第12話 クズの企み
この男、すなわちケイジが動き出したのは、村でレダスの狩りに同行している時点からだった。
その時からすでに、子鬼の巣穴を探していたのである。
もちろん正義のためでは決してなく、狩りを暇つぶしや娯楽として楽しむだけではなく。
ついでに金儲けのための一つの材料として、巣穴を見つけようと考えていただけのことである。
ケイジはレダスにこう尋ねていた。
「子鬼はどこに巣をつくるんだ?」
レダスは少し考えて、答える。
「やはり、お前はおかしなことに興味を持つのだな。 ……そうだな、巣穴を掘るか、あるいは洞窟にすむと聞いたことがある。 我もそう見たことある訳ではない」
「そうか、お前はまだ二十歳だったよな。 化け物の巣を探す経験なんて、そうあるはずもないか。」
ケイジは元の世界の言葉を混合させて話すが、不思議とレダスには言葉が通じた。
レダスは言葉以外のところから、なにかを察するのが得意であるようだったし、それ以上に頭が良かった。
しばらくするとケイジの言葉のニュアンスをいくらか理解出来るようになったのである。
これがレッドエルフ特有のものなのか、彼自身の才能によるものなのかは、ケイジには判断が付かなかった。また興味もなかった。
なにはともあれ、レダスに『巣穴さがし』の経験がない以上、ケイジは自分で考えて探索する必要があった。
だが、ケイジは楽観的だった。そもそも彼にとって必死になる理由がないし、自然と探索場所は絞られると想定していたからだ。
まず巣穴の場所はろくに道具がなくても穴を掘ることが可能で、崩れないような場所ということになる。
洞窟にすむとしても、臆病な性質の生き物が危険性のある場所に住むことはないだろう。
地質や食料、安全な環境、それらがそろっている場所はそう多くはないはずだと、ケイジはそう考えた。
レダスに話を聞きながら、その候補地と思われる場所をしらみつぶしにレダスと狩りをしながら見て回る。
「砂浜に落した一粒の砂金を探すようなものだ。 無意味とは思わぬが、我ら二人では困難ではないだろうか」
「レダス、子鬼も食料がなくては生きていけない。 違うか?」
「その通りだ」
「なら、どこかに子鬼が食料をとった跡があるはず。 動物や植物を問わず、なんらかの変化に気付けるのはお前だけだ」
レダスは感心したような表情を見せて頷く。
近くに天敵がいるとなっては、動物も移動している可能性もある。
動物が減った場所だけではなく、逃げてきた場所に巣があるとしたら?
環境の変化、それが見て取れる範囲は意外と広いのかもしれない。そうであれば、確かにレダスが山を探索する意味はあった。
「……承知した」
二人の間にはかなり温度差があるものの、共通の目的を持って連日山の探索を行うこととなり、ある種の連帯感が生まれ始めていた。
ケイジにとっては娯楽でもあったから、見つからないなら見つからないでも構わない。
そんな程度のことだったが、一方のレダスにとっては村の一大事である以上、ケイジの着想にしっかりと耳を傾けまた助言を求めた。
レダスからしてみれば、ケイジは賞賛するに十分な男だった。
彼は村人の恩人である。(この点に関しては大きな勘違いだが)
村の危機に介入する義務は、旅人である彼にはない。
それどころか歓待を受けて過ごすことが許されている立場だった。
それなのに、今ではさらに村の危機を救うために連日レダスに手を貸している。
例え報酬が目的であったとしても、それは賞賛することはあったも非難には当たらないものだった。
少なくともレダスにとっては、である。
それでも、懸念はあった。
生息している動物や植物の状態、生活の痕跡を探せばおのずとおおよその巣の場所はわかってくる。それは確かに間違いない。
しかし、山は二人で歩いて探すにはそれでもいささか広すぎた。
だからこそ、その探索は嵐の前日まで引っ張ることとなる。
レダスは焦りを持って、ケイジに話しかけた。
「ケイジ、明日には嵐だ。 狩りに出かけることは出来ない」
当のレダスは無表情で声色にいつもと変化はまるでなかったが、確かに彼は焦っていた。
そんな彼をケイジは呆れたように見る。
「お前、完全に俺が明日もいるって想定しているよな」
「違うのか?」
ケイジは肩をすくめた。
この頃、ようやくケイジもレダスが自分をどう見ているかに気付き始めていた。レダスはケイジが巣穴を探すために滞在しているように思っている節すらあった。
その勘違いに気付いたものの、訂正する義務はケイジにはない。
完全にそれを無視してケイジは話を進めた。
