし、村を存続させることが出来ないほどの被害を負う可能性も高かった。


「さすがにアンタもお手上げってところかな」


 ケイジが人相の悪い顔をゆがめて、話しかける。


「俺に提案があるんだが」


 ケイジは余計な言葉は使わなかった。


「これから俺が出向いてオーガを殺し、子鬼も巣ごと全滅させ、ついでに小娘とガキも生きて帰してやる」

「なんだと?」


 マスターや村人はケイジの言葉が理解できなかった。

 それはレダスが再び翻訳しても、なお理解出来ないような言葉だったのである。


「ケイジは……村の子供とリトを救いだし、オーガと子鬼を始末すると言っている」

「そうそれ」


 それを聞いて、村人たちはざわめく。


 「本当にそんなことが可能なのか」と言う不安と、「本当にオーガや子鬼の群れが迫っているのか」と言う疑問。判断をするには、あらゆる情報が少なすぎた。


 マスターはケイジに問いかけた。


「子供の居場所までわかると言うのか?」

「そうだ。 ガキはまだ生きてるし、奴らの巣穴に捕まってる」

「なぜ、言い切れる」

「そりゃ俺が魔法使いだからさ、信じられないならそれでもいい。 だが、成功した場合は報酬を出してくれ」


レダスに翻訳してもらいながら、ケイジはマスターに提案した。

さすがにマスターも素直に頷きはしない。


「……村の防衛についてはどうなる」

「契約通り俺が村に残ってそうしてもいい、その場合は村に大きな被害が出ることは避けられないぜ」

「それは確かにその通りだ」

「そうだろう? 簡単なことだ、鬼どもの死体が俺の働きの証拠になる。 被害を覚悟して、村で迎え撃つか。 あるいは俺が討って出るかの違いさ。 ただし、前者の場合はガキと小娘の命が確実に失われて、村に大きな被害が出るってだけさ」


 それを聞いて、周囲の村人たちは動揺した。

 このままだと、自分たちの命を確実にさらさなければならない。


 マスターは村人たちの心が動きつつあることを察した。


「……事実であるとしても、お前がそのまま逃げ出さない保証も成功する保証もあるまいよ」

「その場合は、俺を村に残せよ。 村が襲われた時点で小娘もガキも死んだな、ってことだからさ」

「お前の相棒も山に出ているぞ」

「アイツが死んだとして、俺が悲しむ義理はないね。 第一、俺には誠実に契約を守る義務がある。 そうだろ?」

「……何が言いたいんだ、お前は」

「俺はこの村に被害を出したくない、みんなを救いたいってそれだけさ。 よく誤解されるが俺はとっても優しいんだ。 そんなに不安なら、レダスと俺の両方を動かせばいいだろ。 倒せないにしたって、撃退するくらいは可能かもしれないとは思わないか?」