「まあ、聞け。 ぜっかく候補地が絞れてきたんだ、それぞれ距離は離れているが調べるのはたやすい」
「なんだと?」
ケイジは黒眼鏡に隠された金色の瞳を覗かせた。
普段は無表情で通しているレダスも、さすがに驚愕の表情を浮かべた。
それを見て自慢げに笑うケイジ。
「この眼はな、特別製でな。 遠くまで見渡せるのさ」
「……なぜ、それを早く使わない?」
「どんなものにも代償がいるのさ。 候補を絞り込んでから使いたかった」
それは明らかに人ならざる力だった。
レダスはここで初めて、ケイジが本当に人間なのか疑問を持ち始めた。
「一つ、聞きたい。 お前がその力は生まれもったものか」
「いや、違う。 力づて勝ち取ったのさ。 俺が生まれながらに持っているものなんざ、全部ゴミだからな」
冗談めかしてそう答えるケイジ。
レダスはあえてそれを追求しようとはしなかった。
巣穴はすぐに見つかった。
当初、レダスはケイジの言葉をすぐに信じたわけではなかった。
巣穴があるとケイジが宣言した場所に、レダスは実際に行き自分の眼で確認することを提案した。
ケイジはそれを予想していた様子で了承し、二人は急いでそこに赴くことになった。
もちろん巣穴は発見されることになるのだが、同時に想定外の真実も判明することになる。
人喰い鬼と悪名高い、オーガの存在である。
巣穴の周囲をうろつく巨大な怪物に気付かれぬよう、二人は細心の注意を払うことになってしまった。
「なんだ、あのデカ物」
ケイジは眉をしかめたものの、驚くような様子は見せかなった。
それ以上の怪物を見たことがあるとでも言うような、冷めた態度だった。
「あれは人間をも喰らう鬼、オーガだ。 悪鬼(オーグル)の末裔であり、その中でも闘志を強く受け継いだものだ」
「それがなんで子鬼の群れの中にいる?」
「鬼たちはより強力な鬼に従う本能がある。 それは我らがより神聖なるエルフに従おうとすることと同じか、あるいはそれ以上のものだ。 もっともこのような言い方をすれば、長老連中は皆怒り狂うだろうが」
「なんだ、お前も年寄りに煙たがられるタイプか」
ケイジは妙な親近感をレダスに持った。
一緒にいて気に障ることがないのは、レダスが余計なことを言わない以上に自分に正直であるからだろう。
そうケイジは思った。
二人は何事もなく、酒場まで戻りさっそく今見てきた出来事をマスターに報告した。
ケイジだけであれば、その報告内容は信用されなかったかもしれない。
それだけあり得ないような出来事だった。
この村が出来てからオーガが襲撃してきたことなどないのだ。
深刻な表情を見せたマスターに、ケイジは情報に対する報酬について交渉しようとした。
だが、なかなか言葉が通じない。マスターは首を傾げた。
「彼は何を言っているんだ?」
ケイジは落ち込みながら、恨めしそうな表情でレダスを見た。
レダスはそれに表情筋を動かさずに応じ、代弁する。
「おそらく、ケージは報酬の提示を求めている」
「そうそうそれ」
ケイジは何度も頷いた。
「契約内容は具体的に決めようぜ、俺は子鬼の巣を見つけて……オーガだっけ? それも見つけたんだから、まずその情報料だろ。 このままだったら村が滅びてた危険性があるんだから、当然の権利だよな。 あとはそうだな、嵐が過ぎるまでに村に襲撃があったら戦ってやるよ」
「……妙に口数が多いが、大事を知らせたことへの報酬と、嵐の間に用心棒をする報酬を求めていると言うだけだと思うが」
「そうそうそれそれ」
軽い調子でレダスの言葉に再び頷くケイジ。
どこか子供っぽくすら感じるその動作を見て、マスターはため息をついた。
「……嵐の間だけの用心棒か」
マスターは前者については応じるつもりだった。
額はさておき巣穴の位置についての情報は、金銭を出すだけの価値があった。
だが、後者については不安が残る。
ケイジ自身の信用についてもそうだし、その実力は未知数だ。
まだヨシキのほうが普段の鍛錬を目撃しているので、少なくとも能力についてはある程度は把握していた。
本音を言えば、もともと彼らを歓迎したのは緊急時の戦力として期待していたのもある。だが、具体的に報酬を要求されると悩みどころであった。
「君は本当に腕が立つのかね?」
「俺を疑うならそれでもいいぜ、手を貸さないだけだ。 子鬼の巣を見つけ出し、オーガに気付かれぬように生還できるという俺の実績を無視するならな。 家畜が襲われようが、家々を焼かれようが、アンタたちがどうなろうが俺は生き残れる自信がある」
ケイジの話したニュアンスを、おおおざっぱにレダスは翻訳する。
「ケイジは『疑うなら自分の身だけを守る』と言っている」
それらはひどく端的なものだったが、かえって話がこじれずに済んだ。
ケイジの話す暴言については、レダスはほとんど翻訳しなかった。
レダスがケイジの話す暴言の内容を、正確に理解していないのかしているのか、それは誰にもわからないが、それによって話がこじれずに済んだのは間違いない。
むしろ、ケイジが「そうそれ」とか「あ、大体そんな感じ」とレダスの翻訳をする度に反応するので、まったくもって緊張感がない交渉であることの方が問題だった。
「……いいだろう、報酬は用意しよう。 ただし、防衛については実際に戦いが発生した時に報酬を追加で出す。 あるかどうかもわからないことに金は出せない」
「巣穴発見の前金もねえのかよ」
「嵐を無事に乗り切ってからだ、いざと言う時に逃げられたらたまらない」
「ずいぶんな態度だな、ヨシキとか小娘がいるときの態度と違うじゃねえか」
ケイジが不満げにそう言うと、マスターはレダスが翻訳する前に返答して見せた。
「この方がやりやすいだろう?」
ケイジはそれを聞いて、クツクツと笑う。
彼にとって、善意とか正論とかそういったものだけで生きている人間は、「一緒にいるだけで吐き気がするような存在」だった。
そういったものを振りかざす人間が一番人の痛みに疎く、他人の努力を踏みにじる害悪だと言うのが持論だ。
ちなみにケイジの中では、ヨシキはどちらかと言うと自分の欲望に正直な部類だと思っている。
彼が人を救ったり善意を振りまくのも自分の欲望を満たすためである、と解釈していた。
苦しみを知らない人間が、他人の苦しみを察することが出来ないように、欲深さのない人間は、他人の欲を尊重することも出来ない。
ケイジにとって、ヨシキはある種の素質がある人間だった。
「具体的な金額は?」
ケイジがそう問いかけると、マスターは何も言わずに指を三本立てて見せた。
ケイジは顔をしかめる。
実のところそれが相場と比べて高いのか安いのかどころか、数字の読み方すらわからないのだ。判断しようがないところである。
普通ならそこで戸惑うだろう。
「ちょっと安いんじゃねえの?」
それでも彼は悪態をついて見せた。
よくわからなくてもひとまずはもらえる金が多い方がいい。
そもそも彼は商売人を信用していなかった。
「そう言うな。 これに防衛に参加した場合の礼は、村長に打診する」
「オーガだぜ、オーガ。 情報は大事だろ」
実際にオーガがどんなものかよくわかっていないのに、よく口が回る男である。
ケイジはとにかく値上げを要求したが、マスターは涼しい顔で応じた。
「その分は、出発前に食料などの旅に必要な物資を都合しよう。 それと差引だ。 君たち何も持ってないだろ、この村で都合できるのは私だけだ」
「…こっちの内情までバレてんのかよ」
ハッタリを使ってもよかったが、ヨシキがべらべらと話している可能性もあった。こうなると、あまりいい手と言えない。
さらにマスターを敵に回すと、損をするのはこれで確定だった。もしマスターを敵に回した場合、盗むなりなんなりしないと旅に支障が出る可能性がある。
ケイジはマスターを睨みつけた。
「村長からの礼ってのは、期待できるんだろうな」
「と言うよりは、この村で私以外に用意できるのは、もう村長しかないないと言った方が正しい。 これがすでに出来る範囲の報酬なんだ」
「生活に困っているようには見えないけどな」
「見ての通り、信用できるかどうかわからない人間を労働に組み入れてる現状だ。 季節が過ぎたら追い出す予定だが、この緊急時に当たってすら報酬を要求してくるし、身元の保証がなく暴力的で実に野蛮な連中だ。 いつ山賊になるかもわからないような、ね」
「それで?」
「わかるだろう、そんな人間でも使わないとやっていけない村なのさ。 それでも彼らを押さえつけられるだけ、まだマシだが本当に裕福ならそんなものに頼らない」
マスターの言うとおり、本当に金銭的に余裕がない訳ではないだろう。
そうケイジは考えたが、あえて話を受けることにした。
ここで問答をしても、報酬を釣り上げる要素が足りない。
ケイジとて、あえて敵を作りたいわけではないのだ。ただし、損をする場合に限るが。
彼はその心の内を隠して、にやりと笑って見せた。
「いいだろう。 ただし、条件がある」
「なんだ?」
「酒をおごってくれよ」
だから、機を待つことにした。
ケイジはそう笑って見せ、マスターも穏やかに笑った。
しかし、互いに鋭い視線を絡ませながら警戒し合っていることは明白だった。
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