 結局のところ、マスターはその提案を飲んだ。


 ケイジが「今まさに、リトとヨシキがオーガに襲われている」とそうはっきり言ったからである。


 結果はもちろん、そのすべてをケイジはやり遂げて見せた。

 目の下にかすり傷がある程度で、ケイジはほぼ無傷で帰ってきた。


ケイジはまず、子供の父親に駆け寄った。


「ほらよ」


 意識のない様子ではあったため、父親は焦った様子で子供の体を調べる。


だが、どこにも怪我はなく意識がないだけであることを父親は確認した。

その途端、ほっと安心したように子供を強く抱きしめた。


あふれ出てくる涙をぬぐうこともなく、父親は礼を何度もケイジに述べた。


「うぜえなぁ、そんなに大事ならちゃんと見とけっての。 まともにガキの相手してねえから、こうなるんだろうが」


 誰にも伝わらない言葉でケイジは悪態をついた。


 そこに頭に包帯をまいた痛々しい姿で、リトはケイジの前に立った。

 真っ直ぐにケイジを見つめるリト。


「なんだ、なんか文句でもあるのか?」


 ケイジは伝わりもしない言葉で、リトにそう訊ねた。

 自分のしたことを考えたら、罵られることくらいは覚悟していたのだ。


「全部、ヨシキから聞いてるんだろ」


 いやらしい笑みを浮かべて、ケイジはリトに言った。


 しかし、ケイジの予想は外れることになる。

 真剣な表情でリトは、ケイジに頭を下げたのだ。


「あの子を助けてくれて、ありがとうございます!」

「は?」


 顔をあげたリトの表情は真剣そのものだった。


「あなたのおかげで、子供の命は助かったんです。 私だけじゃ、それはできなかった。 本当にありがとうございます」


 言葉に詰まったケイジは、リトに理解できる言葉を焦りながらも探し返答しようとした。


「……金のためだぜ」

「それでも、です。 あなたのおかげで村は救われました、私もこれ以上大切な人を失わずに済んだ」

「安くは出来ねえからな」

「はい、必死に働いてマスターに返します!」


 ケイジはすごく嫌そうな顔をした。

 これから食べようとした料理にグリンピースやピーマンが入っているときくらいに嫌な顔をした。意外と子供っぽいものが苦手な男である。


「これで感謝するとか気色悪い女だったんだな」


 ケイジは頭をかきながら、口の中でつぶやいた。


その声は誰にも届かなかったが、はたから見ているとケイジが照れたようにしか見えない。


 ケイジは懐から木製の首飾りを取り出して、リトに投げてよこした。


「これ返すわ」

「え? ……これは、まさか!」

「アンタのだろ」


 それはリトがなくした首飾りだった。


 その木製の首飾りには三つの月が刻み込まれたかのような文様が刻まれていた。


そんな特徴ある首飾りを見間違えるなどあり得なかった。ましてや、それはリトにとって家族の形見なのだ。


「金にもならないガラクタだからな、返すわ」


 またケイジは柄悪く悪態をつくが、リトはそんなことを気にしなかった。


「……本当に、あなたのことは絶対に忘れません!」

「忘れていいから、早く金よこせよ」


 レダスやマスター、村人たちはその光景を微笑ましいものであるかのように見ている。

 そうでないのは、ヨシキだけだった。


 自分が必死に探していた首飾りをケイジが持っているのだから。


 ヨシキとケイジは遅い夕食についた。


 二人で対面して席に座っている。


 身体に包帯を巻くヨシキは、食事をとることが難しかった。


特に右腕を使うことを避けたから、なおさらだ。身体が耐え切れないほどの一撃を繰り出したためである。

攻撃の軸になった足にも、大きな負担がかかっていたため、引きづりながら歩くことになってしまっていた。


しかし、己へのダメージなどヨシキにとっては大した問題でもない。


  自然とリトに世話をされることになり、なんとか食事が出来ている。

 口火を切ったのは、不機嫌そうなヨシキだった。


 二人は自分たちにしかわからないよう使う言語を選んだ。


「どういうことなのか、説明してもらえるんですよね?」


 ケイジは少し悩んでこう言った。


「小娘の首飾りは、生まれたばかりの子鬼の首にかかってたよ」

「……え?」

「お前が探しても見つからないっていう時点で考えてたんだ。 誰かが持ち去ったんじゃないかってな。 あの時点だと子鬼くらいだろ、他には誰もいない。 その可能性しかなかった」

「貴方は、元から巣穴を見つければ首飾りは見つかると思ってたのですね」

「そうだ。 ……なあ、子鬼はなんのつもりで首飾りなんか持ち帰ったのかね」


 ヨシキはその質問には答えない。

 ケイジが巣穴にいる子鬼を全滅させるために出ていたことは既に知っている。


「俺はよ、あの臆病な子鬼どもがなぜ人里を襲うことを決めたのか知らねえし、オーガもなんのつもりで戦ってたのかは知らねえよ。 ただ、お前がこの村を守ったのはお前の正義のためだろ? そうだよな?」


 ケイジはにやりと笑うと、酒場の奥まで歩いて行った。


「話はここまでだ、もう休ませてくれ」


 黒眼鏡に隠された表情を読み取ることは、誰にも出来なかった。


 ケイジは一人、目の下のかすり傷を指でなぞった。

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